代数学のレッスン 計算体験を重視する入門 4535789576, 9784535789579

代数学でつまずいた学生を想定して書かれた本。演習問題で計算体験を習得し、証明のパターンを身に着けることに主眼を置いた。 【目次】 はじめに 第0章 準備 0.1 集合 0.2 写像 0.3 自然数の素因数分解 0.4 多項式の剰余定理と因

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代数学のレッスン 計算体験を重視する入門
 4535789576, 9784535789579

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表紙
はじめに
目次
第0章 準備
0.1 集合
0.2 写像
0.3 自然数の素因数分解
0.4 多項式の剰余定理と因数定理
0.5 行列の掛け算の構造
第1章 模様の規則性と変換群
1.1 模様の規則性・対称性と群
1.2 変換群と軌道
第2章 群と軌道分解
2.1 群
2.2 部分群
2.3 部分群による軌道分解
2.4 2面体群D6 の部分群の研究
第3章 群の準同型写像
3.1 演算規則を保つ写像
3.2 軌道の団体行動と正規部分群
第4章 対照群
4.1 対称群Sn
4.2 S4の研究
第5章 群の準同型写像と同型定理
5.1 同型定理と準同型写像の作り方
5.2 剰余群における部分群
第6章 群の直積
6.1 直積
6.2 有限巡回群の構造
第7章 環と体
7.1 環と体
7.2 環の準同型写像
第8章 環上の加群
8.1 ベクトル空間から環上の加群へ
8.2 加群の準同型写像と剰余加群
8.3 環上の加群特有の現象
第9章 イデアル
9.1 イデアルと剰余環
9.2 多項式環のイデアル
9.3 剰余環のイデアルと極大イデアル
9.4 孫子の剰余定理
第10章 有限体と多項式環
10.1 有限環と有限体
10.2 有限体上の多項式環
10.3 有限体の乗法群
第11章 有限体の応用
11.1 有限体上の幾何学
11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例
問題の解答
第0・1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
文献案内
索引

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線形代数が大学の理工系学部/学科のカリキュラムで必修に定着したのが 1970 年代でしょうか.一方,群・環・体という代数学は残念ながら必修科目に定着し たとはいえません.単に代数学ではなく抽象代数学と呼ばれることもあります. そもそも抽象化というのは人文・社会科学まで含めたすべての学問の根幹にある 営みなので,科目名の接頭辞として相応しくないかな,と思います.まだ特別扱 いされているのですね. そのような状況に反して,群・環・体の概念の上に展開される応用はすさまじ い速さで広まっています.符号理論や暗号理論など,20 世紀からの応用分野に加 えて,昨今では,ディープラーニング(深層学習)ではテンソル代数(多重線形 代数)と代数多様体の幾何学——抽象性のチャンピオン——が具体的に使われま す.そこでは,群・環・体の概念が前提知識として必須になります. 本書は数学科以外の理工学系学生のための,それでいて論証に一切の手抜きの 無い厳密な代数学の入門書です.数学科の授業でも正規部分群とかイデアルって 何で必要なの,というあたりで引っかかり,その感じを引きずっている初年次の 学生さんは多いと思います.ひょっとするとそういう数学科の学生の役にも立て るかも知れません. 本書は群・環・体の入門書です.大きな特徴は以下の 3 点です.

• 軌道とか団体行動というキーワードが主役を演じます.正規部分群やイデ アルの概念が準同型写像の概念と切り離せないものであることを強調しな がら,準同型写像の計算体験を重視します.

• 証明のデザインパターンを読者に意識づけすることを重視しています.デ ザインパターンはソフトウェア工学や建築学の世界でよく登場することば ですが,将棋や囲碁でいう定石に相当します.定石を知らずして,将棋や 囲碁が楽しめないのと同じで,数学の証明も定石を知らないと最初の一手 で身動きがとれません.

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ii

はじめに

• 絵がたくさん出てきます.概念を可視化するということですね.それらを 参考にして,読者にはたくさんの絵を描いてもらうことを期待しています. 多くの入門書に含まれていて本書で触れられなかったものは以下の通りです.

• シロー(Sylow)の定理.有限群の構造に分け入っていく一連の定理の集 まり.これを知っていると本書の問や章末問題のいくつかは簡単にエレガ ントに解ける.

• 有限生成アーベル群の基本定理.驚くほど簡明で美しい定理だが準備が結 構必要.

• 組成列に関するジョルダン–ヘルダーの定理.こちらはさらに準備が必要. いずれも実例を計算しながら理論を追いかけるのが望ましい題材です(何でもそ うですが).本書の計算体験がよい準備となると思います. 多くの入門書に含まれずに,本書に取り入れているものを 1 つあげます.

• 有限体の応用として符号理論の入口を紹介(第 11 章).デジタル化された 情報の読み書き・通信における自動エラー訂正の仕組み.

10 章を読破できた人にはきっと楽しんでいただけると思います. 読者には予備知識として,高校の数学と大学初年級の線形代数を仮定します. 線形代数といっても行列の掛け算ができて,線形写像が基底を定めることによっ て行列で表現できることを知っている,という程度で十分です.読者には粘り強 く計算に取り組む姿勢があることを仮定します.数式処理システム(たとえば

Sympy+Jupyter)をパソコンで動かしながら本書の計算を追いかけるのはとて もよい演習だと思いますが,本書に掲載の問題くらいは紙と鉛筆でやりぬいてほ しい.きっとご褒美が待っています.ただし,章末問題はいきなり解答を読むの も悪くない.正解を見た後に,紙と鉛筆で再現することを励行していただければ, それも一つの読み方で十分に生産的だと思います. 数学的な内容のみならず,叙述スタイルに関して査読していただいた大森健児 先生に感謝いたします.また,読者第一の観点から,本書の構成に助言をいただ いた日本評論社の佐藤大器氏に感謝いたします.やりたいことだけに没頭する夫 を支えてくれた妻に感謝します.

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iii 本書は,筆者が博士課程の学生だった頃(1980 年代)に構想し,サイエンティ スト社から刊行された『代数学のレッスン』とコンセプトを共有します.当時の 社長だった故大野満夫氏と多くの議論を重ねました.私が講義し,大野さんが 突っ込みを入れる,というやり取りを延々と続けて練り上げたアイデアがベース にあります. 本書を大野満夫氏に捧げます.

2022 年 3 月 雪田 修一

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目次

はじめに 第0章準備

1

0.1 集合 3 0.2 写像 0.3 自然数の素因数分解 0.4 多項式の剰余定理と因数定理 0.5 行列の掛け算の構造

第1章模様の規則性と変換群

11

14

17

1.1 模様の規則性 対称性と群 1.2 変換群と軌道 …

17



第2章群と軌道分解

4

25

33

.

33 2.1 群 2.2 部分群 37 2.3 部分群による軌道分解 …… 2.4 2面体群06の部分群の研究

第3章群の準同型写像

40 50

57

3.1 演算規則を保つ写像 3.2 軌道の団体行動と正規部分群

第4章対称群

57 60

67

4.1 対称群5/7

67

4.2 54の研究

78

第5章群の準同型写像と同型定理 5.1 同型定理と準同型写像の作り方

83 83

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5.2 剰余群における部分群

第6章群の直積

97

6.1 直積 . 6.2 有限巡回群の構造

第7章環と体

91

97 99

103

7.1 環と体 7.2 環の準同型写像

第8章環上の加群

103 108

113

8.1 ベクトル空間から環上の加群へ 8.2 加群の準同型写像と剰余加群 … 8.3 環上の加群特有の現象

第9章イデアル

113 125 130

139

9.1 イデアルと剰余環 139 146 多項式環のイデアル 9.2 9.3 剰余環のイデアルと極大イデアル 152 9.4 孫子の剰余定理

第10章有限体と多項式環

11

161

10.3 有限体の乗法群 …

169

166

175

175 11.1 有限体上の幾何学 11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

問題の解答 文献案内

索引

161

10.1 有限環と有限体 … 10.2有限体上の多項式環

第 章有限体の応用

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235 237

149

177

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この章では高校数学,大学初年級の数学から本書を読むうえで必要あるいは役 に立つ事項を集めている.集合と写像,自然数の素因数分解,多項式の剰余定理・ 因数定理,役に立つ行列の計算テクニックの順で見て行こう.

0.1

集合

本書では集合は素朴にものの集まりと考えることで十分である.集合や写像の 記号は一般に用いられているものを採用するが,一部の記号は注意が必要でいく つかの流儀がある.そのため一通り確認の作業を行うと同時に本書における記号 の使い方の約束をしておこう.

x が集合 A の元(要素ともいう)であるとき x ∈ A と書く.A が B の部分集 合であるとき A ⊂ B と書く.このとき A = B である可能性は排除しない.多 くの書籍や論文で A ⊆ B あるいは A ⫅ B もよく使われるが,本書では A ⊂ B を採用する.A が B の真部分集合であるとき,その事実を強調する必要があれば

A ⫋ B と書く. 集合は,それに所属する元を列挙することで定義できる.無限集合でも誤解の 余地がないときは,たとえば 0 以上の整数の全体を

{0, 1, 2, 3, · · · }

(0.1)

のように書くことにする. 度々登場する集合には固有の記号をもちいる.整数の全体 Z,有理数の全体 Q, 実数の全体 R,複素数の全体 C は断りなしに使うことにする.すると,式 (0.1) は

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第0章

準備

図 0.1 A \ B

{n ∈ Z | n ≧ 0} のように書くこともできる. 集合 A と B の合併は A ∪ B ,共通部分は A ∩ B と書く.差は A \ B または

A − B と書き A \ B = {x ∈ A | x ∈ / B} を定義とする.図 0.1 のような状況だ.たとえば,0 以外の整数の全体は

Z \ {0} で表される.差の記号は 2 種類あげたが,\ が他の意味で使われる文脈では − を 使うことにしよう. 集合 A と B の直積(デカルト積ともいう)は A × B と書く.

A × B = {(a, b) | a ∈ A, b ∈ B} が定義である.ここで (a, b) は a と b の順序対(順序付きペア)を表し,a ̸=

b のとき (a, b) ̸= (b, a) である.順序を考えない対は集合 {a, b} と表せばよい. {a, b} = {b, a} だから確かに順序はどうでもよい. 集合 R は実数の全体からなる数直線と同一視できる.R × R は平面と同一視で きる.これは R2 と書くことにする.直積を繰り返して,自然数 n に対して Rn とか Cn が構成できるがこれらは n 次元のベクトル空間としてしばしば登場する.

Cn = {(z1 , z2 , · · · , zn ) | zi ∈ C} と書けるが,ここで (z1 , z2 , · · · , zn ) は成分が z1 , z2 , · · · , zn の複素 n 次元ベク トルである.

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0.2 写像

0.2

写像

写像の概念には結構落とし穴がある.関数という用語もあり本書でも多用する が,関数と写像の区別はない. 集合 A, B の間の写像 f : A → B があったとしよう.単射(injection),全 射(surjection),全単射(bijection)を以下のように定義する.

f が単射である ⇔ x, y ∈ A かつ x ̸= y のとき f (x) ̸= f (y). f が全射である ⇔ 任意の z ∈ B に対して f (x) = z をみたす x ∈ A が存在 する.

f が全単射である ⇔ f が全射であり,かつ単射である. [例 0.1] A = {1, 2, 3},

B = {1, 2, 3, 4},

f1 : A → B を以下のように定

める.

この写像 f1 は行先が重なることがないから単射である.

f2 : A → B を以下のように定める.

この写像 f2 は行先が重なっている(1 ̸= 3 なのに,f2 (1) = f2 (3) = 2)ので単 射ではない. また,次のような対応

3

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第0章

準備

は A から B への写像ではないから注意してほしい.写像と呼ばれるためには 1 つの元から矢印 7→ が 2 本以上出発してはいけないのである.

A から B への全射はつくれないが,B から A への全射はつくれる. f3 : B → A

この f3 は B から A への全射である. ■注意 0.1 ◆ ◆ 矢印 → と 7→ を使い分けていることに注意してほしい.a 7→ b は個別の元 と元の対応を表すときに使う.一方,A → B は元と元の対応のデータの総体を表す.

0.3

自然数の素因数分解

この節は,任意の自然数が一意に素因数分解できることをきちんと示すことを 目標とする.自然数に関するこの事実は高校生なら誰でも知っている.しかし, その証明は数学科で学んだ人あるいは数理科学の専門家でないと体験することは まずないだろう.しかし,恐れることはない.ゆっくり論理を楽しもう.その証 明で使われるアイデアは本書の議論で繰り返し現れる. 整数の割り算における商と余りを復習しよう.

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0.3 自然数の素因数分解

◆定理 0.1 ◆(整数の剰余定理) 整数 x と自然数 n ≧ 2 が与えられたとき

x = qn + r をみたす整数 q と整数 0 ≦ r < n の組が一意に定まる.

q は x を n で割ったときの商,r は余りとよばれる.r = 0 のときは x は n を割り切るという.たとえば −15 を 7 で割り算すると

−15 = −3 × 7 + 6 だから商が −3 で余りが 6 である. 素数の定義も念のため確認する. ◆定義 0.1◆ 自然数 n ≧ 2 が素数であるとは,その約数が 1 と n 自身しかな いことをいう. ◆命題 0.2 ◆

任意の自然数は素因数に分解される.なお,1 や素数は素

因数に分解されていると見なす. ◆証明◆

背理法で示す.素因数に分解できない自然数があったとしよう.その

ようなものの中で最小のものを n とする.n は 1 でも素数でもないから n = ab となる自然数 1 < a < n と 1 < b < n がある.n の最小性の仮定によると a も

b も素因数に分解できるから n = ab も素因数に分解できてしまい矛盾する. 素因数に分解できるのはこれで分かったが一意であることを示すにはかなりの 準備が必要だ. 自然数 a と b の最大公約数が d であったとしよう.このことを gcd(a, b) = d と書く.整数の全体 Z の部分集合 def

I = Za + Zb = {xa + yb | x, y ∈ Z} を考えよう.I は足し算で閉じている.実際,I の任意の 2 つの元 x1 a + y1 b,

x2 a + y2 b に対して (x1 a + y1 b) + (x2 a + y2 b) = (x1 + x2 )a + (y1 + y2 )b であるから足し算の結果は I の元である.

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第0章

準備

gcd(a, b) = d だから a = a1 d, b = b1 d をみたす自然数 a1 , b1 がみつかる. すると

xa + yb = (xa1 + yb1 )d となるから Z の部分集合 def

J = Zd = {zd | z ∈ Z} を考えてみたくなる.明らかに I ⊂ J である. 以下の定理で I = J という偉大な事実を示す.証明はユークリッドの互除法を 使う. ◆定理 0.3 ◆(互除法による単項化) 自然数 a, b の最大公約数が d である とき

I = Za + Zb J = Zd とおくと I = J である. ◆証明◆

再帰的な証明をきれいに見せるために a = a1 , b = a2 とおく.さら

に一般性を失わないで a1 ≧ a2 と仮定してよい.

a1 が a2 で割り切れるときは,それらの最大公約数を d としたので d = a2 で あり,a1 = qd となる自然数 q が存在する.

I = Za1 + Za2 = {xqd + yd | x, y ∈ Z} = {(xq + y)d | x, y ∈ Z} である.xq + y はすべての整数を走るので I = J であることが分かる. ●問● 0.1 xq + y がすべての整数を走ることを示せ.

a1 が a2 で割り切れない場合は余りに注目する. a1 = q1 a2 + a3

(0.2)

ここで q1 が商で a3 が余りで a1 > a2 > a3 である.すると

gcd(a1 , a2 ) = gcd(a2 , a3 ) である.ここでそんな気がするという感じで先に進んではならない.本当かきち

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0.3 自然数の素因数分解

7

んと確認しよう.

k が a1 と a2 の公約数だとすると,式(0.2)により a3 = a1 − q1 a2

(0.3)

だから a3 の約数でもある.ということは k は a2 と a3 の公約数である. 逆に,k が a2 と a3 の公約数だとすると,式 (0.2)により a1 の約数でもある. ということは k は a1 と a2 の公約数である. 以上の議論で,a1 と a2 の公約数の集合と a2 と a3 の公約数の集合は一致する ことが分かった.したがって最大公約数も同じになる.つまり

gcd(a1 , a2 ) = gcd(a2 , a3 ) である. 式 (0.2)と式(0.3)は

{xa1 + ya2 | x, y ∈ Z} = {sa2 + ta3 | s, t ∈ Z} つまり

Za1 + Za2 = Za2 + Za3

(0.4)

を示している.なぜなら

xa1 + ya2 = x(q1 a2 + a3 ) + ya2 = (xq1 + y)a2 + xa3 に注意すると

(x y)

(a ) 1

a2

= ( xq1 + y x )

(a ) 2

a3

(a ) 2 = (s t) a3

となることが分かる.

( ) q 1 ( xq1 + y x ) = ( x y ) 1 1 0 なので ( x y ) と ( s t ) を以下の関係 ( ) q 1 (x y) 1 = (s t), 1 0 ( ) 0 1 (x y) = (s t) 1 −q1 で結んでやると,任意の x, y ∈ Z に対して s, t ∈ Z が見つかって xa1 + ya2 =

sa2 + ta3 となる.逆に,任意の s, t ∈ Z に対して x, y ∈ Z が見つかって xa1 +

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第0章

準備

ya2 = sa2 + ta3 となる.これで式(0.4)が正しいことが分かった. さて,ユークリッドの互除法ではこの後 a2 を a3 で割ってみることになる.

a2 = q2 a3 + a4 商が q2 ,余りが a4 である.先ほどと同様の議論により

Za2 + Za3 = Za3 + Za4 となる.d = gcd(a2 , a3 ) = gcd(a3 , a4 ) であり余りが 0 なら右辺は Zd となる. ユークリッドの互除法は割り切れるまで

ak = qk ak+1 + ak+2 , ak > ak+1 > ak+2 > 0 Zak + Zak+1 = Zak+1 + Zak+2 のように進んでいく.単調減少するこの自然数の列 {ak } はいつかは 0 に出会っ て終わる.an+2 = 0 であったとすると冒頭の議論と同様にして

an = qn an+1 Zan + Zan+1 = Zan+1 となる. まとめると

Za1 + Za2 = Za2 + Za3 = · · · = Zan + Zan+1 = Zan+1 gcd(a1 , a2 ) = gcd(a2 , a3 ) = · · · = gcd(an , an+1 ) = an+1 = d である. 以上で I = J が示された. [例 0.2] 自然数 a = 42 と b = 30 について計算してみると

42Z + 30Z = 30Z + 12Z = 12Z + 6Z = 6Z gcd(42, 30) = gcd(30, 12) = gcd(12, 6) = 6 I = J という主張と同値の以下の命題を系としておく.実用上はこの形で使わ れることが多い.

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0.3 自然数の素因数分解

◆系 0.4 ◆

自然数 a, b の最大公約数が d であるとき

xa + yb = d をみたす整数 x, y が存在する.特に a と b が互いに素であるとき,

xa + yb = 1 をみたす整数 x, y が存在する. ◆証明◆

定理 0.3 により

I = {xa + yb | x, y ∈ Z} J = {zd | z ∈ Z} とおくとき I = J が成り立つ.J の定義式中で z = 1 とすれば d ∈ J が分かる から d ∈ I でなければならない.つまり,整数 x, y が存在して

xa + yb = d となる.a と b が互いに素であるときは d = 1 だから,特別な場合に過ぎない. [例 0.3] 42 と 30 を使った例 0.2 をもう一度振り返る.ユークリッドの互除法 を 1 ステップごとに書き出すと

(

) 0 1 = ( 30 12 ) 1 −1 ( ) 0 1 ( 30 12 ) = ( 12 6 ) 1 −2 ( ) 0 1 ( 12 6 ) = (6 0) 1 −2

( 42 30 )

のようになる.この計算の連鎖をすべて繋いでしまうと ) )( )( (

( 42 30 )

0 1 1 −1

0 1 1 −2

0 1 1 −2

を得る.3 つの正方行列の積を計算してしまうと ( )

( 42 30 ) となる.これは

−2 5 3 −7

= (6 0)

= (6 0)

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第0章

準備

−2 × 42 + 3 × 30 = 6 を示している. ◆定理 0.5 ◆

自然数 a, b と素数 p があって,ab が p で割り切れるとき,

a と b の少なくとも一方は p で割り切れる. ◆証明◆

a が p で割り切れないと仮定すると a と p の最大公約数は 1 である.

系 0.4 より

xp + ya = 1 をみたす整数 x, y が存在する.両辺に b を掛けると

xpb + yab = b となり,ab が p で割り切れるから左辺は p で割り切れる.したがって b は p で 割り切れる.

b が p で割り切れないと仮定しても同様である. 任意の自然数が素因数分解できることは命題 0.2 で示した.素因数分解が一意 であることを示そう. ◆定理 0.6 ◆

任意の自然数 n は以下のように素因数分解ができる.

n = 2t1 × 3t2 × 5t3 × · · · × ptkk ここで,ti は 0 以上の整数,pi は小さい方から i 番目の素数である.si ≧

0 として,もう 1 つの素因数分解 n = 2s1 × 3s2 × 5s3 × · · · × pskk があったとすると,すべての 1 ≦ i ≦ k に対して ti = si である. ●問● 0.2 2 通りの素因数分解で素因数の「個数」k が異なる可能性を排除し ているように見えるが論理的に問題ないか. では一意性の証明に入ろう. ◆証明◆

t1 ̸= s1 だと仮定する.さらに t1 > s1 と仮定しても議論は一般性を

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0.4 多項式の剰余定理と因数定理

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失わない.n を 2s1 で割ってやると

2t1 −s1 × 3t2 × 5t3 × · · · × ptkk = 3s2 × 5s3 × · · · × pskk が成り立つ.左辺は 2 で割り切れるから右辺も 2 で割り切れる.右辺の素因数の うちどれでもよいが 1 つ選んでその素因数 p とそれ以外の積に n = pm に分解し てみる.p は 2 より大きい素数だから 2 で割り切れない.命題 0.5 によると m は 2 で割り切れる.この m から任意の素因数を取り出して同様の議論を続ける と最後に 1 が 2 で割り切れることになってしまい矛盾する.したがって t1 = s1 が分かった.

2 のべきを取り去って同じ議論を 3t2 × 5t3 × · · · × ptkk = 3s2 × 5s3 × · · · × pskk に対して行うと t2 = s2 が分かる.5 のべき以降も同様の議論ができて結論を得 る.

0.4

多項式の剰余定理と因数定理

文字 X に関する多項式を考えるときに係数をどの範囲からとってくるか決め なければならない.整数の全体 Z,有理数の全体 Q,実数の全体 R,複素数の全 体 C のどれをとっても成り立つ議論を行うときは,この節では係数については特 に言及しない. ◆定理 0.7 ◆(剰余定理) n 次多項式 f (X) と m 次多項式 g(X) があっ たとする.n > m のとき

f (X) = q(X)g(X) + r(X) をみたす n − m 次式 q(X) と m − 1 次以下の多項式 r(X) が一意に定 まる.

q(X) は商,r(X) は余りである. ◆証明◆

割り算には高校の代数で習うアルゴリズムがあるから必ず商と余りが

計算できる. 一意であることは次のようにして分かる.もし別の商 q1 (X) と余り r1 (X) の 組があったとしよう.

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12

第0章

準備

f (X) = q1 (X)g(X) + r1 (X) と先の式から

(q1 (X) − q(X))g(X) = r(X) − r1 (X) を得る.右辺は m − 1 次以下の多項式である.もし q1 (X) − q(X) ̸= 0 だっ たら,左辺は m 次以上の多項式であるから,両辺の次数が一致するためには

q1 (X) = q(X) でなければならない.すると r1 (X) = r(X) も導かれる. ◆定理 0.8 ◆(因数定理) f (X) を多項式,a を定数とする.

f (X) が X − a を因数にもつ ⇔ f (a) = 0 ◆証明◆

剰余定理により

f (X) = q(X)(X − a) + b をみたす多項式 q(X) と定数 b が一意に存在する.すると

f (X) が X − a を因数にもつ ⇔ b = 0 である.また f (a) = b だから

f (a) = 0 ⇔ b = 0 以上で結論を得る. 剰余定理からユークリッドの互除法が使えることが分かる.多項式の係数はと りあえず複素数としよう.実数,有理数に限定してもなりたつ. def

C[X] = {f (X) | f (X) は複素数を係数とする多項式 } ◆定理 0.9 ◆(互除法による単項化) f (X), g(X) ∈ C[X] の最大公約多項 式を d(X) とする.

C[X]f (X) + C[X]g(X) def

= {u(X)f (X) + v(X)g(X) | u(X), v(X) ∈ C[X]} def

C[X]d(X) = {w(X)d(X) | w(X) ∈ C[X]} とすると

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0.4 多項式の剰余定理と因数定理

13

C[X]f (X) + C[X]g(X) = C[X]d(X) が成り立つ. 証明は自然数の互除法による単項化 0.3 と同様にできる.自然数の大きさに替 えて多項式の次数の大小で議論をすればよい.完璧に並行した議論になるので読 者は試みてほしい. ◆系 0.10 ◆

f (X), g(X) ∈ C[X] の最大公約多項式を d(X) とする.こ

のとき

u(X)f (X) + v(X)g(X) = d(X) をみたす u(X), v(X) ∈ C[X] が存在する.特に f (X) と g(X) が互いに 素であるとき,つまり d(X) = 1 であるとき

u(X)f (X) + v(X)g(X) = 1 をみたす u(X), v(X) ∈ C[X] が存在する. 証明は自然数の互除法による単項化定理の系 0.4 と同様である. [例 0.4] f (X) = X 2 + X + 1, g(X) = X + 1 とおく.割り算を実行すると

X 2 + X + 1 = X(X + 1) + 1 となり,最大公約多項式は 1 になってしまうので f (X) と g(X) は互いに素であ る.ユークリッドの互除法のステップを書き出すと ( )

0 1 ( X2 + X + 1 X + 1 ) = (X + 1 1) 1 −X ( ) 0 1 (X + 1 1) = (1 0) 1 −(X + 1)

のようになる.繋いでしまうと

( X2 + X + 1 X + 1 )

(

1 −(X + 1) −X X 2 + X + 1

)

となり

1 · (X 2 + X + 1) − X · (X + 1) = 1

= (1 0)

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14

第0章

準備

が得られる. ■注意 0.2 ◆ ◆ 剰余定理と互除法による単項化定理は自然数でも多項式でもほとんど同じも のに見える.どうしたら統一的に議論できるか,ということでユークリッド整域とか単 項イデアル整域という概念が生まれた.さて,多項式についても自然数の素因数分解と似 た議論はできるが,後続の章で登場する環とかイデアルの概念をもちいて議論するのが すっきりしている.本書を読み終えたら,文献案内であげた本格的な代数学の教科書に あたってほしい.

0.5

行列の掛け算の構造

行列の掛け算は定義を漫然と受け入れてはならない.いくつかの隠し構造が縦 横に交差して走っている.定義はこうだ.

ℓ 行 m 列の行列 A の (i, j) 成分を aij と書く.m 行 n 列の行列 B の (j, k) 成分を bjk と書く.積 AB は ℓ 行 n 列の行列で,その (i, k) 成分は m ∑

aij bjk

j=1

である.(AB)ik と書くことにしよう. ほとんどの読者はこの定義を大まかに次のように理解していると思う.AB の

(i, k) 成分は A の第 i 行ベクトルと B の第 k 列ベクトルの「内積」であると. ここでは次元が同じ 2 つのベクトルの成分ごとの積を足し合わせたものを内積と 言っておく.あるいは A の第 i 行と B の第 k 列だけを取り出して行列としての 掛け算をした結果だと言ってもよい.



  (AB)ik = ( ai1 ai2 · · · aim )  

b1k b2k .. .

    

bmk ここまでは行列の掛け算を習った人は誰でも知っていることだ.ここからはも う一歩進めて列ベクトル単位で掛け算の構造を観察しよう.A と B の列ベクトル 列で掛け算ができる.B の第 k 列を単独で取り出して A を左から掛けてみる.    

  A 

b1k b2k .. .

bmk

a11 b1k + a12 b2k + · · · + a1m bmk   a21 b1k + a22 b2k + · · · + a2m bmk     =  ..    . aℓ1 b1k + aℓ2 b2k + · · · + aℓm bmk

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0.5 行列の掛け算の構造

15

右辺に見えている縦ベクトルは AB の第 k 列に他ならない.B の第 k 列に A を 左から掛けた結果は AB の第 k 列にそのままの姿を見せる.つまり A を左から

B に掛けるとき,計算は B の列(縦)ベクトルごとに行われ,その結果の列ベク トルが順序を変えずに左から右に並ぶということだ.列ベクトル単位で団体行動 をしていると見ることができる.異なる列は最終結果において互いに干渉しない. 図 0.2 を見てほしい.

図 0.2

掛け算における列ベクトルの団体行動

続けて,行(横)ベクトル単位で掛け算の構造を観察しよう.A の行ベクトル と B の掛け算ができる.A の第 i 行を単独で取り出して B を右から掛けてみる.

( ai1 ai2 · · · aim ) B = ( ai1 b11 + · · · + aim bm1

···

ai1 b1n + · · · + aim bmn )

右辺に見えている横ベクトルは AB の第 i 行に他ならない.A の第 i 行に B を 右から掛けた結果は AB の第 i 行にそのままの姿を見せる.つまり B を右から

A に掛けるとき,計算は A の行ベクトルごとに行われ,その結果の行ベクトルが 順序を変えずに上から下に向かって並ぶということだ.行ベクトル単位で団体行 動をしていると見ることができる.異なる行は最終結果において互いに干渉しな い.図 0.3 を見てほしい. 以上の観察結果を応用してみよう. [例 0.5] 実数を成分にもつ縦ベクトルの空間を R2 と書く.標準基底 ( ) ( )

1 , 0

0 1

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16

第0章

準備

図 0.3

掛け算における行ベクトルの団体行動

を使って与えられた線形変換を行列で表す問題を考える.線形写像 φ : R2 → R2 が

( ) ( ) 1 1 7→ , 2 4

( ) ( ) 1 1 7→ 5 3

で与えられているとしよう.線形独立な 2 つのベクトルの像を指定しているから

φ は一意に決まっている.この φ の標準基底に関する行列表現 A を求めよう. 与えられた情報は

A

( ) ( ) 1 1 = , 4 2

A

( ) ( ) 1 1 = 5 3

である.これを,列ベクトルの団体行動に着目すれば,以下のように 1 つの式に 集約できる.

(

A

1 1 4 5

)

(

=

1 1 2 3

行列 A に関する「1 次方程式」を解いて ( )( )−1

A=

が得られる.

1 1 2 3

1 1 4 5

)

(

=

1 0 −2 1

)

book

模様の規則性あるいは対称性を理解するには幾何学的な変換,たとえば平行移 動とか回転などを模様に対して施したときにピタリと重なるかどうかを調べること が有効だ.模様を前と後で狂いなく重ねる変換を模様を特徴づける変換と考える.

1.1

模様の規則性・対称性と群

模様の規則性をどのように表現したらよいか,模様の規則性をデータ構造とし てきっちり記述できないか,そのあたりを具体例を通じて探求する. [例 1.1] xy 平面上に図 1.1 のような 3 本の直線 l1 (y = 2), l2 (y = 1), l3 (y =

−1) からなる単純な模様を考えよう.平面上の各点を x 軸方向に同じだけ平行移

図 1.1 3 本の平行線

動させてみる.それを簡潔に表現するために次の写像を定義する.a を任意の実 数とする.

Xa :

(x)

y

(

7→

x+a y

)

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18

第1章

模様の規則性と変換群

この写像(変換ということにしよう)では,直線 l1 , l2 , l3 からなる模様は変化 しない.a はどんな値でもよいから変換の集まり(変換族)を考えるのが自然だ ろう.y 軸方向へ平行移動や回転をすると,この模様は動いてしまう. ■注意 1.1 ◆ ◆ 写像を変換と言い換えてみたが,用語としての厳密な使い分けはない.写像 f : A → B があったとき,たまたま A = B だったら変換と呼ぶことが多い.

[例 1.2] 3 本の直線 l1 (y = 2), l2 (y = 1), l3 (y = −1) の上で格子点(x,y 座 標がともに整数になる点)に☆印を置いた図 1.2 の模様を考える.例 1.1 で定義

図 1.2

☆付の 3 本の平行線

した変換 Xa を,この xy 平面に作用させると模様はどうなるだろうか.

a が整数値をとるときに,この模様は変換 Xa によって自分自身に重なること が分かるだろう.a が整数値でないときは重ならない. 模様の規則性(対称性)は,上の例 1.1,1.2 のようにどのような変換に対して その模様が自分自身に重なるかを調べてやるとよい.例 1.1,1.2 はいずれも x 方向への平行移動 Xa で自分自身に重なる模様の例である. しかし,例 1.1 と例 1.2 には注目すべき違いがあった.例 1.1 では x 軸方向へ のすべての平行移動が許されたが,例 1.2 で許されるのは x 軸方向への整数値分 の平行移動だけである. 次のような変換の集合を考えて,許される変換をすべて挙げてやると,例 1.1,

1.2 の模様の規則性をうまく区別できる. A = {Xa | a ∈ R},

B = {Xa | a ∈ Z}

ここで,a = 0 とおいた X0 は何も動かさない「変換」だが,後で重要な役割を 果たす.例 1.1,1.2 の模様の規則性は,それぞれ変換の集合 A, B で表される.

book

1.1 模様の規則性・対称性と群

19

このような変換の集合を「変換群」,さらに抽象化して「群」と呼ぶ予定なのだ が,きちんとした定義に進む前にもう少し例を見ておこう. [例 1.3] 図 1.3 のように,3 本の直線 l1 (y = 2), l2 (y = 1), l3 (y = −1) の上 で格子点に>印を置いた図 1.3 の模様を考える.まず x 軸方向の平行移動を考え

図 1.3 >付の 3 本の平行線

ると,例 1.2 と同じ結論になる.しかし,どこか違いがあるな,と誰もが感じる. この例は y 軸に関して折り返すと図 1.4 のようになり,元の模様と重ならない. 例 1.2 では重なる.

図 1.4 <付の 3 本の平行線

例 1.2 と例 1.3 を区別するには y 軸に関する折り返しの変換,つまり次のよう な写像 R0 を考える必要がある.

R0 :

(x)

y

(

7→

−x y

)

例 1.1∼1.3 の考察をまとめてみよう.例 1.2 の模様の規則性を記述するのに

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20

第1章

模様の規則性と変換群

B = {Xa | a ∈ Z} では不十分で,例 1.3 と区別できない.y 軸に関する折り返しも変換の集合の仲間

1 3 2 2 しても可能である.そこで直線 x = b に関する折り返しを Rb と表すことにする.

に入れる必要がある.よく観察すると折り返しは直線 x = ± , ±1, ± , · · · に関

Rb の具体的な姿を計算しておこう.x 座標だけに注目すればよい.点 x は Rb の作用で b に関して対称な点 2b − x に移る.図 1.5 を見てほしい.

図 1.5

x = b に関する折り返し

●問● 1.1 直線 x = b に関する折り返し Rb が ( ) (x)

Rb :

y

7→

2b − x y

となることを証明せよ. ヒント: 変換前の点と変換後の点の中点が (b, y) になることを示せばよい. 例 1.2 の変換の集合は

{Xa , Rb | a, 2b ∈ Z} 1 2

3 2

とするのがよい.b が半整数( , ±1, ± , · · · )でよいことを意外に感じる人は ここで立ち止まってよく考えてほしい. 例 1.1 についても同様に

{Xa , Rb | a, b ∈ R} とするのがよい.例 1.3 は

{Xa | a ∈ Z} でよい.このようにして例 1.1,1.2,1.3 の模様の規則性を区別することができ る.模様を自分自身に重ねるような変換をできるだけたくさん集めて(できれば 全て),それを模様の規則性を表す変換の集合としてやればよいのだ.

book

1.1 模様の規則性・対称性と群

21

次に変換の集合が持つべき望ましい性質を考えてみよう. (1) 2 つの変換の合成

2 つの変換は合成することができる.合成して得られた変換は,やはり模様を 自分自身に重ねる.変換の合成を具体的に調べてみよう. 例 1.2 の模様の規則性を記述するのは Xa , Rb などである. (ここで a, 2b ∈ Z)

Xa ◦ Xa′ と書いたら,右側の Xa′ をまず作用させ,次に左側の Xa を作用させる合成変換 を表すものとする.

Xa ◦ Xa′ = Xa′ ◦ Xa = Xa+a′ となることが分かる.a, a′ ∈ Z だから a + a′ ∈ Z となり Xa+a′ も許される変換 になっていることが分かる.次に

Xa ◦ Rb

(a, 2b ∈ Z)

について調べよう.

(x) ( ( x )) (Xa ◦ Rb ) y = Xa Rb y ( ) 2b − x = Xa y ( ) a + 2b − x = y   a + 2b − x 2 ×  = 2 y (x) = R a+2b y 2

これで合成公式

Xa ◦ Rb = R a+2b 2

が得られる.

a + 2b × 2 ∈ Z だから R a+2b は許された変換の仲間に入る.同様 2 2

にして次の合成公式が得られる.

Rb ◦ Xa = R 2b−a , 2

Rb ◦ Rb′ = X2b−2b′

(1.1)

book

22

第1章

模様の規則性と変換群

特に

Rb ◦ Rb = X0 が成り立つ. ●問● 1.2 公式(1.1)を証明せよ.また,右辺に現れる変換が a, 2b, 2b′ ∈ Z の とき,例 1.2 の模様を自分自身に重ねる変換であることを確認せよ. 以上で

{Xa , Rb | a, 2b ∈ Z} は変換の合成で閉じていることが分かった.「閉じている」とは,合成されたもの が再びこの変換の仲間に入ることを指す.注目すべきは一般に

Xa ◦ Rb ̸= Rb ◦ Xa となることだ. ●問● 1.3 上の式で等号が成り立つのはどんな場合か. (2) 恒等変換

X0 は合成に関して特別な役割を持っている.何も動かさない「変換」だから, どんな変換 Z を持ってきても

X0 ◦ Z = Z ◦ X0 となっている.ふつうの数の乗法で 1 にあたる役割を持っている.この X0 を恒 等変換と呼ぼう. (3) 逆変換 さて,これらのどの変換にも逆変換(逆写像)があり,しかもそれは許された 変換であることを見よう.

Xa ◦ X−a = X0 ,

Rb ◦ R b = X 0

となっているから,Xa の逆変換は X−a , Rb の逆変換は Rb 自身になっている. 逆変換を,右肩に「−1」をつけて表すと

Xa−1 = X−a , となる.

Rb−1 = Rb

book

1.1 模様の規則性・対称性と群

23

(4) 結合法則 写像一般で結合法則が成り立つので,ここで扱う変換も当然成り立つ.任意の 変換 X, Y, Z に対して

(X ◦ Y ) ◦ Z = X ◦ (Y ◦ Z) が成り立つ.念のため,我々が扱っている xy 平面の変換のことばで証明してお こう.一般の写像に関する証明と何も変わらないが. ◆証明◆

写像の等式だから,各点の像がどうなるかを調べればよい.xy 平面

上の任意の点 P に対して

((X ◦ Y ) ◦ Z)(P ) = (X ◦ Y )(Z(P )) = X(Y (Z(P ))) (X ◦ (Y ◦ Z))(P ) = X((Y ◦ Z)(P )) = X(Y (Z(P ))) となるから,任意の点 P について

((X ◦ Y ) ◦ Z)(P ) = (X ◦ (Y ◦ Z))(P ) が成り立つ.つまり

(X ◦ Y ) ◦ Z = X ◦ (Y ◦ Z) が成り立つ. 結合法則が証明されたので括弧が不要となる.つまり (X ◦ Y ) ◦ Z とか X ◦

(Y ◦ Z) と書く必要はなく,ただ X ◦ Y ◦ Z と書けばよい. ■注意 1.2 ◆ ◆ 「はじめに」でも指摘したが,ソフトウェア工学や建築学ではデザインパ ターンということばがよく使われる.数学の証明においても証明のデザインパターンを身 につけなければならない.2 項演算 ◦ の結合性を示すのに,背後にある写像としての結 合性を利用するというのは証明のデザインパターンの一つだ.

ここまで 3 つの模様の例,特に例 1.2 を詳しく考察してきた.ここでいくつか の用語を導入し,まとめをしておこう. 変換の集合

{Xa , Rb | a, b ∈ R} {Xa , Rb | a, 2b ∈ Z} {Xa | a ∈ Z}

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24

第1章

模様の規則性と変換群

は,それぞれ例 1.1,1.2,1.3 の模様を特徴づける変換群と呼ばれる. これら変換群の持っている性質をあげると

(i) 合成に関して閉じている. (ii) 恒等変換 X0 を含む. (iii) どの変換にも,それに対する逆変換があり,それは許された変換である. (iv) 結合法則が成り立つ. これら 4 つの性質はとても重要なので,しっかり覚えておいてほしい. もうひとつ例を補って,この節を終えることにしよう. [例 1.4] 図 1.6 のように直線 y = ±1, ±2 の上の格子点に>印を置いてできる 模様を考えよう.例 1.3 と似ているが,この模様は x 軸に関する折り返しで自分

図 1.6

<付の 4 本の平行線

自身に重なる.x 軸に関する折り返しを (x)

S:

y

7→

( x ) −y

で表すことにしよう.この模様の変換群を

{Xa , S | a ∈ Z} としてみようか? 残念ながら,この変換の集合は合成操作に関して閉じていない.正解は

{Xa , Xa ◦ S | a ∈ Z}

book

1.2 変換群と軌道

25

となる.S ◦ Xa = Xa ◦ S に注意してほしい. ■注意 1.3 ◆ ◆ X0 ◦ S = S だから S は上記の変換群に含まれている.さて,なぜ閉じて いることにこだわるのだろうか.規則性を半端な変換の集合で指定することはいつでも可 能だが,半端な姿はいろいろあるから,それらの違いで異なる規則性と思われてしまうの はまずい.そういう曖昧さを排除するためにすべてを尽くして閉じていることを要求す る.最大のものがとれるなら,それは一意になる.このような定義のしかたはいろいろ な分野で現れる.デデキントの切断を知っている人は比べてみるとよい.

●問● 1.4 {Xa , Xa ◦ S | a ∈ Z} が変換群の性質(i)∼ (iv)をすべて満たし ていることを示せ.

1.2

変換群と軌道

前節では,模様を与えて,その規則性(対称性)を記述するために変換群とい うものを考えた.この節ではその逆をやろう.

xy 平面とそれに作用する変換群を先に与える.前節では合同変換(長さや角度 を保存する変換)ばかり考えたが,この節では様々な線形変換も考える. [例 1.5] 回転の行列

(

cos θ − sin θ sin θ cos θ

)

を取り上げる.θ は実数値をとるが,差が 2π のもの同士は同じ行列を与えること を注意しておこう.このような回転の行列をすべてとってきて } {( ) cos θ − sin θ 0 ≦ θ < 2π A=

sin θ

cos θ

とおく. この集合は前節で定式化した変換群の 4 つの性質をすべてみたす. ●問● 1.5 集合 A が変換群の 4 つの性質をすべてみたすことを確かめよ. この変換群における合成規則は,行列の乗法でよい.0 ≦ θ < 2π としたが,単 に重複を避けるためだから,以下の計算では θ は任意の実数値をとるとしてよい. 単位元は θ = 0 とおいた

である.逆元は逆行列だ.

(

1 0 0 1

)

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26

第1章

(

模様の規則性と変換群

cos θ − sin θ sin θ cos θ

(

)−1

=

cos(−θ) − sin(−θ) sin(−θ) cos(−θ)

)

(

=

cos θ sin θ − sin θ cos θ

)

点 (x, y) への作用は

(x)

y

7→

(

cos θ − sin θ sin θ cos θ

)(x)

y

とする. 原点以外の任意の点に変換群を作用させるとその軌跡は円になる(図 1.7).そ の中心は原点である.変換群の作用でできる動点の軌跡をその点を含む変換群の 軌道(orbit)と呼ぶ.原点を中心とする円はすべてこの変換群 A の軌道である.

図 1.7

変換群 A の軌道

原点はこの変換群で動かないから,原点の軌跡は原点のみからなる.これも軌 道のひとつだ. いくつかの軌道を集めてできる図 1.7 のような模様は,この変換群でだいたい 記述できる.折り返しも許されるので,後でゆっくり検討しよう.ここで重要な 命題を上げておこう. ◆命題 1.1 ◆ ◆証明◆

異なる軌道は交わらない.

もし 2 つの軌道が交わったとすると,その交点から出発した軌道は両

者を渡り歩くことになり,結局 1 つの軌道になってしまう. ■注意 1.4 ◆ ◆ 上の証明で納得できない人のためにもう一歩踏み込んでみよう.ある点 a を出発した軌道上の任意の 2 点 x, y に対して x を y に移すような変換が必ず見つかる.

x = T (a),

y = S(a)

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1.2 変換群と軌道

27

であったとすると第 1 式 x = T (a) から

a = T −1 (x) が得られる.これを第 2 式 y = S(a) に代入すると

y = S(T −1 (x)) = (S ◦ T −1 )(x) となる.図 1.8 でこの様子を眺めてほしい.

図 1.8 変換群 A の軌道

このように 1 つの軌道上では,変換によってすべての点を渡り歩くことができる.そ ういう訳で軌道の出発点を選ぶ必要があるときは勝手に選んでよい.そして 2 つの軌道 が 1 点でも共有しているならば上の議論にしたがって,その 2 つの軌道上を変換によっ て自由に行き来できる訳だから結局それらは 1 つの軌道だったということになる.

[例 1.6]

) } a 0 a>0 −1 0 a とおく.これも xy 平面の変換群の 1 つである. {(

B=

●問● 1.6 集合 B が変換群の 4 つの性質をみたすことを確かめよ. 点 (x, y) の軌道は

(

a 0 0 a−1

)(x)

y

=

( ax ) a−1 y

において a > 0 を動かして得られる.この変換で x と y の積は一定に保たれる. つまり双曲線 xy = k は自分自身に写される.ここで k は任意の実数とする.

k = 0 のときは 2 直線で双曲線とは言えないが特殊な場合として双曲線の仲間に 入れておくと便利なことが多い. 一般に変換群 G があったときに,その軌道を G 軌道(G-orbit)と呼ぶこと にしよう.

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28

第1章

模様の規則性と変換群

ここで x 軸の正の部分

I=

{ (x)

0

}

x>0

が 1 つの B 軌道であることを確かめよう. ( ) 1 I 上の点を勝手に選ぶ.たとえば をとることにしよう.B に属する変換 を作用させてみる.

0

(

)( ) (a) 1 = 0 0 となるから a がすべての正の数を動くとき I 全体が生成されることが分かる.

a 0 0 a−1

●問● 1.7 x 軸の正の部分,負の部分,y 軸の正の部分,負の部分,xy = k で 定まる双曲線の片割れ,そして単独の原点,これらすべてが B 軌道であることを 確かめよ. いくつかの B 軌道を集めて図 1.9 のような模様をつくることができる.この模 様の変換群は B であると考えたい.しかし,x 軸と y 軸に関する折り返しを考慮 に入れた方がよいので注意が必要だ.詳しくは章末問題を参照してほしい.

図 1.9

変換群 A の軌道

【1】次の模様の規則性を表す変換群を求めよ.ただし,変換は以下のものを用い ることとする.

(x)

Xa : y

(

7→

x+a y

)

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1.2 変換群と軌道

29

(x) ( x ) Ya : y 7→ y + a ( ) (x) 2a − x Ra : y 7→ y (x) ( x ) Sa : y 7→ 2a − y

Ya は y 軸方向への a だけ平行移動,Sa は直線 y = a に関する折り返しを表す. X0 = Y0 をともに I と表すこともある. (1)図 1.10(左)のように直線 l1 (y = 1), l2 (y = −1) の上の格子点のうち x 座標が偶数になる点に☆印をおく.(☆は逆さまになると異なる印になってしまう ことに注意) (2)図 1.10(右)のように直線 l1 (y = 1), l2 (y = −1) の上の格子点のうち x 座標が偶数になる点に●印をおく.

図 1.10

(左)☆付の 2 本の平行線,(右)●付の 2 本の平行線

(3)直線 l1 (x = −1), l2 (x = +1) からなる模様(図 1.11(左)). (4)直線 l1 (x = 1), l2 (x = 2) 上の格子点に ∧ 印を置く(図 1.11(中)). (5)点 (±1, ±1) を頂点とする正方形(図 1.11(右)). 【2】次の変換群に対応する模様を作れ.ただし,直線 l1 (x = 1), l2 (x = −1) の 上の y 座標が偶数の点に ∧,□,〇などを配置するものとする(問題 1 の記号を そのまま使う). (1){Ya | a ∈ 2Z} (2){Ya , Sb | a ∈ 2Z, b ∈ Z} (3){Ya , Ya ◦ R0 | a ∈ 2Z}

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30

第1章

模様の規則性と変換群

(左)2 本の平行線,(中)∧ 付,(右)正方形

図 1.11

【3】xy 平面上の変換で次のものを考える. (x) (

Zθ :

y

7→

cos θ − sin θ sin θ cos θ

)(x)

y

これは原点のまわりの θ だけの回転を表している.図 1.12 のように単位円とそ れにに内接する正三角形を考えよう.

図 1.12 円と正三角形

この模様は Z0 = I, Z 2π , Z 4π などの変換で自分自身と重なる. 3

(1)

3

Z 2π ◦ S0 3

3

S0 ◦ Z 2π 3

を行列で表せ.ただし

Z 4π ◦ S0 S0 ◦ Z 4π 3

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1.2 変換群と軌道

S0 :

(x)

y

(

7→

1 0 0 −1

31

)( ) x y

である. (2)図 1.12 の模様の変換群をつくれ. 【4】次の模様の変換群を見つけ出せ.ただし Zθ , S0 を用いることとする. (1)図 1.13(左)のような正六角形 (2)図 1.13(右)のように正六角形の各頂点に鍵状の印を配置した模様

図 1.13 (左)正六角形,(右)印付の正六角形

【5】次の xy 平面の変換群 A, B を考える. {( )

} a 0 a ∈ R , a = ̸ 0 −1 { (0 a ) } a 0 B= a > 0 0 a−1 (1) 点 (1, 1) を含む A 軌道,B 軌道をそれぞれ図示せよ.

A=

(2) 点 (1, 0) を含む A 軌道,B 軌道をそれぞれ図示せよ. 【6】次の模様の変換群を求めよ.ただし,次の行列で表される線形変換をもちい ることとする.

(

) a 0 , 0 b

ab = ±1

(1) 双曲線 xy = ±1 からなる模様(図 1.14(左)). (2) 双曲線 xy = ±1 および xy = 2 からなる模様(図 1.14(右)). (3) 双曲線 xy = ±1 と双曲線の片割れ

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32

第1章

模様の規則性と変換群

図 1.14 (左)対称性のよい模様,(右)対称性が少ない模様(1)

{

xy = 2 , x>0

{

xy = −2 x>0

からなる模様(図 1.15).

図 1.15 対称性が少ない模様(2)

【7】次の変換群による点 (1, 0) を含む軌道を求めよ. {( } ) (1) 2π 4π (2) (3)

cos θ − sin θ , θ = 0, 3 3 sin θ cos θ {( } ) nπ cos θ − sin θ θ= , n = 0, 1, · · · , 5 3 sin θ cos θ {( } ) cos θ − sin θ 0 ≦ θ < 2π sin θ cos θ

book

今までは変換群をつねにそれが作用する空間とペアで考えてきた.この章では 変換群自身の代数的な構造を取り出して考える.変換の合成は 2 項演算と一般に 呼ばれるものの一種である.2 項演算とは,ふつうの数や行列の加減乗除のよう な,2 つの元に第 3 の元を対応させる規則のことを言う. 本章の最後には群が自分自身に変換群として作用するときの軌道を観察する. 一般にコセット分解といわれている軌道分解の考え方が登場する.

2.1



変換の合成では結合法則が成り立っているが,結合法則が成り立たない 2 項演 算の例を挙げておこう. [例 2.1]

(3 − 1) − 2 ̸= 3 − (1 − 2) (3 ÷ 5) ÷ 2 ̸= 3 ÷ (5 ÷ 2)

だから引き算,割り算では結合法則が成り立たない. ◆定義 2.1◆ 2 項演算 ◦ の定義された集合 G が次の条件を満たすとき群 (group)とよばれる. (1) 単位元 e ∈ G がある.任意の x ∈ G に対して

e◦x=x◦e=x となる e を 2 項演算 ◦ の単位元という. (2) 2 項演算 ◦ は結合法則をみたす.

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34

第2章

群と軌道分解

(x ◦ y) ◦ z = x ◦ (y ◦ z) が任意の x, y, z ∈ G に対して成り立つということだ. (3) どの元 x ∈ G に対しても逆元がある.

x◦y =y◦x=e をみたす y ∈ G が存在するということだ. すぐに気がつく性質をまとめておこう. ◆命題 2.1 ◆ ◆証明◆

群 G の単位元は 1 つしかない.

もし e ∈ G 以外に定義 2.1 の(3)の条件をみたす e′ ∈ G があった

とする.e が単位元であることから

e ◦ e′ = e′ ◦ e = e′ が成り立つ.e′ が単位元であることから

e ◦ e′ = e′ ◦ e = e が成り立つ.以上の 2 式から e = e′ が分かる. ■注意 2.1 ◆ ◆ この証明は簡単だけれども,典型的な証明パターンだと意識してほしい.あ る性質をもつものが 1 つしかないことを示すときに,仮に別のものがあったとして,定 義の条件の式などの情報を使って,その 2 つが等しいことを示すというパターンだ.

◆命題 2.2 ◆

どの元 x ∈ G に対しても逆元は 1 つしかない.したがっ

て,x の逆元を x−1 と書く約束が意味をもつ. ◆証明◆

x の逆元が 2 つあったとする.それを y1 , y2 とおこう. x ◦ y1 = e

の両辺に左から y2 を合成すると

y2 ◦ x ◦ y1 = y2 となる.y2 ◦ x = e だから y1 = y2 が分かる. 以後,誤解がないときは x ◦ y を単に xy と書くことにする.

book

2.1 群

35

群の例はすでにいくつか見てきたが,この節で詳しく研究してみたい群がある ので,それを紹介しよう. ◆定義 2.2◆ 集合 A = {1, 2, 3} をとる.A から A への全単射 φ を次のよう に表そう.

(

1 2 3 φ(1) φ(2) φ(3)

)

このような A の変換からなる群を S3 と名づける.すると {( ) ( ) ( )

1 2 3 1 2 3 1 2 3 , , , 1 2 3 2 3 1 ( ) ( ) (3 1 2 )} 1 2 3 1 2 3 1 2 3 , , 2 1 3 3 2 1 1 3 2 となる.この変換群 S3 は 3 次の対称群と呼ばれる.記号の S は symmetric か S3 =

ら来ている. この群の 2 項演算は写像としての合成である.たとえば, ( ) ( )

σ=

1 2 3 , 2 3 1

τ=

1 2 3 2 1 3

とおくとき

στ (1) = σ(τ (1)) = σ(2) = 3 στ (2) = σ(τ (2)) = σ(1) = 2 στ (3) = σ(τ (3)) = σ(3) = 1 なので

(

στ =

1 2 3 3 2 1

)

である.このように計算する.右側に書かれている τ の作用が σ に先立って行わ れるから右優先の約束ということがある.左優先の約束をしてもよいのだが,以 下では右優先の約束でいくことにする. この 2 項演算は写像の合成だから,結合法則は自動でみたされている. ●問● 2.1 S3 の単位元はどれか.各元に対する逆元を求めよ.結合法則はすで に分かっているから,こうして S3 は群であることが確認できたことになる. ( ) 1 2 3 σ= は 1 7→ 2, 2 7→ 3, 3 7→ 1 という置換である.図式にして みると

2 3 1

book

36

第2章

群と軌道分解

1 ^

@/ 2 ~ 3

のようにサイクルを作っている.このような変換をサイクルと呼び (123) と略記 ( ) 1 2 3 しよう.τ = は以下のように図式化できる.

2 1 3

1o



/ 2

3

3 は動かないので矢印 7→ を省略した.サイクルの一種だが,特に互換と呼び,こ の場合は (12) と略記する. 単位元を e と書こう.すると

S3 = {e, (1 2 3), (1 3 2), (1 2), (1 3), (2 3)}

(2.1)

と書くことができる.これで,少し楽になった. ●問● 2.2 式 (2.1)を確かめよ. ここで (1 2 3) = σ, (1 2) = τ で書き換えると

S3 = {e, σ, σ 2 , τ, στ, σ 2 τ } と書くことができる. ●問● 2.3 σ 2 = (1 3 2),

τ σ = σ 2 τ,

τ σ 2 = στ を示せ.

■注意 2.2 ◆ ◆ σ と τ を使って書き直したのは,これらをさまざまにかけ合わせると S3 のすべての元が生成できるという特別な性質をもった組だからである.後できちんと述 べるが {σ, τ } は S3 の生成系と呼ばれる.

小学生の頃,掛け算の九九の表をつくったことがあるはずだ.S3 についても表

2.1 のような演算テーブルをつくることができる. このテーブルの見方を説明しておく.τ を左に σ を右に置いて合成すると τ σ となる. 「左」の欄から τ を選び,横に目を走らせる.「右」の欄から σ を選び, 縦に目を走らせる.その縦横が交わったところに答えが出ているはずだ.実際見 てみると σ 2 τ となる.τ σ = σ 2 τ だから τ σ と書いてもよいのだが,さまざまな 書き方が可能なときは,1 つに決めておいた方が混乱が少ない.他の群のテーブ ルを作るときも同じように心がけよう.

book

2.2 部分群

表 2.1





e σ σ2 τ στ σ2 τ

37

S3 の演算テーブル

e

σ

σ2

τ

στ

σ2 τ

逆元

位数

e σ σ2 τ στ σ2 τ

σ σ2 e σ2 τ τ στ

σ2 e σ στ σ2 τ τ

τ στ σ2 τ e σ σ2

στ σ2 τ τ σ2 e σ

σ2 τ τ στ σ σ2 e

e σ2 σ τ στ σ2 τ

1 3 3 2 2 2

右端に「位数」とあるのは,同じ行の左端にある元を何乗したら単位元 e にな るか,という最小値のことだ.たとえば σ は 3 乗して初めて e になるから σ の 位数は 3 である.単位元 e の位数は 1 と約束する.

2.2

部分群

さて,次の S3 の部分集合はすべて群の条件をみたしている.

{e},

{e, τ },

{e, στ },

{e, σ 2 τ },

{e, σ, σ 2 },

S3

これらを S3 の部分群という. ●問● 2.4 上の S3 の部分集合がそれぞれ演算に関して閉じていることをテー ブルをつくって確かめよ. 一般的に定義しておこう. ◆定義 2.3◆ 群 G の部分集合 H が次の条件をすべてみたすときに H を G の 部分群という. (1) e ∈ H ((2)と(3)から出てくるので除いてもよい) (2) x ∈ H かつ y ∈ H ならば xy ∈ H (3) x ∈ H ならば x−1 ∈ H ■注意 2.3 ◆ ◆ {e}, G 自身も G の部分群である.これらは特に自明な部分群と呼ばれる.

G の部分群 H1 , H2 があったとき,H1 ∩ H2 は部分群になるだろうか.また H1 ∪ H2 は部分群になるだろうか.大いに気になるところだ.

book

38

第2章

群と軌道分解

◆定理 2.3 ◆

群 G の部分群 H1 , H2 があったとき,H1 ∩ H2 も G の

部分群になる. ◆証明◆

x, y ∈ H1 ∩ H2 を任意にとってくると xy ∈ H1 かつ xy ∈ H2

だから

xy ∈ H1 ∩ H2 である.また

x−1 ∈ H1 かつ x−1 ∈ H2 だから

x−1 ∈ H1 ∩ H2 となっている. ●問● 2.5 群 G の部分群 H1 , H2 があったとき,一般に H1 ∪ H2 は G の部 分群にならないことを S3 の部分群 {e, τ }, {e, σ, σ 2 } で確かめよ. ここで,S3 の演算テーブル(表 2.1)をもう一度ながめてみよう.このテーブ ルの各行をながめると S3 のすべての元が 1 回ずつ現れていることが分かる.σ を左から演算(これを左乗ということにしよう)したときを例にとろう.

σ の左乗 :

_e  σ

σ _  σ2

σ_2

τ_

 e

 στ

στ _  σ2 τ

σ_2 τ  τ

このような σ の左乗を σ· と書くと σ· : S3 → S3 は全単射である.この事実は命 題 2.4 で一般に証明する.S3 の他の元も同様だから

L3 = {e·, σ·, σ 2 ·, τ ·, (στ )·, (σ 2 τ )·} は S3 という集合の変換の集合だ.すぐに観察できることだが,L3 は S3 そのも のではないか?しかし役割分担を思い起こすと,S3 は変換を受ける空間であり,

L3 は空間 S3 に作用する変換の集まりで役目が違っている.

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2.2 部分群

◆命題 2.4 ◆

39

群 G の任意の元 g ∈ G に対して左乗 g· : G → G を考え

る.g· は全単射である. ◆証明◆

単射であることを示す.G の 2 つの元 x1 と x2 をとってきたときに

g · (x1 ) = g · (x2 ) だったとする.左乗の定義により書き直すと gx1 = gx2 とな る.この両辺に左から g −1 をかけると x1 = x2 を得る.これで単射であること が分かった. 全射であることを示す.G の任意の元 y に対して (g·)(x) = y をみたす x ∈

G が存在することをいえばよい.左乗の定義により書き直して,gx = y となる x を探せばよい.x = g −1 y が答えだ.これで全射であることも分かった. ◆命題 2.5 ◆

群 G を考える.

(i)単位元 e ∈ G に対して e· : G → G は恒等写像である. (ii)任意の g1 , g2 ∈ G に対して (g2 ·) ◦ (g1 ·) = (g2 g1 )· が成り立つ. (iii)任意の g ∈ G に対して (g·)−1 = (g −1 )· が成り立つ. ◆証明◆ (i)は単位元 e の定義から自明である. (ii)を示そう.任意の x ∈ G に対して定義にしたがって 2 通りの計算をして

((g2 ·) ◦ (g1 ·))(x) = (g2 ·)(g1 · x) = g2 · (g1 x) = g2 g1 x (g2 g1 ) · (x) = g2 g1 x を得る.これは

((g2 ·) ◦ (g1 ·))(x) = (g2 g1 ) · (x) であることを示している.x ∈ G が任意であったので

(g2 ·) ◦ (g1 ·) = (g2 g1 )· が得られる. (iii)を示そう.(ii)より

(g·) ◦ (g −1 ·) = (g −1 ·) ◦ (g·) = e· が得られ,(i)より e· は恒等写像なので (g·)−1 = g −1 · となる.

book

40

第2章

群と軌道分解

■注意 2.4 ◆ ◆ g 7→ g· という写像は群 G から変換群 {g · | g ∈ G} への全単射であり, 群の演算と変換の合成の規則が完全に対応している.同型写像ということばを後で導入す るが,その一つだ.

このようにして一般に群 G は自身に対して左乗によって変換群として作用して いる.以下では群 S3 の左乗による軌道を調べていくが,σ· のような表記は煩雑 なので,文脈で明らかなときは,単に σ と書くことにする.

S3 の演算テーブルである表 2.1 の一つの列,たとえば e の列を見て行くと, すべての S3 の元が現れる.これは S3 の左乗による軌道が S3 全体であることを 示している.これは一般の群 G について言えることなので命題としておこう. ◆命題 2.6 ◆

群 G を考える.変換群 {g · | g ∈ G} による軌道は G と

なる. ◆証明◆

2.3

命題 2.5 から得られる.

部分群による軌道分解

空間 G に対して G の部分群 H を左乗によって変換群と考えることができる. 変換の数を少なくしてみるのだ.まず,用語を導入しておく. ◆定義 2.4◆ 群 G の部分群 H を考える.G に作用する変換群 {h · | h ∈ H} の軌道を左 H 軌道という.G の元 x を出発する左 H 軌道を Hx と書く. ◆注意 2.5 ◆ ■ 左 H 軌道 Hx は x を代表とする右剰余類,右コセットとよばれることが 多い.剰余類の代表 x が右側に姿を見せているので,代表を尊重する命名だろう.なお, 文献によっては左剰余類といっているものもあるから注意が必要だ.

S3 の部分群 A = {e, σ, σ 2 } を考える.群 A は左乗によって S3 の変換群と なる.群 A による軌道がどうなっているかを観察しよう.演算テーブル(表

2.2)から e を出発した左 A 軌道は {e, σ, σ 2 } であり,τ を出発した左 A 軌道は {τ, στ, σ 2 τ } であることが分かる. 左軌道に分解される様子を図 2.1 で確認してほしい. 次に S3 の部分群 B = {e, τ } について同じことを考えよう.左 B 軌道は表

2.3 から 3 つ得られる.読者自身でこれらの結果を確認してほしい.左 B 軌道分

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2.3 部分群による軌道分解

表 2.2

S3 の左 A 軌道

e を出発

τ を出発 e

左A e σ σ2

41

τ

左A

e σ σ2

e σ σ2

図 2.1

τ στ σ2 τ

左 A 軌道分解

解は図 2.2 のようになる.

S3 の左 B 軌道は {e, τ },{σ, σ 2 τ }, {σ 2 , στ } である.定義 2.4 で述べた記法 を使うと,これらはそれぞれ B, Bσ, Bσ 2 となる.B は Be と書いてもよい. 一般に,群 G とその部分群 H があったとき,Hx と書いたら,x を出発する 左 H 軌道を指す.つまり 表 2.3

e を出発

e τ

σ 2 を出発

σ を出発 e

左B

S3 の左 B 軌道

e τ

σ

左B e τ

σ σ2 τ

図 2.2 左 B 軌道分解

σ2

左B e τ

σ2 στ

book

42

第2章

群と軌道分解

Hx = {hx | h ∈ H} のことだ.左軌道 Hx 内の任意の点 h0 x を出発点に取り直してみよう.すると

H(h0 x) = {hh0 x | h ∈ H} = {hx | h ∈ H} だから出発点として左軌道内のどの点を選んでも,得られる左軌道は同じになる. 左軌道に関して「· · · を出発する」と言っても「· · · を含む」と言っても同じこ とだ.最後の等号は h が H 内を漏れなく走るとき hh0 も H 内を漏れなく走る ことから分かる. 一般に,左 H 軌道の全体を H\G で表す.すると

A\S3 = {A, Aτ },

B\S3 = {B, Bσ, Bσ 2 }

と書くことができる. 以上の観察を踏まえると以下の定理が成り立ちそうだ. ◆定理 2.7 ◆

群 G の部分群 H を考える.

(i)集合 G は左 H 軌道の排他的合併集合である. (ii)単位元 e を含む左 H 軌道は H 自身である. (iii)すべての左 H 軌道は大きさ(元の個数あるいは濃度)が同じである. (iv) G の大きさが有限のとき(以後このような群を有限群とよぶ),部分 群 H の大きさは群 G の大きさの約数である.左 H 軌道の個数も G の大きさの約数である. ◆証明◆ (i)を示す.G の任意の元 x はそれを含む左 H 軌道 Hx があるか ら,すべての左 H 軌道を合併した集合は G と一致する.排他的であることはす でに命題 1.1 で示した. (ii)は自明だ. (iii)任意の x1 , x2 ∈ G に対して f : Hx1 → Hx2 を

f : hx1 7→ hx2 で定義すると全単射になっている.

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2.3 部分群による軌道分解

43

(iv)を示す. (iii)により,すべての軌道は同じ大きさだから G が有限群だっ たら

|G| = |H| × |H\G| となるので(iv)が得られた.ここで |X| は集合 X の大きさ,つまり元の個数 を表す. ◆定理 2.8 ◆ ◆証明◆

有限群 G の任意の元 x の位数は |G| の約数である.

x の位数が無限だとすると無限列 x, x2 , x3 , · · ·

に現れる G の元はすべて異なる.なぜなら自然数の組 m < n に対して xm =

xn であったとすると両辺に (x−1 )m をかけることにより xn−m = e となってし まい位数が無限であることと矛盾する.したがって上の無限列の元はすべて互い に異なる.これは有限群では許されない.

x の位数を n とすると {e, x, · · · , xn−1 } は G の大きさが n の部分群になる.定理 2.7 により n は |G| の約数である. ■注意 2.6 ◆ ◆ 群 G に対して |G| を群の大きさと言及したが,文献では群の位数とよぶの が普通で,個々の元の位数と同じ用語なので注意が必要だ.

さて次は視点を 90◦ 変えて S3 の演算テーブルである表 2.1 の各行をながめる と,各行に S3 の元が 1 回ずつ現れていることが分かる.右乗は全単射である. 一般に,群 G の元 g による右乗 ·g : G → G を

·g : x 7→ x · g = xg で定義する. ◆命題 2.9 ◆

群 G の任意の元 g ∈ G に対して右乗 ·g : G → G を考え

る.·g は全単射である. ◆証明◆

単射であることを示す.G の 2 つの元 x1 と x2 をとってきたときに

book

44

第2章

群と軌道分解

x1 · g = x2 · g だったとする.右乗の定義により書き直すと x1 g = x2 g となる. この両辺に右から g −1 をかけると x1 = x2 を得る.これで単射であることが分 かった. 全射であることを示す.G の任意の元 y に対して y = x · g をみたす x ∈ G が 存在することをいえばよい.右乗の定義により書き直して,y = xg となる x を 探せばよい.x = yg −1 が答えだ.これで全射であることも分かった. ◆命題 2.10 ◆

群 G を考える.

(i)単位元 e ∈ G に対して ·e : G → G は恒等写像である. (ii)任意の g1 , g2 ∈ G に対して (·g2 ) ◦ (·g1 ) = ·(g1 g2 ) が成り立つ.左 辺と右辺では g1 と g2 の出現順序が異なっていることに注意せよ. (iii)任意の g ∈ G に対して (·g)−1 = ·(g −1 ) が成り立つ. ◆証明◆ (i)は単位元 e の定義から自明である. (ii)を示そう.任意の x ∈ G に対して定義にしたがって 2 通りの計算をして

((·g2 ) ◦ (·g1 ))(x) = (·g2 )((·g1 )(x)) = (·g2 )(xg1 ) = xg1 g2 (·(g1 g2 ))(x) = xg1 g2 を得る.これは ((·g2 ) ◦ (·g1 ))(x) = (·(g1 g2 ))(x) であることを示している.x ∈

G が任意であったので (·g2 ) ◦ (·g1 ) = ·(g1 g2 ) が得られる. (iii)を示そう.(ii)より

(·g) ◦ (·g −1 ) = ·(g −1 g) = ·e が得られ,(i)より ·e は恒等写像なので (·g)−1 = ·(g −1 ) となる. ◆注意 2.7 ◆ ■ G′ = {·g | g ∈ G} は群である.g 7→ ·g という写像は群 G から群 G′ への 全単射であるが,群の演算が保存されているとはいえない.しかし,演算で左右の位置 が入れ替わることを除けば「保存」されているといってもよいだろう.このような写像 は反同型写像とよばれる.同型であろうが反同型であろうが,軌道を丸ごと考える際には 区別の意味がないのでこの先は大らかに考えてよい.

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2.3 部分群による軌道分解

45

◆定義 2.5◆ 群 G の部分群 H を考える.G に右から作用する ·H = {·h | h ∈

H} の軌道を右 H 軌道という.G の元 x を出発する右 H 軌道を xH と書く. ■注意 2.8 ◆ ◆ 右 H 軌道 xH は x を代表とする左剰余類,左コセットとよばれることが 多い.剰余類の代表 x が左側に姿を見せているので,代表を尊重する命名だろう.文献 によっては右剰余類といっているものもある.

S3 の部分群 A = {e, σ, σ 2 } B = {e, τ } による右 A 軌道,右 B 軌道を計算してみよう. 右 A 軌道は表 2.4 から {e, σ, σ 2 }, {τ, στ, σ 2 τ } の 2 つであることが分かる. 左軌道の記法と同様に

{e, σ, σ 2 } = eA = A,

{τ, σ 2 τ, στ } = τ A

と書くことにしよう.右 A 軌道分解の様子は図 2.3 を見てほしい. 表 2.4

右 A 軌道

e を出発 右 A

e

e e

τ を出発 σ

σ2

σ

σ2

図 2.3

右 A

τ

e

σ

σ2

τ

σ2 τ

στ

右 A 軌道分解

右 B 軌道は表 2.5 より {e, τ }, {σ, στ }, {σ 2 , σ 2 τ } の 3 つであることが分 かる.

{e, τ } = eB = B,

{σ, στ } = σB,

{σ 2 , σ 2 τ } = σ 2 B

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46

第2章

群と軌道分解

表 2.5

e を出発 右 B

e

右 B 軌道

σ 2 を出発

σ を出発 e

τ

e

τ

右 B

σ

図 2.4

e

τ

σ

στ

右 B

σ2

e

τ

σ2

σ2 τ

右 B 軌道分解

のように表す.右 B 軌道分解の様子は図 2.4 を見てほしい. 一般に,群 G とその部分群 H があったとき,xH と書いたら,x を出発する 右 H 軌道を指す.つまり

xH = {xh | h ∈ H} のことだ.右軌道 xH 内の任意の点 xh0 を出発点に取り直してみよう.すると

(xh0 )H = {xh0 h | h ∈ H} = {xh | h ∈ H} だから出発点として右軌道内のどの点を選んでも得られる右軌道は同じになる. 右軌道に関して「· · · を出発する」といっても「· · · を含む」といっても同じこ とだ.最後の等号は h が H 内を漏れなく走るとき h0 h も H 内を漏れなく走る ことから分かる. 一般に,右 H 軌道の全体を G/H で表す.すると

S3 /A = {A, τ A},

S3 /B = {B, σB, σ 2 B}

と書くことができる. 右軌道分解に関しても左軌道分解に関する定理 2.7 と同様な以下の定理が得ら れる.

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2.3 部分群による軌道分解

◆定理 2.11 ◆

47

群 G の部分群 H を考える.

(i)集合 G は右 H 軌道の排他的合併集合である. (ii)単位元 e を含む右 H 軌道は H 自身である. (iii)すべての右 H 軌道は大きさ(元の個数あるいは濃度)が同じである. (iv) G が有限群のとき,部分群 H の大きさは群 G の大きさの約数であ る.右 H 軌道の個数も G の大きさの約数である. ◆証明◆ (i)を示す.G の任意の元 x はそれを含む右 H 軌道 xH があるか ら,すべての右 H 軌道を合併した集合は G と一致する.排他的であることはす でに命題 1.1 で示した. (ii)は自明だ. (iii)任意の x1 , x2 ∈ G に対して f : x1 H → x2 H を

f : x1 h 7→ x2 h で定義すると全単射になっている. (iv)を示す. (iii)により,すべての軌道は同じ大きさだから G が有限群だっ たら

|G| = |H| × |G/H| となるので(iv)が得られた. 具体的な群 S3 とその部分群 A = {e, σ, σ 2 } に話を戻そう.左軌道分解と右軌 道分解を比べてみよう.

Ae = eA,

Aτ = τ A

なので同じ出発点からの左 A 軌道と右 A 軌道は一致している.したがって,左

A 軌道分解と右 A 軌道分解は一致している. ●問● 2.6 この事実を確認せよ. ところが部分群 B = {e, τ } については様子が異なる.

Be = eB,

Bσ ̸= σB,

Bσ 2 ̸= σ 2 B

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48

第2章

群と軌道分解

なので同じ出発点からの左 B 軌道と右 B 軌道が異なる場合があるということだ. この例では,単位元 e を出発する軌道以外では左右の軌道が異なっている.した がって,左 B 軌道分解と右 B 軌道分解は一致しない. ●問● 2.7 この事実を確認せよ. ◆定義 2.6◆ 群 G の部分群 H を考える.左 H 軌道分解と右 H 軌道分解が 一致するとき,つまり

H\G = G/H が成り立つとき,H は G の正規部分群とよばれる. ■注意 2.9 ◆ ◆ 自明な部分群 {e}, G 自身は正規部分群である.定義 2.6 の条件は以下の ように言い換えることができる. (条件)任意の x ∈ G に対して Hx = xH が成り立つ. どの点を出発しても左軌道と右軌道が一致するということだ. 正規部分群の役割は 3.2 節で詳しく述べる.

具体例に戻ると,A = {e, σ, σ 2 } は S3 の正規部分群だが,B = {e, τ } は正規 部分群ではない. ●問● 2.8 S3 の部分群 B1 = {e, στ } と B2 = {e, σ 2 τ } は正規部分群ではな い.軌道分解を書き出して確認せよ. [例 2.2] Z = {0, ±1, ±2, ±3, · · · } を整数の全体とし,加法に関する群と考え る.加法演算の記号は + を使うことにしよう.これまで見てきた多くの群では

xy ̸= yx となることがあったが,Z では x と y の左右の入れ替えをしても,い つも結果は同じになる.x + y = y + x と書かれてしまうと有難みが感じられな いが,このような群を可換群あるいはアーベル群とよぶ.

Z の部分群はたくさんある.たとえば

3Z = {3n | n ∈ Z} すなわち 3 の倍数の全体は Z の部分群になっている. これまでは左乗と右乗の区別をしてきたが,可換群ではその区別は不要になる. 左軌道と右軌道の区別も不要なので,可換群を扱うときは単に軌道とか剰余類, コセットということにする.すると

Z/3Z = {3Z, 3Z + 1, 3Z + 2}

book

2.3 部分群による軌道分解

49

となる.ここで

3Z + 1 = {3n + 1 | n ∈ Z} すなわち 3 で割ったとき 1 余るような数の全体となっている.3Z + 2 も同様. 可換群では,部分群はすべて正規部分群である.軌道分解はこの例のように

Z/3Z = 3Z\Z となるからどちらの表記でもよい. 加法群 Z は次のように「乗法的」に書く場合もある.

C∞ = {· · · , a−2 , a−1 , e, a, a2 , · · · } Z の部分群 3Z は C∞ においては

A = {a3n | n ∈ Z} と書くことができる.すると

C∞ /A = {C∞ , aC∞ , a2 C∞ } となる. ◆定義 2.7◆ 群 G において,次のような元 g は G の生成元とよばれ,G は巡 回群とよばれる.

G = {e, g ±1 , g ±2 , g ±3 , · · · } 特に,生成元 g の位数 n が有限のときは g −1 = g n−1 だから

G = {e, g, g 2 , · · · , g n−1 } となっていて,G は n 次の巡回群とよばれる. [例 2.3] (1) Z は巡回群であり,生成元は 1 である. (2) C∞ は巡回群であり,生成元は a である.(1)と同型である. (3) C6 = {e, a, a2 , a3 , a4 , a5 } において a6 = e, am an = am+n と約束する. すると C6 は a を生成元とする巡回群である. ●問● 2.9 例 2.3(3)において a5 が生成元であることを計算で示せ. ●問● 2.10 S3 には生成元がないことを示せ.その結果,S3 は巡回群でないこ とが分かる.

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50

第2章

群と軌道分解

◆定義 2.8◆ 群 G の部分集合 A があって,G の 2 項演算で A の元およびそ の逆元をさまざまに演算すると G のすべての元が得られるとき,A は群 G を生 成するといい,A を群 G の生成系という. [例 2.4] S3 の生成系はいろいろ考えられる.たとえば {σ, τ }, {(1 2), (1 3)} など. ●問● 2.11 {(1 2), (1 3)} が S3 の生成系であることを示せ.

2.4

2 面体群 D6 の部分群の研究

部分群と部分群の交わりを手掛かりに群の構造を探索する例として 2 面体群

D6 を取り上げる. D6 = {e, a, · · · , a5 , b, ab, a2 b, · · · , a5 b} において次の演算規則を与える. ba = a5 b, ba2 = a4 b, ba3 = a3 b, ba4 = a2 b, ba5 = ab, a6 = b2 = e ●問● 2.12 D6 について次のような演算テーブルを作って演算で閉じているこ と,および逆元,単位元の存在を確かめよ. aj

aj b

逆元

位数

ai ai b

φ(i) 2

ただし 0 ≦ i, j ≦ 5 とする.今のところ不明の φ(i) の値を i = 0, 1, · · · , 5 につ いて決定せよ. 上の問をやりぬくと,少し目に優しくないが,D6 の演算規則は u

ai bu · aj bv = ai+(−1) j bu+v

(2.2)

のようにまとめられることに気づく.ここで a の肩に乗っている指数は 0 から 5 の値をとり mod 6 で考える.6 で割ったときの余りが同じなら同じと見なすとい うことだ.b の肩に乗っている指数は 0 か 1 で mod 2 で考える.引き算すると 負になる可能性があるから注意が必要だ.たとえば

1 − 5 ≡ −4 ≡ 2 mod 6 だから,この引き算の結果は 2 とする.この演算規則の適用の具体的な例をあげ

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2.4 2 面体群 D6 の部分群の研究

51

よう. 1

a4 b · a = a4 b · ab0 = a4+(−1) b1+0 = a3 b ab · a3 b = a1 b1 · a3 b1 = a1+(−1)

1

×3 1+1

b

= a−2 b2 = a4

演算で閉じていること,各元に対して逆元の存在,単位元の存在はすでに確かめ た.次に結合法則を確かめよう.D6 の任意の元を 3 つとってくる.

ai bu ,

aj bv ,

ak bw

結合法則の証明は

(ai bu · aj bv ) · ak bw = ai bu · (aj bv · ak bw ) を計算で確かめるだけだ.式(2.2)を使って計算すると, u

左辺 = ai+(−1) j bu+v · ak bw u

= ai+(−1)

j+(−1)u+v k u+v+w

b

j+(−1)v k v+w

右辺 = a b · a i u

b

i+(−1)u (j+(−1)v k) v+w

=a

b

i+(−1)u j+(−1)u+v k u+v+w

=a

b

となり,結合法則も成り立っている.これで D6 は群であることが確かめられた. いよいよ部分群の調査だ. すぐ目につく D6 の部分群 A = {e, a, · · · , a5 } は巡回群である.A の部分群は

A1 = {e, a3 },

A2 = {e, a2 , a4 },

{e},

A

で尽くされ,これらは当然 D6 の部分群でもある. これら以外の D6 の部分群について考える.仮に N とおこう.定理 2.3 によ り部分群と部分群の共通部分は部分群である.この場合 N ∩ A は D6 の部分群で あり,しかも A の部分群でもある.この様子を図 2.5 が表している.

N ∩ A は A の部分群なので以下の可能性がある. N ∩ A = {e} または A1 または A2 または A (i) N ∩ A = {e} の場合(図 2.6).

N − A の任意の 2 つの元 am b, an b をとってくると (am b)(an b) = am (ban )b

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52

第2章

群と軌道分解

図 2.5

N ∩A

図 2.6

N ∩A

= am (a6−n b)b = a6+m−n b2 = am−n am−n ∈ A かつ am−n = (am b)(an b) ∈ N だから am−n = e となる.つまり m − n ≡ 0 mod 6 ということだから am b = an b となってしまう. この場合,可能性は

N = {e, an b} (n = 0, 1, · · · , 5) の 6 通りである. ●問● 2.13 an b の位数に注意して,これらがすべて D6 の部分群であることを 確かめよ. (ii) N ∩ A = A1 の場合(図 2.7). 先と同様に,N − A の任意の 2 つの元 am b, an b をとってくると

am−n ∈ N ∩ A = A1

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2.4 2 面体群 D6 の部分群の研究

図 2.7

53

N ∩A

となるから m − n ≡ 0 mod 3 が分かる.したがって,N は

{e, a3 , b, a3 b}, {e, a3 , ab, a4 b}, {e, a3 , a2 b, a5 b} の 3 通りの可能性しかない. ●問● 2.14 これらが D6 の部分群であることをそれぞれの演算テーブルをつ くって確かめよ. (iii) N ∩ A = A2 の場合(図 2.8). 先と同様に,N − A の任意の 2 つの元 am b, an b をとってくると

am−n ∈ N ∩ A = A2 となるから m − n ≡ 0 mod 2 が分かる.したがって,N は

{e, a2 , a4 , b, a2 b, a4 b}, {e, a2 , a4 , ab, a3 b, a5 b}

図 2.8

N ∩A

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54

第2章

群と軌道分解

の 2 通りの可能性しかない. これまでの議論と同様にして,これらが D6 の部分群であることはもう明らか であろう. (iv) N ∩ A = A の場合. 部分群の大きさは親の群の大きさの約数だから可能性は N = A か N = D6 の

2 通りしかない. 以上で D6 の部分群すべてを見つけることができた. それぞれが正規部分群であるかをこれから見ていく.

{e} による左軌道も右軌道も D6 の単独の元のみからなる 1 点集合だから左右 の軌道分解は一致している.D6 による左軌道も右軌道も D6 自身だからこれも 左右の軌道分解は一致している.これら自明な部分群は正規部分群である.

A = {e, a, · · · , a5 } は G の半分の大きさの部分群で,残りの半分の元の集合 が左軌道であり右軌道でもあるから,A は正規部分群である.このことは親の群 の半分の大きさの部分群について一般にいえる.したがって,他の 2 つの大きさ が 6 の部分群も正規部分群である.

A1 = {e, a3 } について考えよう.左軌道分解は A1 \D6 = {A1 , A1 a, A1 a2 , A1 b, A1 ab, A1 a2 b} = {{e, a3 }, {a, a4 }, {a2 , a5 }, {b, a3 b}, {ab, a4 b}, {a2 b, a5 b}} となる.右軌道分解は

D6 /A1 = {A1 , aA1 , a2 A1 , bA1 , abA1 , a2 bA1 } = {{e, a3 }, {a, a4 }, {a2 , a5 }, {b, a3 b}, {ab, a4 b}, {a2 b, a5 b}} となり一致しているから A1 は正規部分群である.

A2 = {e, a2 , a4 } について考えよう.左軌道分解は A2 \D6 = {A2 , A2 a, A2 b, A2 ab} = {{e, a2 , a4 }, {a, a3 , a5 }, {b, a2 b, a4 b}, {ab, a3 b, a5 b}} となる.右軌道分解は

D6 /A2 = {A2 , aA2 , bA2 , abA2 } = {{e, a2 , a4 }, {a, a3 , a5 }, {b, a4 b, a2 b}, {ab, a5 b, a3 b}} となり,軌道内の元の順番を除けば一致しているから A2 は正規部分群である.

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2.4 2 面体群 D6 の部分群の研究

55

{e, b} について考えよう.a を含む左軌道は {a, a5 b},右軌道は {a, ab} なの で正規部分群ではない. ●問● 2.15 同様にして {e, ab}, {e, a2 b}, {e, a3 b}, {e, a4 b}, {e, a5 b} が正規 部分群でないことを示せ.いずれも a を通る左右の軌道を比較するとよい.

{e, a3 , b, a3 b} に つ い て 考 え よ う.こ の 部 分 群 を B と お こ う.Ba = {a, a4 , a5 b, a2 b}, aB = {a, a4 , ab, a4 b} が異なるので正規部分群ではない. ●問● 2.16 同様にして,{e, a3 , ab, a4 b}, {e, a3 , a2 b, a5 b} が正規部分群でな いことを示せ.いずれも a を通る左右の軌道を比較するとよい.

【1】C12 = {e, a, a2 , · · · , a11 } において a12 = e, am an = am+n と約束する.

C12 は a を生成元とする巡回群である. (1) C12 の各元の位数を求めよ(次々と何乗かしてみて e になるまで頑張っ てみよ). (2) C12 の生成元をすべてあげよ.そして生成元と位数の関係を見つけ出せ. (3) 生成元でない元 x をとりあげて x により生成される部分群

{e, x, x2 , · · · } を考える.· · · の途中で e に戻ってしまう場合はその直前で止めておこう.この ような部分群をすべて求めよ. (4) C12 の一つの部分群 N を考える.N の元は an という形をしているが, この n が最小(e = a0 を除いて)になるような元をとってくる.それを ak とす る.ここでは k > 1 と仮定しよう.すると N の残りの元は

(ak )m = akm という形になってしまうことを示せ. (5) C12 の各部分群について軌道分解をせよ. 【2】巡回群 C∞ = {· · · , a−2 , a−1 , e, a, a2 , · · · } において (1) a と a−1 以外に生成元がないことを示せ.

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56

第2章

群と軌道分解

(2) 【1】と同様のことを考察せよ. (3) C∞ の部分群について分かったことをまとめよ. 【3】D4 = {e, a, a2 , a3 , b, ab, a2 b, a3 b} に次の演算規則を与える.

ba = a3 b,

ba2 = a2 b,

ba3 = ab,

a 4 = b2 = e

(1) D4 の演算テーブルをつくり群であることを確かめよ. (2) D4 の部分群をすべてあげよ. (3) それらが正規部分群であるか判定せよ. 【4】D5 = {e, a, a2 , a3 , a4 , b, ab, a2 b, a3 b, a4 b} に次の演算規則を与える.

ban = a5−n b,

a5 = b2 = e

(1) D5 の演算テーブルをつくり群であることを確かめよ. (2) D5 の部分群をすべてあげよ. (3) それらが正規部分群であるか判定せよ. 【5】Q8 = {1, −1, i, −i, j, −j, k, −k} に次の演算規則を与える.

i2 = j 2 = k 2 = −1,

ij = −ji = k,

jk = −kj = i,

ki = −ik = j

(1) Q8 の演算テーブルをつくり群であることを確かめよ. (2) Q8 の部分群をすべてあげよ. (3) それらが正規部分群であるか判定せよ. 【6】GL(n, R), GL(n, C) を,それぞれ,実数,複素数を成分とする n 次正則行 列の全体とする.これらは行列の乗法に関して群になっている. (1) 群であることを確かめよ.

SL(n, C), SL(n, R), SL(n, Z) を,それぞれ,複素数,実数,整数を成分と して行列式が 1 になる n 次行列の全体とする. (2) SL(n, C) が GL(n, C) の部分群であることを示せ. (3) SL(n, Z) が SL(n, C) の部分群であることを示せ.

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この章では群 G1 から群 G2 への写像で,演算ルールを保存するようなものを 考える.そういう写像は準同型写像とよばれ,準同型写像ではすべての元は正規 部分群による軌道単位で団体行動をする.

3.1

演算規則を保つ写像

演算規則を保つとはどういうことか.そこをまず明確にしておこう. ◆定義 3.1◆ 群 G1 , G2 と写像 φ : G1 → G2 があったとする.φ は次の条件 をみたすとき準同型写像とよばれる. 条件 任意の元 x, y ∈ G1 に対して

φ(xy) = φ(x)φ(y) が成り立つ. [例 3.1] R+ を実数の全体がつくる足し算に関する群,R× + を正の実数全体が つくる掛け算に関する群とする.このとき + log : R× + →R

は準同型写像である.実際,

log(xy) = log x + log y が成り立っている.逆写像の指数関数も準同型写像である. [例 3.2] φ : R+ → GL(2, R) を次のように定義する.

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58

第3章

群の準同型写像

φ : θ 7→

(

cos θ − sin θ sin θ cos θ

)

この φ は準同型写像である.実際,任意の θ1 , θ2 ∈ R+ に対して ( )

cos(θ1 + θ2 ) − sin(θ1 + θ2 ) sin(θ1 + θ2 ) cos(θ1 + θ2 ) ( )( ) cos θ1 − sin θ1 cos θ2 − sin θ2 = sin θ1 cos θ1 sin θ2 cos θ2 = φ(θ1 )φ(θ2 )

φ(θ1 + θ2 ) =

[例 3.3] det : GL(n, C) → C× は正方行列に対して行列式を対応させる写像 だ.任意の複素正方行列 P , Q に対して

det(P Q) = det P × det Q だから正則行列(det が 0 でない正方行列)に制限しても当然成り立っている. ここで C× は 0 でない複素数の全体がつくる掛け算に関する群である. [例 3.4] φ : S3 → C2 = {e, a} を以下のような対応で定義する.ここで a2 =

e とした. e  σ σ2

1

τ

&8/ e

στ σ2 τ

 0

/'7 a

この φ が準同型であることを確かめるためには,S3 の任意の元のペア x, y に対 して

φ(xy) = φ(x)φ(y) を示さなくてはならない.がっついた(greedy)方法もしくは力づく(brute

force)な方法でやるなら S3 から 6 × 6 = 36 通りの (x, y) をとってきて確かめ なければならない. そのようなことをするのはとても大変なので,準同型写像の性質を研究してお くのが賢明だ.準同型写像 φ : G1 → G2 では次のことが一般的に成り立つ.群

G1 , G2 の単位元をそれぞれ e1 , e2 と書こう. すぐに分かることを以下(1)∼(5)で確認しておく. (1) 単位元は単位元に写される.つまり φ(e1 ) = e2 である.

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3.1 演算規則を保つ写像

◆証明◆

59

G1 から任意の元 x をとってくる.φ が準同型であることから φ(e1 x) = φ(e1 )φ(x) (φ が準同型だから) φ(e1 x) = φ(x) (e1 x = x だから)

が得られ,

φ(e1 )φ(x) = φ(x) となる.両辺に右から φ(x)−1 をかけて

φ(e1 ) = φ(x)φ(x)−1 = e2 が分かる. (2) 逆元は逆元に写される.つまり φ(x)−1 = φ(x−1 ) である. ◆証明◆

φ(x−1 )φ(x) = φ(x−1 x) = φ(e1 ) (φ が準同型だから) φ(e1 ) = e2 (1)より が得られ,この 2 つの等式を連結すると結論が得られる. (3) x の位数が有限なら φ(x) の位数は x の位数の約数である. ◆証明◆

x の位数を n とすると (φ(x))n = φ(xn ) = φ(e1 ) = e2

が結論を示している. ●問● 3.1 ある元 x が xn = e のとき x の位数は n の約数であることを示せ. ◆定義 3.2◆ 準同型写像 φ : G1 → G2 を考える.G2 の単位元 e2 に写される

G1 の元の全体を φ の核(kernel)とよび ker φ と書く.φ の像 φ(G1 ) を Im φ と書く.まとめると def

ker φ = {x ∈ G1 | φ(x) = e2 } def

Im φ = {y ∈ G2 | y = φ(x) をみたす x ∈ G1 が存在する.} ということだ.図 3.1 のような概念図も眺めてほしい. (4) ker φ は G1 の部分群である.

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60

第3章

群の準同型写像

図 3.1 核と像

◆証明◆

x, y ∈ ker φ を任意にとってくる.φ(x) = φ(y) = e2 に注意すると φ(xy) = φ(x)φ(y) = e2 e2 = e2

(2)より

φ(x−1 ) = φ(x)−1 = e−1 2 = e2 だから逆元をとる操作に関しても閉じている.以上で ker φ が部分群であること が分かった. (5) Im φ は G2 の部分群である. ◆証明◆

s, t ∈ Im φ を任意にとってくる.s = φ(x), t = φ(y) となる x, y ∈

G1 が存在する. st = φ(x)φ(y) = φ(xy) だから st ∈ Im φ であることが分かる. (2)より

s−1 = φ(x)−1 = φ(x−1 ) だから s−1 ∈ Im φ であることが分かる.逆元をとる操作でも閉じている. 以上(1)∼(5)で確認したことを使って ker φ による軌道が準同型写像 φ の もとで,どのような振る舞いをするか調べよう.

3.2

軌道の団体行動と正規部分群

前節では,準同型写像 φ : G1 → G2 が与えられたとき,ker φ は G1 の部分 群であることを確認した.この節では,ker φ がただの部分群ではなく正規部分群

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3.2 軌道の団体行動と正規部分群

61

という特別な性質をもった部分群であることを示す.ker φ 軌道は φ のもとで団 体行動するという現象を確認するところから入ろう. ◆補題 3.1 ◆

準同型写像 φ : G1 → G2 のもとで,左 ker φ 軌道は排他

的な団体行動をとる.つまり個々の左 ker φ 軌道の元はまとまって 1 つの

G2 の元に φ によって写される.異なる左 ker φ 軌道は G2 の異なる元に写 される. ◆証明◆

まず,φ((ker φ)x) = {φ(x)} を示す.任意の s ∈ ker φ に対して

φ(sx) = φ(s)φ(x) = e2 φ(x) = φ(x) であることが分かる.これで x を出発する左 ker φ 軌道は丸ごと {φ(x)} に写さ れることが示された. もう一つの左軌道 (ker φ)y をとってくると,これも丸ごと {φ(y)} に写され る.φ(x) = φ(y) だとすると

φ(x)φ(y −1 ) = e2 となり,左辺は

φ(xy −1 ) だから xy −1 ∈ ker φ であることが分かる.すると

(ker φ)x = (ker φ)y となり,同じ左軌道になってしまう. 右軌道についても同じ議論ができる. ◆補題 3.2 ◆

準同型写像 φ : G1 → G2 のもとで,右 ker φ 軌道は排他

的な団体行動をとる.つまり個々の右 ker φ 軌道の元はまとまって 1 つの

G2 の元に φ によって写される.異なる右 ker φ 軌道は G2 の異なる元に写 される. ●問● 3.2 左軌道に関する議論を真似して証明を書け. 一般に,写像のもとでの団体行動に関して重要な用語を導入しよう.

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62

第3章

群の準同型写像

◆定義 3.3◆ 写像 φ : A → B があったとき,b ∈ B に対して

φ−1 (b) = {a ∈ A | φ(a) = b} def

を写像 φ の b 上のファイバー(fiber)とよぶ.φ のファイバーは写像 φ のもと で団体行動をとる A の元の集団のことだ.図 3.2 で感じをつかんでほしい.

図 3.2

◆定理 3.3 ◆

写像 φ のファイバー

準同型写像 φ : G1 → G2 があったとき,φ の各ファイ

バーは左 ker φ 軌道であると同時に右 ker φ 軌道である.したがって G1 の 各元に対して,そこを出発する左右の ker φ 軌道は一致する.この様子は図

3.3 を眺めてほしい.

図 3.3

◆証明◆

準同型写像 φ のファイバーは ker φ 軌道

補題 3.1,3.2 によって左右の軌道の一致が示されている.

この定理の帰結として以下の定理が得られる.

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3.2 軌道の団体行動と正規部分群

◆定理 3.4 ◆

63

準同型写像 φ : G1 → G2 があったとする.ker φ は G1

の正規部分群である. さて,準同型写像をしばらく忘れて,群 G の正規部分群 H があったとしたら 何が起こるか調べよう.同一の元を出発する左右の H 軌道は一致するから単に

H 軌道ということにしよう.各軌道をひと固まりに考えて,軌道の間に自然な演 算が定義できることをみていく.

G/H の任意の元 xH, yH に対して def

(xH) • (yH) = (xy)H とおいてみよう.ここで,軌道の間の演算の記号として「•」を使った.群 G の個々の元の間の演算と区別するためだ.これが定義として成り立っている (well-defined)かどうかは以下のことを確認する必要がある.軌道の代表 x, y をそれぞれ x′ , y ′ に代えたときに (x′ y ′ )H = (xy)H でなければならない.代表 が代わったら結果が違ってしまった,ということでは軌道の間の演算を定義した ことにならない. 代表の交代だから

x′ ∈ xH,

y ′ ∈ yH

である.すると x′ = xh1 , y ′ = yh2 となる h1 , h2 ∈ H が存在する.

x′ y ′ = xh1 yh2 この式中の h1 y は Hy = yH に属するから h1 y = yh3 をみたす h3 ∈ H が存在 する.したがって

x′ y ′ = xyh3 h2 ∈ xyH すなわち x′ y ′ H = xyH である. 以上で H 軌道の間の演算は矛盾なく定義された.この演算「•」においては

eH = H が単位元になっている.結合法則は G の演算をそのまま引き継いでいる. 逆元 (xH)−1 = x−1 H も簡単に確かめられる.したがって G/H は群になる. ◆定義 3.4◆ 群 H とその正規部分群 H があったとき,G/H に

(xH) • (yH) = xyH

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64

第3章

群の準同型写像

で演算「•」を導入すると G/H は群になる.この群 G/H を G の剰余群とよぶ. この節の議論をまとめておく.

• 準同型写像 φ : G1 → G2 があったとき,φ の各ファイバーは ker φ 軌道 である.φ のもとで ker φ 軌道が団体行動をとる.そして,軌道が異なる と φ による行先は異なる.

• 群 G の正規部分群 H があったとき,G/H には群の構造が入る.つまり H 軌道が団体行動をとるということだ.H が正規でないと,この議論は成 り立たない. 以上の 2 点は密接に関連している.それを解明するのが次章で説明する同型定理 である. [例 3.5] 部分群が正規かそうでないかで,軌道の間の演算を考えるときにどの ような違いが生じるか具体例でみておく.

S3 = {e, σ, σ 2 , τ, στ, σ 2 τ } の部分群 A = {e, σ, σ 2 } と B = {e, τ } をとりあげる.A は正規,B は正規でな い.S3 の演算テーブルを軌道ごとに区切ってみよう.B については右軌道をと ることにしよう. 表 3.1 では 3 × 3 のブロック内には 1 つの A 軌道の元のみが現れる.これは

A 軌道の間に自然な演算ができることを示している.一方,表 3.2 では 2 × 2 の ブロック内には 1 つの右 B 軌道の元のみが現れるというわけではない.たとえ ば右下の

{σ 2 , σ 2 τ } × {σ 2 , σ 2 τ } のブロックをよく観察してほしい.演算結果のブロックに現れるのは

σ,

στ,

τ,

e

となっていて,右 B 軌道はバラバラに混ざり合い右 B 軌道の間の演算結果が 1 つの右 B 軌道にならないことが分かる. ●問● 3.3 表 3.2 と同じ要領で左 B 軌道の間の演算テーブルをつくり同様の観 察をせよ.

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3.2 軌道の団体行動と正規部分群

65

表 3.1 A 軌道の団体行動

e

σ

σ2

τ

στ

σ2 τ

e σ σ2

e σ σ2

σ σ2 e

σ2 e σ

τ στ σ2 τ

στ σ2 τ τ

σ2 τ τ στ

τ στ σ2 τ

τ στ σ2 τ

σ2 τ τ στ

στ σ2 τ τ

e σ σ2

σ2 e σ

σ σ2 e

表 3.2

右 B 軌道のバラバラ行動

e

τ

σ

στ

σ2

σ2 τ

e τ

e σ

τ e

σ σ2 τ

στ σ2

σ2 στ

σ2 τ σ

σ στ

σ στ

στ σ

σ2 τ

σ2 τ e

e σ2 τ

τ σ2

σ2 σ2 τ

σ2 σ2 τ

σ2 τ σ2

e στ

τ σ

σ τ

στ e

【1】次の巡回群の間の準同型写像をすべてあげよ.生成元の像を決めると残りの 元の像も決まってしまうこと,位数の関係などに注意せよ.また ker, Im を具体 的に書け.

C2 , C3 , C4 , C6 の生成元をそれぞれ a, b, c, d と書くことにしよう.単位元は どれも e と書いても誤解はないだろう. (1) C2 → C4 (2) C4 → C2 (3) C3 → C6 (4) C3 → C4 【2】今度は相手を S3 にとってみて,前問と同じことをせよ. (1) C2 → S3 (2) C3 → S3 (3) C6 → S3

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66

第3章

群の準同型写像

【3】D4 , Q8(第 2 章の章末問題【3】 【5】参照)の正規部分群をすべてあげ,そ れらによる剰余群の演算テーブルをつくれ.

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対称群 S3 についてはすでに詳しく計算した.この章では一般に n 次の対称群

Sn を観察し,共役元の概念を見出し,正規部分群の特徴を明確にする.また一般 論をもちいて S4 の構造を計算によって探求する.

4.1

対称群 Sn

この節では共役な部分群,共役元の概念を導入し,正規部分群への理解を深める. 議論は一般的に行うが,対称群 Sn においてそれらの概念は美しい姿を見せる.

n 次の対称群 Sn は群論の重要な性質を観察できる一連の群のファミリーをな す.次節での S4 の研究の前提となる一般論の準備をおこなう.

Sn の任意の元 σ : {1, 2, · · · , n} → {1, 2, · · · , n} を ( ) 1 2 ··· n σ(1) σ(2) · · · σ(n) と表す.|Sn | = n! であることはすぐ分かる.

S9 の元

(

a=

1 2 3 4 5 6 7 8 9 3 4 7 6 2 8 1 5 9

)

は変換

1_ _2 3_ _4 5_ _6 7_ _8 9_          3 4 7 6 2 8 1 5 9 のことである.この変換 a を以下のように可視化することができる.

book

68

第4章

対称群

1O  _} 7

! ;3

2O  / 4 _  } 5o 8

! ;6

9

巡回置換あるいはサイクルとよばれる変換の積に分解できることが見えてくるは ずだ.9 は a の不動点になっているので省いて

a = (1 3 7)(2 4 6 8 5) のように書くことが多い.

2 つのサイクル (m1 m2 · · · mk ), (n1 n2 · · · nℓ ) があったとき番号に重なりがな いならば可換である(後述の命題 4.1).上の a の例では

a = (2 4 6 8 5)(1 3 7) とも書けるということだ. 具体例で説明してきたのでこのあたりできちんと定義を与えよう. ◆定義 4.1◆ σ ∈ Sn が以下の 2 つの性質をもつとき巡回置換あるいはサイク ルという. (1)ある i ∈ {1, 2, · · · , n} と自然数 ℓ に対して σ ℓ (i) = i で,しかも ℓ より小 ′

さいすべての自然数 ℓ′ に対しては σ ℓ (i) ̸= i となる. (2) i, σ(i), σ 2 (i), · · · , σ ℓ−1 (i) 以外の k ∈ {1, 2, · · · , n} に対しては σ(k) =

k である. σ がサイクルであるとき σ = (i σ(i) · · · σ ℓ−1 (i)) と書くことにする.また,置換が点に作用する式では点は括弧を付けずに裸で書 くことにする.たとえば

(1 2 3)(4 5)2 = 3 のように書く. ■注意 4.1 ◆ ◆ きちんと定義を書こうとすると目に優しくない式がたくさん登場する.定義

4.1 で述べられているサイクル σ = (i σ(i) · · · σ ℓ−1 (i)) は具体例でやったように

book

4.1 対称群 Sn



/ σ(i) _

σ(σ ℓ−2 (i)) o

 · · ·

iO

_

69

のような姿にしてみると直観に訴えるだろう. ■注意 4.2 ◆ ◆ サイクルの表示は一通りではない.たとえば

(1 2 3 4) = (2 3 4 1) = (3 4 1 2) = (4 1 2 3) である.一意の表現が欲しければ,最も小さい数字を先頭に固定するという手がある. 以後,この約束で表示することにしよう.

2 つのサイクル (m1 m2 · · · mk ), (n1 n2 · · · nℓ ) があったと

◆命題 4.1 ◆

き番号に重なりがない,正確に言うと

{m1 , m2 , · · · , mk } ∩ {n1 , n2 , · · · , nℓ } = ∅ であれば可換である.式で書くと

(m1 m2 · · · mk )(n1 n2 · · · nℓ ) = (n1 n2 · · · nℓ )(m1 m2 · · · mk ) が成り立つということである. ◆証明◆

(1) x ∈ / {m1 , m2 , · · · , mk } ∪ {n1 , n2 , · · · , nℓ } とする.このとき

(m1 m2 · · · mk )(n1 n2 · · · nℓ )x = (n1 n2 · · · nℓ )(m1 m2 · · · mk )x = x である. (2) x ∈ {m1 , m2 , · · · , mk } のとき,x = mi とする.仮定より x ∈ /

{n1 , n2 , · · · , nℓ } である.ということは (n1 n2 · · · nℓ )x = x だから (m1 m2 · · · mk )(n1 n2 · · · nℓ )x = (m1 m2 · · · mk )x = (m1 m2 · · · mk )mi = m(i+1 mod k) が分かる.ここで,i + 1 mod k は i + 1 を k で割った余りを表す. 仮定より m(i+1

mod k)

∈ / {n1 , n2 , · · · , nℓ } だから

(n1 n2 · · · nℓ )(m1 m2 · · · mk )x = (n1 n2 · · · nℓ )m(i+1 mod k)

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70

第4章

対称群

= m(i+1

mod k)

が分かる.合わせると結論を得る. (3) x ∈ {n1 , n2 , · · · , nℓ } のときは(2)と同様. 以上ですべての場合を確認した. ●問● 4.1 命題 4.1 の(3)の証明(同様という部分)を省略なしに書き出せ. ◆命題 4.2 ◆

任意の σ ∈ Sn は互いに可換なサイクルの積である.この

積に登場するすべてのサイクルの長さの最小公倍数が σ の位数である. ◆証明◆

可換なサイクルの積に分解するアルゴリズムの概略を記述する.列

1, σ(1), σ 2 (1), · · · において最初に σ k (1) = 1 になる k がみつかる.これでサイクル

(1 σ(1) · · · σ k−1 (1)) が見つかった. 次に

{1, σ(1), · · · , σ k−1 (1)} に属さない最小の i ∈ {1, · · · , n} をとってくる.列

i, σ(i), σ 2 (i), · · · において最初に σ k (i) = i になる ki がみつかる.これでサイクル

(i σ(i) · · · σ ki −1 (i)) が見つかった.先に見つけたサイクルに属する番号はこの中にはない. この作業をできなくなるまで続けると最終結果を得る.最後に得られるサイクル の集まりはどれも互いに番号を共有していない.したがってそれらは可換である. では位数についてはどうだろうか.σ = c1 c2 · · · ck のように可換なサイクルの 積に分解されたとしよう.σ のべき乗を順に計算していくと,互いに可換なサイ クルはそれぞれで

σ t = ct1 ct2 · · · ctk

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4.1 対称群 Sn

71

のようにべき乗されていく.ここに登場するすべてのサイクルが同時に t 乗で e に初めてなるとき,その t が σ の位数である.サイクルの長さの最小公倍数であ ることは明らかだ. ■注意 4.3 ◆ ◆ サイクルの積に分解できたが,それらが互いに可換であることが重要であ る.可換でないとだめな例はすぐに思いつく.S3 において

((1 2 3)(1 2))3 ̸= (1 2 3)3 (1 2)3 に注意してほしい.左辺は (1 3) で右辺は (1 2) である.

●問● 4.2 注意 4.3 の主張を計算で確かめよ. 以上,形式的な議論で論理をきちんと追いかけた.具体例で確認しよう. [例 4.1] S9 の元

(

a=

1 2 3 4 5 6 7 8 9 3 4 7 6 2 8 1 5 9

)

の例に戻る.

1, a(1) = 3, a(3) = 7, a(7) = 1 なのでサイクル (1 3 7) を発見した. このサイクルに属さない番号の最小のものは 2 である.

2, a(2) = 4, a(4) = 6, a(6) = 8, a(8) = 5, a(5) = 2 なのでサイクル (2 4 6 8 5) を発見した. これまでのサイクルに属さない番号は 9 のみである.これは単独のサイクルを なすがサイクルの積の中では省いてよい. 以上により

a = (1 3 7)(2 4 6 8 5) が分かった. ◆定義 4.2◆ 長さが 2 のサイクル σ = (m n) を特に互換という. サイクルは互換の積に表せそうだ. [例 4.2]

(1 2 3 4 5) = (1 5)(1 4)(1 3)(1 2)

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72

第4章

対称群

は計算によって確かめられる.以下の命題で一般的にこのようなことができるこ とを示す. ◆命題 4.3 ◆

サイクルは互換の積で表せる.

(a1 a2 · · · an ) = (a1 an )(a1 an−1 ) · · · (a1 a2 ) ◆証明◆

(a1 a2 · · · an ) = (a1 an )(a1 · · · an−1 ) を示せばよい.これが公式として得られてしまうと右辺のサイクル (a1 · · · an−1 ) に再びこの公式を適用できる.これを繰り返せば結論に至る. 置換の作用を受ける点を括弧なしで表記するので注意してほしい.すべての a に対して

(a1 a2 · · · an )a = (a1 an )(a1 · · · an−1 )a を示そう. (1) a ̸= {a1 , a2 , · · · , an } の場合.

(a1 a2 · · · an )a = a (a1 an )(a1 · · · an−1 )a = a となるので

(a1 a2 · · · an )a = (a1 an )(a1 · · · an−1 )a である. (2) ai (1 ≦ i < n − 1) に対して

(a1 a2 · · · an )ai = ai+1 (a1 an )(a1 · · · an−1 )ai = (a1 an )ai+1 = ai+1 となるので

(a1 a2 · · · an )ai = (a1 an )(a1 · · · an−1 )ai である. (3) an−1 に対して

(a1 a2 · · · an )an−1 = an

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4.1 対称群 Sn

73

(a1 an )(a1 · · · an−1 )an−1 = (a1 an )a1 = an となるので

(a1 a2 · · · an )an−1 = (a1 an )(a1 · · · an−1 )an−1 である. (4) an に対して

(a1 a2 · · · an )an = a1 (a1 an )(a1 · · · an−1 )an = (a1 an )an = a1 となるので

(a1 a2 · · · an )an = (a1 an )(a1 · · · an−1 )an である. 以上ですべての点に対して変換 (a1 a2 · · · an ) と変換 (a1 an )(a1 · · · an−1 ) によ り写される先が同じであることが分かった.これは

(a1 a2 · · · an ) = (a1 an )(a1 · · · an−1 ) を意味している. ◆定理 4.4 ◆

Sn は互換の集合 {(1 2), (1 3), (1 4), · · · , (1 n)}

によって生成される. ◆証明◆

命題 4.1 により Sn の任意の元は互いに可換なサイクルの積として表

すことができる.個々のサイクルは命題 4.3 により互換の積として表すことがで きる.結局,Sn の任意の元は互換の積として表すことができる.さらに,任意の 互換は (1 i) のように 1 を含む互換の積で表すことができる.2 < j に対して

(2 j) = (1 j)(1 2)(1 j) である.また 2 < i < j ≦ n に対して

(i j) = (1 i)(2 j)(1 2)(1 i)(2 j) である.

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74

第4章

対称群

■注意 4.4 ◆ ◆ 互換の積にしたとき,それらは一般に互いに可換ではない.

(1 3)(1 2) ̸= (1 2)(1 3) はすでに何度も計算した.

◆定理 4.5 ◆

Sn の任意の元 σ は互換の積としてさまざまな表し方がで

きるが,そのとき積に現れる互換の個数は偶数個か奇数個のどちらか一方に

σ ごとに決まっている. 証明には差積を使う. ◆定義 4.3◆ n 変数の多項式



def

∆(x1 , x2 , · · · , xn ) =

1≦i 1) c 7→ 0 c∈C 見ての通りこれは微分である.確かに線形変換だが環の準同型写像になっている だろうか.

C 線形だから加法については何もいうことはない.乗法ががうまく行かないが, それ以前に φ(1) = 0 だから環の準同型写像にはならない. [例 7.11] 例 7.5 を再度とりあげる.

A = {(x, y) | x, y ∈ Z},

B = {(x, 0) | x ∈ Z}

とし,φ : B → A を包含写像

φ : (a, 0) 7→ (a, 0) ∈ A とする.B の単位元は (1, 0) であるが,φ による像も (1, 0) であって,A の単位 元 (1, 1) とは一致しない.

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110

第7章

環と体

したがって φ : B → A は環の準同型写像ではない. 環の準同型写像の定義 7.4 から以下の性質が自動的に導かれる. ◆命題 7.2 ◆

環の準同型写像 φ : A → B があったとする.

(1) φ(0A ) = 0B . (2) φ(−a) = −φ(a). (3) x ∈ A が単元だったとすると φ(x) も単元であり,φ(x)−1 = φ(x−1 ) である. ◆証明◆

(1), (2)は定義 7.4(1)において x = 0 あるいは x = −y = a と

おけばすぐ得られる. (3)については単元の定義により

x が単元 ⇔ x−1 が存在する φ(x) が単元 ⇔ φ(x)−1 が存在する である.x が単元であるという仮定から x−1 が存在するから

1B = φ(1A ) = φ(xx−1 ) = φ(x)φ(x−1 ) が得られ,φ(x)−1 = φ(x−1 ) が存在するので φ(x) は単元である.





【1】Z[ −1] = {m + n −1 | m, n ∈ Z} が環になることを示せ.





【2】Q[ 2] = {p + q 2 | p, q ∈ Q} が体になることを示せ. 【3】以下の A が環になること,さらに A が M3 (C) の部分環であることを示せ.     a11 a12 0  A =  a21 a22 0  aij ∈ C  

0

0

a33

【4】以下の B が環になること,さらに B が M3 (C) の部分環でないことを示せ.     a11 a12 0  B =  a21 a22 0  aij ∈ C  

0

0

0

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7.2 環の準同型写像

111

【5】Z7 について研究する. (1) 加法と乗法のテーブルを作れ.乗法のテーブルには右端に位数の列を設 けよ. (2) Z7 − {0} が乗法に関して巡回群になることを示せ.(1)のテーブルで 生成元がみつかるはずだ. 【6】Z12 について研究する. (1) 加法と乗法のテーブルを作れ,乗法のテーブルには右端に位数の列を設 けよ. (2) Z12 の乗法テーブルをみて,可逆元(乗法に関して逆元がある元のこと. 逆数をもつ元といってもよい)をすべて見つけ出し,可逆元だけで乗法のテーブ ルを作り直せ. × (3) 一般に Zn の可逆元の集合を Z× n と書くことにする.Z12 が乗法に関し

て K4 と同型であることを示せ. 【7】四元数の逆数公式(7.1)を導こう.余因子行列を忘れた,あるいはまだ知ら ないという読者は以下の指示に従わずに,腕力で連立一次方程式を解けばよい.  

u −x −y −z  x u −z y   A = (aij ) =  y z u −x  z −y x u

とおく. (線形代数の復習) 行列 A から第 i 行と第 j 列を除いてできた 3 次の正方行列の行列式を Aij と おく.第 (i, j) 余因子は a ˜ij = (−1)i+j Aij である. (1) 余因子 a ˜11 , a ˜12 , a ˜13 , a ˜14 を計算せよ. (2) det A を計算せよ. (線形代数の復習)

det A = a11 a ˜11 + a12 a ˜12 + a13 a ˜13 + a14 a ˜14 を使えばよい. (3) (u, x, y, z) ̸= (0, 0, 0, 0) と仮定すると A−1 が存在する.その第 1 列を 計算せよ.

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112

第7章

環と体

(線形代数の復習) 逆行列は A−1 =

1 ˜ A である.ただし A˜ は A の余因子行列で,その第 det A

(i, j) 成分は第 (j, i) 余因子である.  b11  b21 A−1 =   b31 b41

··· ··· ··· ···

··· ··· ··· ···

 ··· ···  ··· ···

方程式(7.1)を見れば,A−1 の第 1 列が解になることが分かるから

(u + xi + yj + zk)−1 = b11 + b21 i + b31 j + b41 k が逆数公式になる.

book

実ベクトル空間や複素ベクトル空間ではベクトルに対してスカラー倍という操 作があった.スカラーは前者においては実数で後者においては複素数だ.R も C も体だから,同じことは一般の体 K に対して K ベクトル空間が考えられる.ス カラーを環 A からとることにすると A 加群の概念が得られる.

8.1

ベクトル空間から環上の加群へ

まずは,スカラーを体に限定して定義を見直そう. ◆定義 8.1◆ 体 K があったとする.可換群 V が次の性質をみたすとき K ベ クトル空間あるいは K 線形空間とよばれる.V の演算は + で表し,その単位 元を ⃗0 と書く.紛れがないときは単に 0 と書くこともある.K の元はスカラー (scalar)とよばれる. (1) k ∈ K, ⃗v ∈ V に対してスカラー倍 k· : V → V

k· : ⃗v 7→ k · ⃗v が与えられている.以後 k · ⃗v は紛れがないときはドットを省いて k⃗v と書 くことにする. (2)任意の元 k1 , k2 ∈ K, ⃗v ∈ V に対して

(k1 + k2 )⃗v = k1⃗v + k2⃗v (k1 k2 )⃗v = k1 (k2⃗v ). (3)任意の元 k ∈ K, v⃗1 , v⃗2 ∈ V に対して

k(v⃗1 + v⃗2 ) = k v⃗1 + k v⃗2 .

book

114

第8章

環上の加群

(4) 0, 1 ∈ K ,任意の ⃗v ∈ V に対して

1⃗v = ⃗v ,

0⃗v = ⃗0.

この定義は K ベクトル空間の間の準同型写像がきちんと定義できて完結する. ◆定義 8.2◆ 体 K があったとする.2 つの K ベクトル空間 V , W と写像 φ :

V → W が次の条件をみたすとき φ は K 線形空間の準同型写像あるいは K 線 形写像とよばれる. (1) φ : V → W はベクトルの加法に関する群の間の準同型写像である.つま り任意の元 v⃗1 , v⃗2 ∈ V に対して

φ(v⃗1 + v⃗2 ) = φ(v⃗1 ) + φ(v⃗2 ) が成り立つ. (2)スカラー倍と φ の作用の順序を入れ替えても結果が同じである.つまり任 意の k ∈ K と ⃗v ∈ V に対して

φ(k⃗v ) = kφ(⃗v ) が成り立つ. ■注意 8.1 ◆ ◆ 定義 8.2 は以下のように言い換えることもできる. 体 K があったとする.2 つの K ベクトル空間 V , W と写像 φ : V → W が次の条 件をみたすとき φ は K 線形空間の準同型写像あるいは K 線形写像とよばれる. (∗) 任意の元 v⃗1 , v⃗2 ∈ V ,および k1 , k2 ∈ K に対して

φ(k1 v⃗1 + k2 v⃗2 ) = k1 φ(v⃗1 ) + k2 φ(v⃗2 ).

[例 8.1] C は 1 次元の C 線形空間だが,{1, i} を基底とする 2 次元の R 線形 空間と見ることもできる.C の任意の元は虚数単位 i =

√ −1 を使って x + yi と

書ける.ここで x, y ∈ R とした.φ : C → C を次のように定義する.

φ : x + yi 7→ x + 2yi この φ は C を加法の群と見なしたときの準同型写像である.R 線形写像である かどうかはスカラー倍と整合するかをチェックする必要がある.任意の r, x, y ∈

R に対して

φ(r(x + yi)) = rφ(x + yi)

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8.1 ベクトル空間から環上の加群へ

115

を計算すると両辺とも rx + 2ryi だから成り立っている.φ は R 線形写像であ る.基底 {1, i} に関して φ を行列で表すと ( )

1 0 0 2

となっている.

C 線形写像であるためには,スカラー倍を複素数すべてで考えなくてはならな い.r + si 倍することが φ の作用と前後してよいかを調べよう.

φ((r + si)(x + yi)) = (r + si)φ(x + yi) は一般に成り立たない.つまり φ は C 線形写像ではない.C は 1 次元の C 線形 空間だから C 線形写像 C → C は適当な基底(0 以外なら何をもってきてもよ い)に関して 1 行 1 列の行列で表されるはずだ.この場合,ある複素数が定まっ て,スカラー倍する,という写像のみが C 線形写像である. ●問● 8.1 例 8.1 の φ が C 線形写像でないことを確かめよ. [例 8.2] Z はどう頑張っても R 線形空間とはならない.1 ∈ Z を 1.5 ∈ R 倍 しようとしても Z 内で行き場がない.

Zn を整数を成分とする n 次元縦ベクトルの全体とする.これも R 線形空間で はないが Z 加群と呼ぶ.φ : Z2 → Z2 を (a) ( )(a) 1 2

φ:

b

7→

0 1

b

(

=

a + 2b b

)

で定義する.このような写像は Z 加群の準同型写像あるいは短く Z 線形写像とよ ばれる予定だ. 以上を前置きとして,スカラー倍を体からより一般の環に拡げて加群の定義を 行う.以下の定義では,そこに登場する可換群 M はベクトルの集合,環 A はス カラーの集合をイメージしながら読んでもらうとよい. ◆定義 8.3◆ 環 A,可換群 M があって,次の条件をみたすとき,M は左 A 加群とよばれる. (1)任意の a ∈ A, x ∈ M に対して a · x ∈ M が定まる.A の元はスカラーと よばれ,演算 · : A × M → M は左スカラー倍とよばれる.ここで演算 子 · の両脇に が添えられているが,この場所に A の元と M の元が入っ てくる予定で「腹ペコ」状態の演算子 · を表す.よく使われる記法だ.

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116

第8章

環上の加群

(2)任意の a1 , a2 ∈ A と任意の x ∈ M に対して

(a1 + a2 ) · x = a1 · x + a2 · x が成り立つ. (3)任意の a ∈ A と任意の x1 , x2 ∈ M に対して

a · (x1 + x2 ) = a · x1 + a · x2 が成り立つ. (4)任意の a1 , a2 ∈ A,任意の x ∈ M に対して

(a1 a2 ) · x = a1 · (a2 · x) が成り立つ. (5) 0, 1 ∈ A と任意の x ∈ M に対して

1 · x = x,

0 · x = 0M

が成り立つ.ここで 0M は可換群 M の単位元 0 のことで 0 ∈ A と紛れな いように表記した. 以後,混乱を与えないときはスカラー倍の演算記号のドットは省略する. 環 A が可換環,たとえば Z, Q, R, C,であるときは単に A 加群という.実ベ クトル空間は R 加群,複素ベクトル空間は C 加群といってもよい. あらゆる可換群は Z 加群と見なせる.可換群 G があったとき,n ∈ Z による スカラー倍「n·」を x ∈ G に対して   +x+ · · · + x}  x {z |    n個 

n·x=

(n > 0 のとき)

0G (n = 0 のとき)    − x {z − · · · − x} (n < 0 のとき)  −x  | |n| 個

で定義する.定義 8.3 の左加群の要件をすべてみたしている. ●問● 8.2 実際に確認せよ. 実は,これ以外の Z スカラー倍はない.

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8.1 ベクトル空間から環上の加群へ

◆命題 8.1 ◆

117

可換群 G があったとき,Z 加群の構造は一意である.つま

りもう一つのスカラー倍「n :」があったとすると,それは上述のスカラー 倍「·」と一致する. ◆証明◆

定義 8.3 の条件(5)により

1:x=x=1·x が成り立つ. 条件(2)を繰り返し適用すると n > 0 のときに

n : x = (1 + 1 + · · · + 1) : x = x +x+ · · · + x} = (1 + 1 + · · · + 1) ·x = n · x | {z | {z } {z } | n個

n個

n個

となる.n ≦ 0 の場合も同様に n : x = n · x であることが分かる. 以後,任意の可換群 G を Z 加群として扱う文脈では,Z スカラー倍を上述の ように了解し,断りなしに「Z 加群 G」とよぶことにする. 非可換な環,たとえば Mn (Z), Mn (C) のような環の場合は「左」あるい「右」 の区別は重要になる. 典型的な左加群の例をみておこう.加群本体よりスカラーの集合の方が大きく 感じるから,非可換な環 A による A 加群はベクトル空間とはだいぶ様子が違う ところを観察してほしい. [例 8.3] A = Mn (C) は n 次の実正方行列のなす環である.M = Cn を複素 n 次元の縦ベクトルのなす線形空間とする.(aij ) ∈ A による t (x1 , x2 , · · · , xn ) ∈

M の左スカラー倍を



a11 a12  a21 a22  ..  ..  . . an1 an2

  x1 · · · a1n   · · · a2n    x2  ..   ..  .. . .  .  xn · · · ann

で定義すると,M はこのスカラー倍によって左 A 加群になる. もう一つ左加群の例をみておこう. [例 8.4] A = Mn (C) は n 次の実正方行列のなす環である.M = Mn,2 (C)

book

118

第8章

環上の加群

を n 行 2 列の複素行列のなす線形空間とする.(aij ) ∈ A による (xij ) ∈ M の スカラー倍を



a11 a12  a21 a22  ..  ..  . . an1 an2

  x11 x12 · · · a1n   · · · a2n    x21 x22  ..  ..   .. .. . .  .  . xn1 xn2 · · · ann

で定義すると,M はこのスカラー倍によって左 A 加群になる. 行列の掛け算の規則から (xij ) の第 1 列と第 2 列が並列に同じ (aij ) の作用を 受けていることが観察できる.実際,この行列の掛け算の結果は     

a11 a12  a21 a22  ..  ..  . . an1 an2

x11 · · · a1n  x21  · · · a2n    ..   ..  , .. . .  .  xn1 · · · ann

a11 a12  a21 a22  ..  ..  . . an1 an2

 x12 · · · a1n   · · · a2n    x22  ..   ..  .. . .  .  xn2 · · · ann

のそれぞれの計算結果である縦ベクトルを横に並べたものだ. この調子でいくらでも左 Mn (C) 加群の例は作れる.さらに左 Mn (Z) 加群や 左 Mn (Q) 加群なども同様だ. 次の注意は少し上級なので読み飛ばしてもらってよい. ■注意 8.2 ◆ ◆ 可換群 M の自身への任意の準同型写像 φ, ψ に対して,加法 φ + ψ と乗 法 φψ を

(φ + ψ)(x) = φ(x) + ψ(x) (φψ)(x) = φ(ψ(x)) のように定義すると,M から M 自身への準同型写像の全体 End(M ) は環になる.単 位元は恒等写像で零元は M のすべての元を 0M に写す写像である. 定義 8.3 は a 7→ a · が環の準同型写像 A → End(M ) であることをいっている.左

A 加群は環準同型写像 A → End(M ) と同一視することもできる.

左 A 加群の間の準同型写像はどのように考えるべきだろうか.ここまで来たら 以下の定義が自然に思いつく. ◆定義 8.4◆ 左 A 加群 M , N があったとする.写像 φ : M → N が以下の条 件をみたすとき,左 A 加群の準同型写像,あるいは左 A 線形写像とよばれる. (1) φ は可換群の準同型写像である.つまり,任意の x, y ∈ M に対して

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8.1 ベクトル空間から環上の加群へ

119

φ(x + y) = φ(x) + φ(y) が成り立つ. (2)スカラー倍と φ の作用が可換である.つまり,任意の a ∈ A と x ∈ M に 対して

φ(ax) = aφ(x) が成り立つ. 群の概念には部分群の概念があった.加群にも部分加群の概念がある.ただし, 部分加群は群の議論でいうと正規部分群に相当する.剰余という概念に直結する からだ. ◆定義 8.5◆ 左 A 加群 M の部分群 N が次の条件をみたすとき,N は M の 左 A 部分加群とよばれる. (∗)任意の a ∈ A, x ∈ N に対して ax ∈ N である.つまりスカラー倍の操作 で N は閉じている.

{0} や M 自身は M の左 A 部分加群である.これらは自明な部分加群とよば れる. ここまで「左」とわざわざいうからには「右」もある.右加群,さらには左右 を同時に考えて両側加群を導入することができる. ◆定義 8.6◆ 環 A,可換群 M があって,次の条件をみたすとき,M は右 A 加群とよばれる. (1)任意の a ∈ A, x ∈ M に対して x · a ∈ M が定まる.A の元はスカラーと よばれ,演算 · : M × A → M は右スカラー倍とよばれる. (2)任意の a1 , a2 ∈ A と任意の x ∈ M に対して

x · (a1 + a2 ) = x · a1 + x · a2 が成り立つ.

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120

第8章

環上の加群

(3)任意の a ∈ A と任意の x1 , x2 ∈ M に対して

(x1 + x2 ) · a = x1 · a + x2 · a が成り立つ. (4)任意の a1 , a2 ∈ A,任意の x ∈ M に対して

x · (a1 a2 ) = (x · a1 ) · a2 が成り立つ. (5) 0, 1 ∈ A と任意の x ∈ M に対して

x · 1 = x,

x · 0 = 0M

が成り立つ.ここで 0M は可換群 M の単位元 0 を表す. 以後,混乱を与えないときはスカラー倍の演算記号のドットは省略する. 典型的な右加群の例をみておこう.加群本体よりスカラーの集合の方が大きく 感じるから,非可換な環 A による A 加群はベクトル空間とはだいぶ様子が違う ところを観察してほしい. [例 8.5] A = Mn (C) は n 次の実正方行列のなす環である.M = Cn を複素

n 次元の横ベクトルのなす線形空間とする.(aij ) ∈ A による (x1 , x2 , · · · , xn ) ∈ M の右スカラー倍を

( x1 x2



a11 a12  a21 a22 · · · xn )  ..  ..  . . an1 an2

 · · · a1n · · · a2n   ..  .. . .  · · · ann

で定義すると,M はこのスカラー倍によって右 A 加群になる. もう一つ右加群の例をみておこう. [例 8.6] A = Mn (C) は n 次の実正方行列のなす環である.M = Mn,2 (C) を 2 行 n 列の複素行列のなす線形空間とする.(aij ) ∈ A による (xij ) ∈ M の 右スカラー倍を

book

8.1 ベクトル空間から環上の加群へ



(x

11 x12 x21 x22

a11 a12  ) a · · · x1n  21 a22 . .. · · · x2n   .. . an1 an2

121

 · · · a1n · · · a2n   ..  .. . .  · · · ann

で定義すると,M はこのスカラー倍によって右 A 加群になる.行列の掛け算の 規則から (xij ) の第 1 行と第 2 行が並列に同じ (aij ) の右からの作用を受けてい ることが例 8.4 と同様に観察できる. この調子でいくらでも右 Mn (C) 加群の例は作れる.さらに右 Mn (Z) 加群や 右 Mn (Q) 加群なども同様だ. では,再び左加群に戻って部分加群の例を調べてみよう. [例 8.7] 環 A = M2 (R) とする.M = R2 を実 2 次元の縦ベクトルの空間と 考える.M の部分群

N=

{ (z)

z∈R

0

}

を考えよう.これは R 加群と見れば M の R 部分加群である.しかし,N は M の左 M2 (R) 加群ではない.実際スカラー倍をしてみよう. ( )(z) ( )

0 1 1 0

=

0

0 z

∈ /N

だから,N はスカラー倍で閉じていない. 実は,左 M2 (R) 加群 M には部分加群は自明なもの {0} と M 自身しかない. 仮に,自明でない左部分加群 N があったとしよう. (a) (c) (a) ( ) (c) 0

b

∈ N,

d

∈ / N,

b

̸=

0

,

d

̸=

( ) 0 , 0

のようなものがあるはずである.a2 + b2 = c2 + d2 = 1 として問題ない.すると )( ) ( ) ( )( a c a b c −d

d

−b a

c

b

=

d

だから N はスカラー倍で閉じていないので仮定に反する. ■注意 8.3 ◆ ◆ 例 8.7 の最後の行列計算の種明かしはこうだ.第 0.5 節で紹介した行列計 ( ) (a) 1 となる線形写像のひとつ(いろいろある)とし 算のテクニックを使う. 7→

0

b

て以下の行列を左から掛けるものが思いつく.

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122

第8章

環上の加群

a2

1 + b2

(

a −b b a

)

a2 + b2 = 1 を仮定すれば先頭の分数はなくなる.別に残っていてもよいが目に優しくな いので以下では取り去る.この逆行列



(

a b −b a

)

( ) 1 のような線形写像を提供してくれる. b 0 ( ) (c) 1 7→ となる線形写像は c2 + d2 = 1 として,以下の行列を左から掛けるも d 0 (a)

7→

のが思いつくだろう.

(

これらをつなげると

(a)

b

c −d d c

)

( ) (c) 1 7→ 7→ d 0

が実現できる.例 8.7 は M2 (R) で計算したが,M2 (C) でやりたければ )( ) (c) ( ¯ (a) ¯

d

=

c −d d c¯

a ¯ b −b a

b

などとすると見通しがよい.ただし a¯ a + b¯b = c¯ c + dd¯ = 1 として見やすくしている.

[例 8.8] 2 次の対角行列のつくる環 {

A=

a1 0 a ,a ∈ C 0 a2 1 2

}

は可換環である.M = C2 を複素 2 次元の縦ベクトルの空間と考える.例 8.7 の ように M を左 A 加群と考えよう.以下の M の部分群を取り上げる. { (z) } N1 = z∈C { (0) } 0 N2 = z∈C { ( zz ) } N3 = z∈C

z

N1 , N2 は A 部分加群である.N3 は A 部分加群とはいえない.実際,スカラー 倍のひとつを試してみると (

1 0 0 −1

)( ) ( z ) z = ∈ / N3 −z z

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8.1 ベクトル空間から環上の加群へ

123

が z ̸= 0 のとき成り立つ. 右からスカラー倍したいときは,M の縦ベクトルを転置して右から A の行列 を掛けて,結果を転置で縦ベクトルに戻せばよい.左から掛けたのと同じ結果に なる. ●問● 8.3 例 8.8 の N1 と N2 が M の A 部分加群になることを確かめよ. [例 8.9]

    a11 a12 0  A =  a21 a22 0  aij ∈ C   0 0 a33

とおく.これは非可換な環になっている.M = C3 の元を縦ベクトルで表し,ス カラー倍を A の元を左から掛けることとすれば M は左 A 加群になる.

M の左 A 部分加群は自明なものを除くと以下の 2 つだけである. { (x) } y N1 = x, y ∈ C 0     0  N2 =  0  z ∈ C   z ●問● 8.4 例 8.9 の N1 , N2 が M の左 A 部分加群であることを示せ. ( )  

a 0 b = ̸  0  を含む M の左 A 部分加群は必ず N1 を含むこと 0 0     0 0 を示せ.また, 0  ̸=  0  を含む M の左 A 部分加群は必ず N2 を含むこ z 0 ●問● 8.5

とを示せ. 問 8.4,問 8.5 の結果により,例 8.9 の M の左 A 部分加群は自明なもの以外 は N1 と N2 だけであることが分かる. ■注意 8.4 ◆ ◆ 任意の環 A は自身が左 A 加群,右 A 加群であると考えることができる. 後続の節で環のイデアルの概念を導入するが,そのときにこのような見方をする.

環 A および A 線形写像,つまり A 加群の準同型写像 M1 → M2 があったと き,どういうことが起こるか具体例で見ておこう.

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124

第8章

環上の加群

[例 8.10] 可換環 A を以下のようにとる. {( )

a1 0 0 a2

A=

}

a 1 , a2 ∈ C

M を複素 2 次元の縦ベクトルの空間として左 A 加群とみなそう.C 線形写像 φ : M → M を次のように定義する. (x) ( )(x) (y ) 0 1 φ : y 7→ y = x 1 0 このとき φ は左 A 線形写像といえるだろうか.スカラー倍と可換かどうか調べ てみよう.スカラー倍と φ が可換とは ( )(a 0 )

0 1 1 0

1

0 a2

(

=

a1 0 0 a2

)(

0 1 1 0

)

が成り立つことだが,これは一般に成り立たないからだめである.

C 線形写像 ψ : M → M を (x) ( ) ( x ) ( 2x ) 2 0 ψ : y 7→ y = 3y 0 3 で定義する.このとき ψ は左 A 線形写像といえるだろうか.スカラー倍と可換 かどうか調べてみよう.スカラー倍と ψ が可換とは ( )(a 0 ) (a 0 )(

2 0 0 3

1

0 a2

=

1

0 a2

2 0 0 3

)

が成り立つことである.計算で正しいことが分かる. ●問● 8.6 例 8.10 の φ が左 A 線形写像でないこと,ψ が左 A 線形写像であ ることを計算によって示せ. ◆注意 8.5 ◆ ■ (鉄筋コンクリートと加群)この節で定義した加群の概念を視覚化しておこ う.一般に左 A 加群 M があったとき,各 x ∈ M に対して

Ax = {ax | a ∈ A} を考える.以下でくわしく述べる理由で,これを x ∈ M を通る A スカラー鉄筋という ことにしよう.本書だけの用語だが,読者の皆さんには世間に広めてほしい. 左 A 加群 M , N があったとき,左 A 線形写像 φ : M → N においては M 内の A スカラー鉄筋は N 内の A スカラー鉄筋に写される.図 8.1 をみてほしい.スカラー鉄 筋は団体行動をする. 可換群 M をコンクリートすると,すべての A 鉄筋を合わせた構造は,左 A 加群 M において鉄筋コンクリートを実現する.

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8.2 加群の準同型写像と剰余加群

図 8.1

125

鉄筋の団体行動

Z 加群は単なるコンクリートの塊で,R 加群は細い鉄筋の入った建物,C 加群は太い 鉄筋の通った建物,左 M2 (C) 加群は縦横に鉄筋が通った建物である. 可換群 Z では R 鉄筋や C 鉄筋を通そうとするとコンクリートからはみ出してしまう ので可換群 Z は R 加群にはなれない.図 8.2 をみてほしい.

図 8.2

8.2

コンクリートからはみ出した鉄筋

加群の準同型写像と剰余加群

加群の間の準同型写像とそこから得られる剰余加群の議論は群の準同型写像と ほぼ並行して進めることができる. ◆定義 8.7◆ 環 A と左 A 線形写像 φ : M → N があったとする.

ker φ = {x ∈ M | φ(x) = 0N } を φ の核(kernel)とよぶ.

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126

第8章

環上の加群

◆定理 8.2 ◆

左 A 線形写像 φ : M → N があったとき,ker φ は M の

左 A 部分加群である. ◆証明◆

φ はそもそも可換群 M と N の間の準同型写像だから,群の準同型

写像の核として ker φ は可換群 M の正規部分群である.ただし,可換群の部分 群はすべて正規部分群だったことを思い出しておこう. 後は,スカラー倍に関して閉じていることを確認すればよい.任意の a ∈ A,

x ∈ ker φ に対して左 A 線形性により φ(ax) = aφ(x) = a0N = 0N となるので ax ∈ ker φ であることが分かる.

3.2 節で議論したことを加群に対して再現しよう.ker φ は M の正規部分群だ から剰余群 M/ ker φ が考えられる.φ によって ker φ 軌道は団体行動をするの であった. 剰余群についての定理を加群にあてはめてみよう. ◆定理 8.3 ◆

左 A 加群 M の左 A 部分加群 L があったとしよう.可換

群 M の(正規)部分群である L による L 軌道はスカラー倍に関して団体 行動をとり,剰余群 M/L は左 A 加群とみなすことができる.また,射影

π : M → M/L は左 A 線形写像である. ◆証明◆

L は可換群 M の部分群だから自動的に正規である.したがって剰余

群 M/L が存在する.M/L の元,つまり L 軌道を x + L と表そう.任意の a ∈

A に対して a(x + L) = ax + aL となる.ここで L は左 A 部分加群だから aL ⊂ L のはずで

a(x + L) ⊂ ax + L となる.つまり,任意の L 軌道はスカラー倍でそっくりそのまま団体行動でいず れかの L 軌道に写される. 軌道 x + L へのスカラー倍を「·」で表し,次のように定義する.

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8.2 加群の準同型写像と剰余加群

127

a · (x + L) = ax + L この定義は代表 x のとり方によらない.別の代表 x′ は x′ − x ∈ L のはずであ る.したがって

a · (x′ + L) = a · (x + L) + a · (x′ − x + L) = ax + L + aL = ax + L ここで aL ⊂ L であること,したがって L + aL = L であることを使った. 可換群 M/L が,このようにして定義されたスカラー倍「·」により左 A 加群 になることをいうためには以下の(1)∼(5)を示す必要がある. (1)任意の a ∈ A, x + L ∈ M/L に対して a · (x + L) ∈ M/L が定まる.こ れはもう示した. (2)任意の a1 , a2 ∈ A と任意の x + L ∈ M/L に対して

(a1 + a2 ) · (x + L) = a1 · (x + L) + a2 · (x + L) が成り立つ. (3)任意の a ∈ A と任意の x1 + L, x2 + L ∈ M/L に対して

a · ((x1 + L) + (x2 + L)) = a · (x1 + L) + a · (x2 + L) が成り立つ. (4)任意の a1 , a2 ∈ A,任意の x + L ∈ M/L に対して

(a1 a2 ) · (x + L) = a1 · (a2 · (x + L)) が成り立つ. (5) 0, 1 ∈ A と任意の x + L ∈ M/L に対して

1 · (x + L) = x + L,

0 · (x + L) = L

ここで L = 0M/L であることに注意せよ. (2)∼(5)は以下の問にまわすことにしよう.以上で前半を終了する.

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128

第8章

環上の加群

●問● 8.7 定理 8.3 の証明中の(2)∼(5)を定義に忠実に確かめよ.可換群 の剰余群の性質は使ってよい.たとえば (x1 + L) + (x2 + L) = (x1 + x2 ) + L のような変形は(3)で使うだろう. ◆証明◆ (定理 8.3 の後半)π : M → M/L が左 A 線形であることを示そう. 可換群の準同型写像であることは分かっているからスカラー倍と π が可換である ことを示せばよい.図式

M π

 M/L

/M



 x _  x+L

/ ax _

 / ax + L a·

π

 / M/L

を見ながら

a · π(x) = a · (x + L) = ax + L π(a · x) = π(ax) = ax + L を確認することができる.これは実は M/L に対する a· の作用の定義そのもので あったから自動的にみたされていた. ◆定理 8.4 ◆

左 A 線形写像 φ : M → N があったとしよう.このとき

以下のことが成り立つ.

(i) Im φ は N の左 A 部分加群である. (ii) 次の図式を可換にする全単射左 A 線形写像 φ˜ が一意に存在する. M π

 M/ ker φ ◆証明◆

φ

x _   x + ker φ

)/

φ(x)

φ ˜

$ / Im φ

(1) Im φ が可換群 N の部分群であることは分かっている.スカ

ラー倍で閉じていることだけ確かめればよい.

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8.2 加群の準同型写像と剰余加群

129

任意の y ∈ Im φ に対して φ(x) = y をみたす x ∈ M が存在する.任意の a ∈

A に対して φ の左 A 線形性により φ(ax) = aφ(x) = ay が分かる.これは ay ∈ Im φ を示している. (2) 可換群の全単射準同型 φ ˜ : M/ ker φ → Im φ が先の図式をみたすよう につくれることはすでに分かっていた.定理 5.1 によると

φ(x ˜ + ker φ) = φ(x) とおけばよい.これが左 A 線形であることを示すには,スカラー倍と可換かどう かをチェックすればよい.

φ(a ˜ · (x + ker φ)) = φ(ax ˜ + ker φ) = φ(ax) = aφ(x) = aφ(x ˜ + ker φ) となるので左 A 線形性も確かめられた. ■注意 8.6 ◆ ◆ 可換群の準同型写像 φ : G → H があったとする.G, H は命題 8.1 によ り一意的に Z 加群とみなせる.すると φ はそのまま Z 線形写像になっている.

[例 8.11] φ : Z → Z を φ(n) = 2n で定義する.φ は Z 線形写像で核と像は 以下のようになる.

ker φ = {0} Im φ = 2Z = {2n | n ∈ Z} φ˜ : Z/ ker φ → Im φ は n + {0} 7→ 2n となり,同型写像であることが分かる. [例 8.12] 行列の環 A を次のように定義する.     a11 a12 0  A =  a21 a22 0  aij ∈ C  

0

0

a33

縦ベクトルの空間 C3 は左 A 加群とみなせる.

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130

第8章

環上の加群

非可換な環 A のすべての元と可換な 3 次正方行列は  

a 0 0 0 a 0, 0 0 b

a, b ∈ C

のようなものだけだ. このような行列の一つを使って C 線形写像 φ : C3 → C3 を ( )  (x) x

φ:

a 0 0 7→  0 a 0  0 0 b

y z

y z

で定義すると左 A 線形写像になる. [例 8.13] k を任意の体とする.多項式環 k[X] を考えよう.このとき k 自身 は次のようにして k[X] 加群とみなせる.z ∈ k と f (X) ∈ k[X] に対してスカ ラー倍 f (X) · z を f (0)z で定義する.

k[X] 線形写像 φ : k[X] → k を φ : f (X) 7→ f (0) で定義すると

ker φ = X k[X] = {Xf (X) | f (X) ∈ k[X]} Im φ = k である.この確認は章末問題に回す. ●問● 8.8 X k[X] が k[X] 自身の k[X] 部分加群であること,および φ が全 射であることを確かめよ. 例 8.13 の φ は環の準同型写像でもある.k = C として定義 7.4 に忠実に確認 した例 7.8 を見直してほしい.

8.3

環上の加群特有の現象

環の上の加群の概念はベクトル空間の概念の拡張で生まれた.ベクトル空間に はなかった面白い現象の一つをこの節でみていこう. ベクトル空間の復習から始める.体 k と k ベクトル空間 W があったとしよ う.その k 部分空間 U , V があって

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8.3 環上の加群特有の現象

U ∩ V = {⃗0},

131

def

W = U + V = {⃗u + ⃗v | ⃗u ∈ U, ⃗v ∈ V }

であるとき V は U の補空間とよばれる. このとき

W = U ⊕V k

と書いて,W は U と V の直和に分解されたという.文脈で体 k が明らかなと きは単に W = U ⊕ V と書く. 補空間の関係は対称である.つまり,この場合 U は V の補空間である. 有限次元の k ベクトル空間 W においては任意の部分空間 U に対してその補空 間が存在することは簡単に示せる.U の基底を e⃗1 , · · · , e⃗n を選ぶ.するとこれら を含む W の基底 ⃗e1 , · · · , ⃗en , ⃗en+1 , · · · , ⃗em を選ぶことができる.⃗en+1 , · · · , ⃗em で張られる k ベクトル空間を V とすればよい. ■注意 8.7 ◆ ◆ この注意は読み飛ばしてもらってよい.気になる人向けの話だ. 基底を使ったこのような議論は無限次元でもできる.たとえば R を Q ベクトル空間 とみることができる.基底は実数と同じ濃度をもつベクトル(無理数)の集合になる. 本書ではそちらに議論を向けることはしない. さらに,ヒルベルト空間とかバナッハ空間を勉強したことがある人は注意が必要だ. 内積,ノルム,位相のような代数構造以外の余分な構造をもっているベクトル空間での 補空間(直交補空間のような)については閉集合であるとか収束とか極限のような議論を しなくてはならない.本書では残念ながら触れることができない.

[例 8.14] W = R2 を縦ベクトルの空間とする. { (x) } U= x∈R

0

とおく.すると

{( ) } 0 V = y∈R y

が U の補空間であることがすぐ分かる. しかし,補空間はこれ以外にもいくらでもある.一つだけあげると { (y) } V2 = y∈R

y

も U の補空間である. ●問● 8.9 この例で W = U ⊕ V2 を確かめよ.

book

132

第8章

環上の加群

ではいよいよ一般の加群での議論をしよう. ◆定義 8.8◆ 環 A,左 A 加群 W とその左 A 部分加群 U があったときに, もう一つの左 A 部分加群 V がみつかって def

U ∩ V = {0W },

W = U + V = {u + v | u ∈ U, v ∈ V }

となるとき

W = U ⊕V と書いて V を U の補加群とよぶ.補加群の関係は対称である. ベクトル空間と違って,補加群がいつもあるとは限らない. [例 8.15] Z 加群の部分加群 2Z を考えよう.Z の部分加群は必ず nZ の形を している(定理 0.3 を参照).2Z の補加群を探すために

Z = 2Z + nZ となる自然数 n をみつける. そのような n は系 0.4 によると 2 と互いに素であることが必要十分だ.ところ が,2 と互いに素である n を勝手にとってくると

2n ∈ 2Z ∩ nZ となってしまう事態は避けようがない.つまり,2Z に Z 補加群はない. 加群にはベクトル空間にない面白い現象があるということを示している.補加 群はあったりなかったりする.補加群が存在する例を次にみておこう. [例 8.16] 可換群 C6 は整数の mod 6 の足し算・掛け算で環になる.C6 =

{¯ 0, ¯ 1, · · · , ¯ 5} と書くことにする. 2C6 = {¯0, ¯2, ¯4} ≃ C3 3C6 = {¯0, ¯3} ≃ C2 とおく.以後,上付きのバーは省略することにする.2C6 ⊕ 3C6 = C6 であるこ とを示そう.加法群の直積 2C6 × 3C6 と C6 の足し算を

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8.3 環上の加群特有の現象

133

2C6 3C6 2C6 + 3C6 0 0 0 0 3 3 2 0 2 2 3 5 4 0 4 4 3 1 のように眺めてみよう.左側 2 列は加法群の直積 2C6 × 3C6 の要素(ペア)を 辞書式に並べたものだ.第 3 列は足し算した結果である.すると

C6 = 2C6 + 3C6 ,

2C6 ∩ 3C6 = {0}

であることが分かる.

2C6 , 3C6 が C6 部分加群であることは C6 スカラー倍で閉じていることを確か めればよい.スカラー倍 2× と 3× をやってみると

2× 2C6 3C6 2C6 + 3C6 0 0 0 0 0 0 4 0 4 4 0 4 2 0 2 2 0 2

3× 2C6 3C6 2C6 + 3C6 0 0 0 0 3 3 0 0 0 0 3 3 0 0 0 0 3 3

のようになる.他のスカラー倍も同様に計算できる.したがって C6 加群として

2C6 の補加群は 3C6 である.3× の結果は 3× : 2C6 ⊕ 3C6 → 3C6 が射影になっていることを示している.2× は少し惜しいが射影とはいえない.2 倍する前と後では 2 と 4 の位置が入れ替わっている. ●問● 8.10 上の例でスカラー倍 4×, 5× の演算テーブルを計算せよ.

4× : 2C6 ⊕ 3C6 → 2C6 は射影になっていることを確かめよ. [例 8.17] A = C ∞ (R, R) は無限回微分可能な実 1 変数実数値関数の全体とす る.f, g ∈ A に対して f + g ∈ A を以下のように定義する.

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134

第8章

環上の加群

f + g : x 7→ f (x) + g(x) 各点ごとに足し算をして得られる関数を f + g としたわけだ.掛け算 f g ∈ A は

f g : x 7→ f (x)g(x) で定義する.各点ごとに掛け算をして得られる関数ということだ. このように加法と乗法を導入すると A は可換環になる.零元 0A ∈ A と単位元

1A ∈ A は 0A : x 7→ 0,

1A : x 7→ 1

となる.

1 は x ̸= 0 でしか意味がないので,関数 x 7→ x は逆数をもたない.し x たがって A は体ではない. x 7→

A 自身は A 加群と考えることができる.部分加群 U を以下のようにとる. U = {f ∈ A | f (0) = 0} 加法に関して A の部分群であることはすぐわかる.スカラー倍は A の元による 掛け算であるが,U がスカラー倍で閉じているのは明らかだろう.

U に補加群 V があったと仮定する.V には f (0) ̸= 0 をみたす f が含まれて いるはずだ.もし任意の f ∈ V に対して f (0) = 0 だったら V ⊂ U になってし まうから U + V = A は達成できない.そしてさらに f (0) > 0 と仮定してよい. 適当な実数を掛ければよいだけだ.すると十分小さな正の実数 ε が存在して

−ε < x < ε

図 8.3

に対して

f (x) > 0

f (x) > 0 の範囲

book

8.3 環上の加群特有の現象

135

となる.図 8.3 をながめてほしい.このような f ∈ A から g(x) = xf (x) とな る g ∈ A をもってくると

g ∈ U ∩V

かつ

g ̸= 0A

であることが分かる.U ∩ V ̸= {0A } となり,V は U の補加群ではないことに なる. まとめると U には補加群がない. {( ) } a b [例 8.18] A = a, b, c ∈ C は環になる.A 自身を左 A 加群とみ

0 c

なす.A の左 A 部分加群をいくつかあげる. {( )

a { (0 0 L∞ = { (0 0 N= 0 L0 =

} 0 a∈C 0) } b b, c ∈ C c) } b b∈C 0

これらが左 A 部分加群であることは容易に確かめられる.L0 と L∞ は互いに左

A 加群として補加群である.N には補加群がない. ●問● 8.11 L0 , L∞ , N が左 A 加群であることを示せ.

【1】R2 の元

(a)

b

に対して x + yi ∈ C の作用「·」を

(x + yi) ·

(a)

b

(

=

x −y y x

)( ) ( ) a xa − yb = b ya + xb

で定義する. (1) x + yi, u + vi ∈ C,ただし x, y, u, v ∈ R とする.これらに対し (a) ( ( a ))

((u + vi)(x + yi)) ·

b

= (u + vi) · (x + yi) ·

b

を示せ.決して自明ではない.定義に忠実に計算してほしい. (2) 以下の等式が成り立つことを示せ. (a)

((x + yi) + (u + vi)) ·

b

= (x + yi) ·

(a)

b

+ (u + vi) ·

(a)

b

book

136

第8章

環上の加群

(3) 以下の等式が成り立つことを示せ. (( a ) ( c ))

(x + yi) ·

+

b

= (x + yi) ·

d

(a)

b

(4) 以下の等式が成り立つことを示せ. (a) (a) (a)



=

b



,

b

+ (x + yi) ·

b

=

(c)

d

( ) 0 0

(1)∼(4)により R2 に C 加群の構造が定義されたことになる. (a) 【2】R2 の元 に対して x + yi ∈ C の作用「:」を

b

(x + yi) :

(a)

b

(

=

x + y −2y y x−y

)( ) ( ) a (x + y)a − 2yb = b ya + (x − y)b

で定義する.1 の(1)∼(4)と同じことをせよ.これにより R2 に 1 で定義し たものと異なる C 加群の構造が定義されたことになる.R2 を複素数の空間とみ なす方法はいろいろある.R2 に異なる複素構造が定義できるということだ.異な る複素構造は無限にある.それらを連続的に変形することもできる. 先に種明かしをしておくと ( )

x + y −2y y x−y

(

=

1 1 0 1

) ( x −y ) ( ) 1 1 −1 y x 0 1

である.一般に 2 次の正則行列 P をとってきて ( ) (a) x −y

(x + yi) ·

b

=P

y

x

P −1

(a)

b

でスカラー倍「·」を定義すると R2 に C 加群の構造が入る.また,通常の実部と 虚部の割り当てをしたときに,C → M2 (R) を ( ) (

x + yi 7→ x

1 0 0 −1 +y 0 1 1 0

)

のように眺めると以上の議論は見通しよくなる. 【3】例 8.12 の環 A を考える.C 線形写像 φ : C3 → C3 を  ( ) (x) x 1 3 0   y φ : y 7→ 0 2 0

z

0 0 1

z

で定義する.このとき φ は左 A 線形でないことを示せ.φ と非可換になるスカ ラー倍を 1 つみつければよい.

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8.3 環上の加群特有の現象

137

【4】例 8.13 の ker φ, Im φ を確認せよ. 【5】例 8.13 と似た状況をとりあげる.

k を任意の体とする.このとき k 自身は次のようにして k[X] 加群とみなした. z ∈ k と f (X) ∈ k[X] に対してスカラー倍 f (X) · z を f (1)z で定義する. k[X] 線形写像 φ : k[X] → k を φ : f (X) 7→ f (1) で定義すると ker φ, Im φ はどのような k[X] 加群になるか. 【6】Z 加群とみなした Z の自明でない部分加群は補加群をもたないことを示せ. 【7】例 8.18 について考える.以下 p, q, r は 0 でない複素数を表す.k ∈ C に対 して

{(

Lk =

a ka 0 0

)

a∈C

}

とおく. (1) Lk が A の左 A 部分加群であることを示せ. (2) Lk の補加群をひとつずつあげよ.ただし k ∈ C ∪{∞} とする. (3) 以下の等式を確かめよ. ( )

p 0 (p A (0 p A (0 0 A 0 A

0 = L0 , 0) q = A, r) 0 = A, r) q = N, 0

(

0 0 (p A (0 0 A 0

(4) N に補加群がないことを示せ.

A

) q = L∞ r) q = Lq/p 0) 0 = L∞ r

book

book

この章では任意の環 A について次のようなことを考える.A 自身を左 A 加群 あるいは右 A 加群と考えて,その部分加群,剰余加群を調べていく.群の準同型 写像において正規部分群が果たした役割を環の準同型写像ではイデアルが果たす ことを観察していく.

9.1

イデアルと剰余環

イデアルは環上の加群の準同型写像の核になる資格のある部分加群であり,群 でいえば正規部分群に相当するものだ. ◆定義 9.1◆ 環 A を左 A 加群とみたとき,その左 A 部分加群を A の左イデ アルとよぶ.環 A を右 A 加群とみたとき,その右 A 部分加群を A の右イデア ルとよぶ.A の加法に関する部分群が左イデアルであると同時に右イデアルであ るとき両イデアルあるいは両側イデアルとよぶ.A が可換環のときは左右の区別 は不要になるから単にイデアルとよぶ. [例 9.1] 以下の環 A を考える.   a11 a12 A =  a21 a22 

0

0

行列の加法に関する A の部分群     x11 x12 0  I1 =  x21 x22 0  xij ∈ C ,  

0

0

0

  0  0  aij ∈ C  a33     0 0 0  I2 =  0 0 0  x33 ∈ C   0 0 x33

book

140

第9章

イデアル

を考える.ブロックの構造が入っているので読者は区切りの線を書き込みながら 計算を追ってほしい.いずれも左 A 加群であると同時に右 A 加群でもある.定 義により I1 も I2 も環 A の両側イデアルである. 続けて,環 A の加法に関する部分群 I3 および I4 を考えよう.         x11 x12 0   x11 0 0 I3 =  x21 0 0  xij ∈ C , I4 =  0 0 0  xij ∈ C    

0

0

0 0

0

0

I3 は A の左イデアルだが,右イデアルではない.I4 は A の右イデアルだが,左 イデアルではない. ●問● 9.1 例 9.1 の I1 および I2 が A は左右のスカラー倍で閉じていることを 確かめよ. ●問● 9.2 例 9.1 の I3 が左スカラー倍で閉じていること,I4 が A は右スカ ラー倍で閉じていることを確かめよ.左右を入れ替えると閉じていないことも確 かめよ. 群の準同型写像の核が正規部分群であったことを思い出そう.環の準同型写像 ではイデアルが相当する役目を果たす.環の準同型写像の核とイデアルの関係を 調べよう. ◆定理 9.1 ◆

環 A, B および環の準同型写像 φ : A → B があったとき

ker φ は A の両側イデアルになる. ◆証明◆

φ は環の加法についての準同型写像のはずだから,後はスカラー倍に

ついて検討すればよい.任意の a ∈ A, x ∈ ker φ に対して

φ(ax) = φ(a)φ(x) = φ(a)0 = 0 だから ker φ は左スカラー倍で閉じている.同様に右スカラー倍でも閉じている ことが分かるから,ker φ は A の両側イデアルである. 環の準同型写像 φ : A → B があったとき,B は左 A 加群とみることができ る.任意の a ∈ A による左スカラー倍 a· を x ∈ B に対して

a · x = φ(a)x

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9.1 イデアルと剰余環

141

で定義する.同様に右スカラー倍 ·a も定義できるから B を右 A 加群とみること もできる. 環の準同型写像 φ : A → B があったとする.φ によって B を左 A 加群とみ なすと,Im φ は B の左 A 部分加群である.さらに左 A 加群として以下の同型 が得られる.

A/ ker φ ≃ Im φ 環 A の両側イデアル I があったとしよう.A/I は左 A 加群であると同時に右

A 加群でもある.この A/I には環の構造を導入することができる.a + I, b + I ∈ A/I に対して加法を (a + I) + (b + I) = (a + b) + I で定義するのは剰余群の一般論通りである.この加法の定義が代表の取り方によ らないことはすでに分かっている. 乗法「·」を

(a + I) · (b + I) = ab + I で定義したい.これが代表の取り方によらないことを確かめる必要がある.a に 代わって別の代表 a′ , b に代わって別の代表 b′ をとってみよう.a′ − a ∈ I, b′ −

b ∈ I ということだ.すると (a′ + I) · (b′ + I) = (a + (a′ − a) + I) · (b + (b′ − b) + I) = (a + I) · (b + I) となるので,積も代表の取り方によらない.以後,掛け算の記号「·」は省くこと にする. では,分配法則はどうだろうか.

((a + I) + (b + I))(c + I) = (a + I)(c + I) + (b + I)(c + I) だけを示せばよい.左右入れ替えた分配法則も同様であるから. 左辺を計算する.

((a + I) + (b + I))(c + I) = (a + b + I)(c + I) = (a + b)c + I = ac + bc + I となる.右辺を計算すると

book

142

第9章

イデアル

(a + I)(c + I) + (b + I)(c + I) = (ac + I) + (bc + I) = ac + bc + I となるので分配法則が成り立っている. 零元は 0 + I = I ,単位元は 1 + I で A/I は環になっている. ◆定義 9.2◆ 環 A の両側イデアル I があったとき A/I は環になる.これをイ デアル I による剰余環とよぶ. [例 9.2] 環の準同型写像 φ : C[X] → C を

φ : f (X) 7→ f (1) で定義する.各多項式に X = 1 を代入して得た複素数値を対応させる操作になっ ている.これが環の準同型写像であるということは,多項式の四則演算と 1 を代入 する操作はどちらを先にやっても結果は一緒であるということだから自明だろう. さて,C に C[X] 加群の構造を与えよう.スカラー倍 f (X)· が定義できればよ い.z ∈ C に対して

f (X) · z = f (1)z とすればよい.これは φ(f (X))z でもあるから,先に議論した一般論の特殊例に なっている.

ker φ は f (1) = 0 となる多項式の全体だから,因数定理により X − 1 で割り 切れる多項式の全体,と言い換えてもよい.つまり

ker φ = (X − 1)C[X] = {(X − 1)f (X) | f (X) ∈ C[X]} である.C[X] 加群として,以下の同型が得られる.

C ≃ C[X]/ ker φ = C[X]/((X − 1)C[X]) これは環の同型写像でもある. [例 9.3] 環の準同型写像 φ : C[X] → C を

φ : f (X) 7→ f (2) で定義する.各多項式に X = 2 を代入して得た複素数値を対応させる操作になっ ている.これが環の準同型写像であるということは,多項式の四則演算と 2 を代入 する操作はどちらを先にやっても結果は一緒であるということだから自明だろう. さて,C に C[X] 加群の構造を与えよう.スカラー倍 f (X)· が定義できれば

book

9.1 イデアルと剰余環

143

よい.z ∈ C に対して

f (X) · z = f (2)z とすればよい.

ker φ は f (2) = 0 となる多項式の全体だから,因数定理により X − 2 で割り 切れる多項式の全体,と言い換えてもよい.つまり

ker φ = (X − 2)C[X] = {(X − 2)f (X) | f (X) ∈ C[X]} である.C[X] 加群として,以下の同型が得られる.

C ≃ C[X]/ ker φ = C[X]/((X − 2)C[X]) これは環の同型写像でもある.

C に C[X] 加群の構造を入れる方法はたくさんある.例 9.2 とは異なる C[X] 加群の構造が C に導入されたことになる.

C[X]/((X − 1)C[X])



C[X]/((X − 2)C[X])

は剰余環としていずれも C に同型であるが,C[X] 加群としての構造は異なる. スカラー倍の作用が違うのだから. [例 9.4] φ : C → C[X] を複素数値をそれを定数項とする 0 次の多項式に対応 させる写像とする.これは環の準同型写像である. イデアルに関連して 2 つの定理をあげる.左イデアルに関して述べるが右イデ アルでも同様である.また環 A が可換環の場合は単にイデアルと読み替えてもら うとよい. ◆定理 9.2 ◆

環 A の左イデアル I, J があったとき I ∩ J も左イデアル

になる. ◆証明◆

I ∩ J が A の加法に関する群の部分群であることはすでに分かって

いる.スカラー倍で閉じている,つまり A のすべての元を左から掛ける操作で

I ∩ J が閉じていることだけ示せばよい. 任意の a ∈ A, x ∈ I ∩ J に対して

x∈I x∈J

だから だから

ax ∈ I ax ∈ J

book

144

第9章

イデアル

となり,ax ∈ I ∩ J であることが分かった. ◆定理 9.3 ◆

環 A の左イデアル I, J があったとき

I + J = {x + y | x ∈ I, y ∈ J} も左イデアルになる. ◆証明◆

I + J が A の加法に関する群の部分群であることはすでに分かってい

る.スカラー倍で閉じている,つまり A のすべての元を左から掛ける操作で I +

J が閉じていることだけ示せばよい. 任意の a ∈ A, x ∈ I, y ∈ J をとってくる.

a(x + y) = ax + ay のように左 a 倍は分配できる.ax ∈ I, ay ∈ J だから ax + ay ∈ I + J である. したがって,a(x + y) ∈ I + J であることが分かった. [例 9.5] 環 Z のイデアルについて以下のことが成り立つ.

2Z ∩ 3Z = 6Z 2Z + 3Z = Z 4Z ∩ 6Z = 12Z 4Z + 6Z = 2Z ●問● 9.3 上の例から何か法則が得られるだろうか. [例 9.6] 多項式環 C[X, Y ] のイデアル X C[X, Y ], Y C[X, Y ] をとりあげる.

X C[X, Y ] ∩ Y C[X, Y ] = XY C[X, Y ] である.証明は以下のとおり.

f (X, Y ) ∈ X C[X, Y ] ∩ Y C[X, Y ] だったとする.f (X, Y ) ∈ X C[X, Y ] だ から f (X, Y ) は X で割り切れる.f (X, Y ) ∈ Y C[X, Y ] だから f (X, Y ) は Y で割り切れる.X と Y は互いに素だから f (X, Y ) は XY で割り切れる.した がって f (X, Y ) ∈ XY C[X, Y ] である.つまり

X C[X, Y ] ∩ Y C[X, Y ] ⊂ XY C[X, Y ] であることが分かった.

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9.1 イデアルと剰余環

145

f (X, Y ) ∈ XY C[X, Y ] だったとする.XY C[X, Y ] ⊂ X C[X, Y ] かつ XY C[X, Y ] ⊂ Y C[X, Y ] だから XY C[X, Y ] ⊂ X C[X, Y ] ∩ Y C[X, Y ] であることが分かった. [例 9.7] 引き続き,多項式環 C[X, Y ] のイデアル X C[X, Y ], Y C[X, Y ] を とりあげる.

X C[X, Y ] + Y C[X, Y ] = {f (X, Y ) ∈ C[X, Y ] | f (0, 0) = 0} である.これは極大イデアルとよばれるものの例になっていて代数幾何学では重 要な意味をもつ.さて,証明は以下の通り.

I = X C[X, Y ] + Y C[X, Y ] とおく.I の任意の元 f (X, Y ) は f (X, Y ) = X g(X, Y ) + Y h(X, Y ) と書けるはずだ.X = Y = 0 を代入すると 0 になる. 逆に f (0, 0) = 0 となる f (X, Y ) ∈ C[X, Y ] を勝手にとってくる.低次の項 から順に整理して

f (X, Y ) = c0 + c10 X + c01 Y + c20 X 2 + c11 XY + c02 Y 2 + · · ·(どこかで止まる) と表すことができる.f (0, 0) = 0 だから c0 = 0 である.f (X, Y ) の項のうち

X を含まない項は cY n (n ≧ 1) という形をしている.それらをすべて足し合わ せると Y h(Y ) のように書ける.f (X, Y ) − Y h(Y ) は X を含む項ばかりだか ら X g(X, Y ) のように表せる.以上により

f (X, Y ) = X g(X, Y ) + Y h(Y ) ∈ I が分かった. 以上により,環の準同型写像 φ : C[X, Y ] → C を

φ : f (X, Y ) 7→ f (0, 0) で定義するとき

ker φ = X C[X, Y ] + Y C[X, Y ] であることを確認した.

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146

第9章

9.2

イデアル

多項式環のイデアル

この節では多項式環 C[X], R[X], Q[X] を調べる.いずれも可換環だから左右 のイデアルの区別は不要だ. [例 9.8] C[X] のイデアル I = X C[X] を考える.このイデアルによる剰余 環は

C[X]/I ≃ C の同型を与える.同型写像 φ : C[X]/I → C は

φ : f (X) 7→ f (0) で定義できる. [例 9.9] C[X] のイデアル I = X 3 C[X] を考える.

C[X]/I = {(aX 2 + bX + c) + I | a, b, c ∈ C} となる.これは本当だろうか. 任意の f (X) ∈ C[X] に対して

f (X) = X 3 g(X) + aX 2 + bX + c と書くことができる.g(X) は f (X) を X 3 で割ったときの商,aX 2 + bX + c は余りだ.X 3 g(X) ∈ I だから f (X) ∈ (aX 2 + bX + c) + I となる.以後,

(aX 2 + bX + c) + I = aX 2 + bX + c と書くことにする.

C[X]/I における加法はやさしい.

aX 2 + bX + c + dX 2 + eX + f = (a + d)X 2 + (b + e)X + c + f である.乗法は少し難しい.

aX 2 + bX + c · dX 2 + eX + f = (af + be + cd)X 2 + (bf + ce)X + cf である.これが剰余環 C[X]/I における乗法公式である. ●問● 9.4 上の例において X × X 2 = ¯ 0 を確かめよ. このように 0 でないもの同士を掛け合わせて 0 になってしまうことがある.

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9.2 多項式環のイデアル

147

◆定義 9.3◆ 環 A の元 a, b が a ̸= 0 かつ b ̸= 0 であるにもかかわらず ab =

0 となるとき,a, b を A の零因子という. [例 9.10] 行列環では零因子はすぐに思いつく.行列環 M2 (R) において ( ) ( )

P1 =

1 0 , 0 0

P2 =

0 0 0 1

とおくと P1 P2 は 0 行列になる.M2 (R) を xy 平面を表す縦ベクトルの空間 R2 の変換群とみれば,P1 は x 軸への,P2 は y 軸への射影となっている. 体には零因子はない.a, b ̸= 0 をとってきて ab = 0 であったとする.0 以外 のすべての元には逆数があるから,左から a−1 を両辺に掛けると b = 0 になって しまう.a = 0 も同様だ.これは仮定に反する. ◆定義 9.4◆ 零因子をもたない可換環を整域とよぶ. [例 9.11] 整域とそうでない可換環の例をいくつかあげる.可換体は整域であ る.体ではなくても Z, C[X], R[X],Q[X] はすべて整域である. 剰余環 A = C[X]/(X 3 C[X]) は以下のように零因子があるから整域ではない.

I = X 3 C[X] とおくと (X + I)(X 2 + I) = X 3 + I = I = 0A である.

Z/6Z = {¯ 0, ¯ 1, · · · , ¯ 5} は整域ではない.¯2 · ¯3 = ¯0 だから零因子がある. 可換環 A が整域なのに,イデアル I による剰余環 A/I が整域ではなくなって しまうことがある. ◆定義 9.5◆ 環 A の両側イデアル P ̸= A があったとする.剰余環に零因子 がないとき P を素イデアルとよぶ.次のように言い換えることもできる.

• a, b ∈ P かつ ab ∈ P のとき,a ∈ P または b ∈ P が成り立つとき P を素イデアルとよぶ. ■注意 9.1 ◆ 可換環 A のイデアル P については,剰余環 A/P が整域であることを ◆ P が素イデアルであることの定義としてよい.

[例 9.12] Q[X] のイデアル I = (X 2 − 2) Q[X] を考える.剰余定理による

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148

第9章

イデアル

と,任意の f (X) ∈ Q[X] は

f (X) = (X 2 − 2)Q(X) + aX + b のように X 2 − 2 で割り算したときの商 Q(X) と余り aX + b で表すことができ る.したがって剰余環は

Q[X]/I = {aX + b + I | a, b ∈ Q} である.以下では aX + b + I を aX + b と書くことにしよう. 加法公式はやさしい.

aX + b + cX + d = (a + c)X + b + d である.乗法公式は

aX + b · cX + d = (bc + ad)X + bd + 2ac である.これは再び剰余定理を使って以下のようにして得られる.

(aX + b)(cX + d) = acX 2 + (ad + bc)X + bd = ac(X 2 − 2) · 1 + (ad + bc)X + bd + 2ac の余りの部分を取り出せばよい. さて,aX + b ̸= ¯ 0 には逆数があるだろうか.

aX + b · cX + d = (bc + ad)X + bd + 2ac = ¯1 とおいてみる.c, d を未知数として連立方程式 {

bc + ad = 0 bd + 2ac = 1

を解けばよい.行列で書くと (

である.det

(

b a 2a b

)

b a 2a b

)(c)

d

=

( ) 0 1

= b2 − 2a2 ̸= 0 ならばこの方程式はただ 1 つの解をもつ.

b2 − 2a2 = 0 と仮定してみよう.b = 0 とすると a = 0 になってしまうので aX + b ̸= ¯ 0 に反する.したがって b ̸= 0 である.すると ( a )2 a √ = 2 2= だから b b

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9.3 剰余環のイデアルと極大イデアル

149

となる.a, b ∈ Q なのでこのようなことは許されない. 以上により逆数の公式

aX + b

−1

=−

b a X+ 2 b2 − 2a2 b − 2a2

が得られる.Q[X]/((X 2 − 2) Q[X]) は体であり,(X 2 − 2) Q[X] は素イデアル である. [例 9.13] C[X, Y ] のイデアル I1 = X C[X, Y ] を考える.φ1 : C[X, Y ] →

C[Y ] を以下のように定義する.

φ1 : f (X, Y ) 7→ f (0, Y ) これは環の準同型写像で ker φ1 = I1 であり,C[X, Y ]/I1 ≃ C[Y ] である.C[Y ] は整域だから I1 は C[X, Y ] の素イデアルである. 続けて I2 = X C[X, Y ] + Y C[X, Y ] について考えよう.φ2 : C[X, Y ] → C を以下のように定義する.

φ2 : f (X, Y ) 7→ f (0, 0) これは環の準同型写像で ker φ2 = I2 である.例 9.7 で詳しく計算した.C は体 だから I2 は素イデアルである.

{0} ⊂ I1 ⊂ I2 ⊂ C[X, Y ] となっていることを覚えておこう.この例は後で使う予定だ.

9.3

剰余環のイデアルと極大イデアル

ここでは 5.2 節で剰余群の部分群を調べたように剰余環のイデアルを調べる. 扱うのは可換環のみとする. ◆定義 9.6◆ 環 A のイデアル I が以下の性質をもつとき極大イデアルとよば れる.

• I を含むイデアルは I と A しかない. [例 9.14] Z のイデアルのうち素数 p によって pZ という形をもつイデアルは すべて極大である.図 9.1 のような感じだ.

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150

第9章

イデアル

図 9.1

Z の極大イデアル

極大イデアルの剰余環は以下の定理で述べるような特別の性質をもっている. ◆定理 9.4 ◆

環 A のイデアル I について,I が極大イデアルであること

と剰余環 A/I が体であることは同値である. この定理を極大イデアルの定義にする流儀もある.いくつか補題を用意しよう. ◆補題 9.5 ◆

環 A とそのイデアル I があったとしよう.

Γ = {K | K は A のイデアル, K ⊃ I} ∆ = {L | L は A/I のイデアル } に対して写像 φ : Γ → ∆ を

φ : K 7→ K/I で定義すると以下のことが成り立つ. (1) φ は全単射である. (2) φ は包含関係を保存する. ◆証明◆

加法の群と見なしたとき(1)(2)はすでに定理 5.5(第 3 同型定理)

で確認している.剰余類が団体行動をするところが本質だった.あとは,K ∈ Γ に対して K/I が剰余環 A/I のイデアルであることを確認するだけで十分である. 任意の a + I ∈ A/I, k + I ∈ K/I に対して

(a + I) · (k + I) = ak + I となる.ここで K が A のイデアルだから ak ∈ K ,したがって ak + I ∈ K/I となる.以上で K/I が A/I のイデアルであることが分かった.

book

9.3 剰余環のイデアルと極大イデアル

◆補題 9.6 ◆

151

体 F があるとしよう.F のイデアルは {0} と F 自身しか

ない. ◆証明◆

{0} でないイデアル I をとってくると a ̸= 0 となる a ∈ I がある.

F は体だから a−1 が存在して 1 = a−1 a ∈ I となるので I = F になってしまう. ◆補題 9.7 ◆

環 F のイデアルが {0} と F 自身しかないとき F は体で

ある. ◆証明◆

任意の a ̸= 0, a ∈ F をとってくる.aF は F のイデアルだから,仮

定より aF = {0} または aF = F である.

aF = {0} とすると 1 ∈ F だから a = a · 1 = 0 となって a ̸= 0 に反する.し たがって aF = F となる.つまり ab = 1 となる b ∈ F が存在する. ◆証明◆ (定理 9.4)A/I が体であったとする.補題 9.6 より

∆ = {{0}, A/I} である.補題 9.5 より φ は全単射だから

Γ = {I, A} である.したがって I は A の極大イデアルである. 逆に,I が A の極大イデアルだったとする.言い換えると

Γ = {I, A} ということだ.補題 9.5 により

∆ = {{0}, A/I} である.補題 9.7 により A/I は体であることが分かる. ■注意 9.2 ◆ 極大イデアルは素イデアルである.逆は成り立たない.例はすでにたく ◆ さん見てきた.

[例 9.15] 環 Z のイデアル I = 12Z を考える.Z/12Z = {¯ 0, ¯1, · · · , 11} のイ デアルと Z のイデアルで I を含むものの対応は図 9.2 のようになる.

book

152

第9章

イデアル

図 9.2 Γ と ∆ の対応

9.4

孫子の剰余定理

「3 で割ると 2 余り,5 で割ると 3 余り,7 で割ると 2 余る数は何か」という ような問題に答えるための処方箋を与えてくれるのが孫子の剰余定理(Sunzi’s

Theorem)だ.日本語の書籍だと中国の剰余定理とよばれることが多い.英語だ と the Chinese Remainder Theorem が一般的だからそれに合わせていると思 われる. 実質的にはアーベル群に関する命題 6.1 を環 Z の Z 部分加群(イデアル)に 関する定理として言い換えたものである.さまざまな一般化があるがここでは原 始的な形で紹介する. ◆定理 9.8 ◆

自然数 m1 , m2 , · · · , mk のどの 2 つも互いに素だとする.

このとき Z 加群としての同型

Z/(m1 m2 · · · mk Z) ≃ Z/(m1 Z) ⊕ Z/(m2 Z) ⊕ · · · ⊕ Z/(mk Z) が成り立つ. ■注意 9.3 ◆ ◆ 本節の冒頭で述べたような言い回しで言い換えると

をみたす整数 x が

x ≡ a1

mod m1

x ≡ a2 .. .

mod m2

x ≡ ak

mod mk

mod m1 m2 · · · mk で一意に定まる.

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9.4 孫子の剰余定理

153

定理 9.8 の証明には次の補題を使う. ◆補題 9.9 ◆

2 つの自然数 m, n が互いに素であるとき Z 加群の同型 Z/(mnZ) ≃ Z/(mZ) ⊕ Z/(nZ)

が成り立つ. ◆証明◆

写像 φ : Z/(mnZ) → Z/(mZ) ⊕ Z/(nZ) を

φ : x + mnZ 7→ (x + mZ, x + nZ) で定義する.これは剰余類の代表 x ∈ Z の選び方に依存しない.実際,剰余類

x + mnZ から別の代表 x′ をとったとき x′ − x ∈ mnZ ⊂ mZ x′ − x ∈ mnZ ⊂ nZ であるから

(x′ + mZ, x′ + nZ) = (x + mZ, x + nZ) となる. (1)φ が単射であることを示そう.

φ(x + mnZ) = (x + mZ, x + nZ) = (¯0, ¯0) ∈ Z/(mZ) ⊕ Z/(nZ) とすると,x ∈ mZ かつ x ∈ nZ である.すると x ∈ mZ ∩ nZ = mnZ が分か る.これは x + mnZ = ¯ 0 ∈ Z/(mnZ) を意味する. (2)φ が全射であることを示そう.Z/(mZ) ⊕ Z/(nZ) の任意の元 (u +

mZ, v + nZ) に対して φ(x) = (u + mZ, v + nZ) となる x があることを示す. m と n が互いに素であるから系 0.4 により am + bn = 1 をみたす整数 a, b が存在する.

x = bnu + amv とおくと

φ(x) = (u + mZ, v + nZ) となる.なぜなら am + bn = 1 より bn ≡ 1 mod m,

am ≡ 1 mod n だか

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154

第9章

イデアル

ら x ≡ u mod m,

x ≡ v mod n が分かる.これは φ(x) = (u + mZ, v +

nZ) を示している. (3)φ が Z 加群としての準同型写像であることを示そう.Z/(mnZ) の任意 の 2 つの元 x + mnZ, y + mnZ に対して足し算と φ の作用を考える.図式

x + mnZ  y + _mnZ 

φ

 x + y + mnZ  +

φ

/ (x + mZ, x + nZ) / (y + mZ, y + nZ) _ ⟳ + / (x + y + mZ, x + y + nZ)

において,左上から右下へ矢印をたどるとき,どちらの道を通っても結果が同じ である.これで加法群として準同型写像であることが分かる.あとはスカラー倍 をみればよい.Z/(mnZ) の任意の元 x + mnZ および任意の z ∈ Z に対して, スカラー倍 z· と φ の作用を考える.図式

x + _mnZ 

/ (x + mZ, x + nZ) _

φ ⟳





zx + mnZ 



 / (zx + mZ, zx + nZ)

φ

において,左上から右下へ矢印をたどるとき,どちらの道を通っても結果が同じ である.スカラー倍と φ の作用の順番を入れ替えてよいということだ.これで φ は Z 加群としての準同型写像であることが分かった. 以上の議論により φ は Z 加群の同型写像である. 補題 9.9 の証明に現れる合同式の解法を実際に使ってみよう. [例 9.16] 連立合同式

{ x≡5 x≡3

mod 15 mod 8

をみたす整数 x を求める.15 と 8 が互いに素であることはすぐ分かるが,ユー クリッド互除法のすべてのステップの情報がほしいので例 0.2,0.3 と同様にやっ てみよう.

(

( 15 8 )

0 1 1 −1

)

= (8 7)

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9.4 孫子の剰余定理

155

(

) 0 1 = (7 1) 1 −1 ( ) 0 1 (7 1) = (1 0) 1 −7

(8 7)

全部つなげると

(

( 15 8 )

−1 8 2 −15

)

= (1 0)

となり

−1 × 15 + 2 × 8 = 1 が得られる.ここで

x = 5 × (2 × 8) + 3 × (−1 × 15) = 35 とおくと与えられた連立合同式のひとつの解になっている.補題 9.9 によればす べての解は x ≡ 35 mod 120 となる整数 x である. いよいよ一般の場合に進む. ◆証明◆ (定理 9.8)補題 9.9 を繰り返し使えばよい.第 0 章の素因数分解の一 意性の知識を総動員すると m1 と m2 m3 · · · mk は互いに素であることが分かる. 補題 9.9 により

Z/(m1 m2 · · · mk Z) ≃ Z/(m1 Z) ⊕ Z/(m2 m3 · · · mk Z) 次は Z/(m2 m3 · · · mk Z) に関して同じ議論を続ける.これを繰り返して定理の 結論を得る. ガウスによる別証明を紹介する.対称性が美しいだけでなく実用性の高いアル ゴリズムにつながる方法だ. ◆証明◆ (ガウスによる別証明)次の同型写像を定義したい.

φ : Z/(m1 m2 · · · mk Z) → Z/(m1 Z) ⊕ Z/(m2 Z) ⊕ · · · ⊕ Z/(mk Z) M = m1 m2 · · · mk と書くことにしよう. φ : x + M Z 7→ (x + m1 Z, x + m2 Z, · · · , x + mk Z) とおいてみる.これが代表 x の選び方に依存しないことは次のようにして分かる.

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156

第9章

イデアル

x + M Z の代表を x′ に取り換えると x′ − x ∈ M Z ⊂ mi Z だから x′ + mi Z = x + mi Z である. (1) φ が単射であることを示そう.すべての i に対して x + mi Z = ¯ 0 である とすると x ∈ mi Z である.したがって

x ∈ m1 Z ∩ m2 Z ∩ · · · ∩ mk Z = m1 m2 · · · mk Z である.2 番目の等号は mi たちが互いに素であることによる.これで x +

MZ = ¯ 0 が分かった. ci · · · mk (2)φ が全射であることを示そう.Mi = m1 m2 · · · m

(i = 1, · · · , k)

ci は mi だけ除くという意味である.言い方を変えると mi Mi = とおく.ここで m

M である. mi と Mi は互いに素であるから si mi + ti Mi = 1 をみたす整数 si , ti が存在する.すると

ti Mi ≡ 1 mod mi である. 任意の

(a1 + m1 Z, a2 + m2 Z, · · · , ak + mk Z) に対して

x = a1 (t1 M1 ) + a2 (t2 M2 ) + · · · + ak (tk Mk ) とおくと,Mi ≡ 0 mod mj (i ̸= j のとき)で ti Mi ≡ 1 であるから

x ≡ ai

mod mi

である.つまり,x + mi Z = ai + mi Z である.これで全射性が示された. (3)φ の準同型性は補題 9.9 と同様に証明できる. 以上により φ は Z 加群の同型写像である. [例 9.17] 連立合同式

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9.4 孫子の剰余定理

   x ≡ 1 x≡2   x ≡ 4

mod 2 mod 3 mod 5

157

(9.1)

を解いてみよう.

m1 = 2, m2 = 3, m3 = 5 M1 = 3 × 5, M2 = 2 × 5, M3 = 2 × 3 とおく.互除法もしくは暗算で

8 × m1 + (−1) × M1 = 1 −3 × m2 + 1 × M2 = 1 −1 × m3 + 1 × M3 = 1 が得られる.

x = 1 × (−1) × M1 + 2 × 1 × M2 + 4 × 1 × M3 = 29 が連立合同式(9.1)の一つの解である.x ≡ 29 mod 30 となる整数がすべての解 である.

【1】剰余環 Z/nZ を Zn と書くことにしよう. (1) Z12 加群 Z12 の部分加群 4Z12 の補加群を求めよ. (2) Z12 加群 Z12 の部分加群 2Z12 の補加群は存在しないことを示せ. 【2】環の準同型写像 φ : C[X, Y ] → C を

φ : f (X, Y ) 7→ f (1, 2) で定義する.これが本当に環の準同型写像であるかは,多項式の演算と X =

1, Y = 2 の代入操作の順序を入れ替えても結果が同じであることから明らかで ある.

ker φ = (X − 1) C[X, Y ] + (Y − 2) C[X, Y ] であることを示せ.

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158

第9章

イデアル

【3】C[X] のイデアル I = (X 2 + X + 1) C[X] について考える.C[X]/I の乗 法公式をつくり体になるか判定せよ. 【4】Q[X] のイデアル I = (X 2 + X + 1) Q[X] について考える.Q[X]/I の乗 法公式をつくり体になるか判定せよ. 【5】C[X, Y, Z] のイデアルをいくつか取り上げる.

I1 = X C[X, Y, Z] I2 = X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] I3 = X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] + Z C[X, Y, Z] (1) C[X, Y, Z]/I1 ≃ C[Y, Z] を示せ. (2) C[X, Y, Z]/I2 ≃ C[Z] を示せ. (3) C[X, Y, Z]/I3 ≃ C を示せ. 以上の結果から素イデアルの包含関係

{0} ⊂ I1 ⊂ I2 ⊂ I3 ⊂ C[X, Y, Z] が得られる. 【6】環 Z とイデアル I = 8Z について例 9.15 と同様の図をつくれ. 【7】環 A = C[X, Y, Z] のイデアル I = X C[X, Y, Z] について図 9.3 を完成さ せよ.

図 9.3

多項式環で Γ と ∆ の対応

【8】同型写像

φ : Z/((23 × 32 × 5)Z) → Z/(23 Z) ⊕ Z/(32 Z) ⊕ Z/(5Z) を

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9.4 孫子の剰余定理

φ : x + (23 × 32 × 5)Z 7→ (x + 23 Z, x + 32 Z, x + 5Z) で定義する.

φ−1 : Z/(23 Z) ⊕ Z/(32 Z) ⊕ Z/(5Z) → Z/((23 × 32 × 5)Z) を具体的に書け.

159

book

book

この章では有限体の上に多項式環を考え,イデアルや剰余環の計算を体験する.

10.1

有限環と有限体

Z とそのイデアルを材料にして有限環,有限体について考える. Z のイデアルはすべて nZ の形をしている.ここで n は

◆定理 10.1 ◆

負でない整数とする. ◆証明◆

Z の任意のイデアル I ̸= {0} をとってくる.I に属する最小の正の整

数を n とおく. (i) 任意の x ∈ I に対して

x = ny + r

(x, y, r ∈ Z, 0 ≦ r ≦ n − 1)

となる y, r が一意に定まる.x, ny ∈ I だから

r = x − ny ∈ I である.n の最小性から r = 0 となり

I ⊂ nZ が分かった. (ii) n ∈ I だから

nZ ⊂ I である.

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162

第 10 章

有限体と多項式環

(i)(ii)より

I = nZ である. ■注意 10.1 ◆ ◆ 証明中の商と余りの議論で x ∈ I は負でも構わない.正負両方の例をあげ ておく.

x = 10, n = 3 のときは y = 3, r = 1 である. x = −7, n = 5 のときは y = −2, r = 3 である.

◆定理 10.2 ◆

自然数 n に対して

n が素数 ⇐⇒ nZ が Z の素イデアル が成り立つ. ◆証明◆

(i) n が素数でないとすると n = n1 n2 となる.ここで n1 , n2 ≧ 2

である.すると Z/nZ において

n ¯ 1 ̸= ¯0,

n ¯ 2 ̸= ¯0,

n1 n2 = ¯0

となり零因子が存在する.したがって nZ は素イデアルではない. (ii) nZ が Z の素イデアルでないとする.Z/nZ には零因子 n ¯1, n ¯ 2 が存在す る.ここで n1 , n2 > 0 とする.

n ¯1n ¯ 2 = n1 n2 = ¯0 だから n1 n2 ∈ I である.自然数 m が存在して n1 n2 = nm となるはずだ.n は素数だとすると

n1 または n2 は n で割り切れる.すると n ¯ 1 = ¯0 または n ¯ 2 = ¯0 となり零因子で あることに反する.したがって n は素数ではない. (i)(ii)により証明は完了した. ◆定理 10.3 ◆

自然数 n に対して

n が素数 ⇐⇒ nZ が極大イデアル が成り立つ.

book

10.1 有限環と有限体

◆証明◆

163

(i) nZ が極大イデアルだとする.Z/nZ には零因子がないから nZ

は素イデアルである.したがって n は素数である. (ii) n を素数とする.

nZ ⫋ I ⫋ Z となるイデアル I があったとしよう.定理 10.1 により I = mZ となる自然数 m が存在する.すると n ∈ mZ だから n = mx と書け,n ̸= m だから x ̸= 1 で ある.これは n が素数であることに反する. (i)(ii)により証明は完了した. ■注意 10.2 ◆定理 10.2 と 10.3 によれば Z においては素イデアルと極大イデアルは同 ◆ じものになってしまう.このようなことは一般の環では必ずしも成り立たない.第 9 章 の章末問題【5】で詳しく論じた.

ここまでの議論で,p を素数とすると Z/pZ は体になることが分かった.この 体を Fp と書くことにしよう.有限体の基本的なものだ. [例 10.1] F2 の加法と乗法のテーブルは以下のようになる. + ¯ 0 ¯ 1

¯ 0 ¯ 0 ¯ 1

¯ 1 ¯ 1 ¯ 0

× ¯ 1

¯ 1 ¯ 1

[例 10.2] F3 の加法と乗法のテーブルは以下のようになる.以後誤解がないと きは n ¯ は単に n と書くことにする. + 0 1 2

0 0 1 2

1 1 2 0

2 2 0 1

× 1 2

1 1 2

2 2 1

体にはならないが単元(逆数をもつ元)だけを集めると掛け算の群を作ること を観察しよう. [例 10.3] Z/12Z = Z12 の単元の全体は

{1, 5, 7, 11} である.乗法のテーブルは以下のようになる.

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164

第 10 章

有限体と多項式環

× 1 5 7 11

1 1 5 7 11

5 5 1 11 7

7 7 11 1 5

11 11 7 5 1

逆数

位数

1 5 7 11

1 2 2 2

このように単元の全体は K4 = C2 × C2 と同型の群をなしている.

(Z/12Z)× = {¯ 1, ¯ 5, ¯ 7, 11} ∼ = {1, 5} × {1, 7} ∼ = {1, 5} × {1, 11} ∼ = {1, 7} × {1, 11} といろいろな姿で記述することができる. さて Z/12Z = Z12 の零因子の全体は

{¯2, ¯3, ¯4, ¯6, ¯8, ¯9, 10} である.剰余環 Z/12Z = A とおくと,A のイデアルは自明なものを除いて

¯ 2A,

¯3A,

¯4A,

¯6A

である.実は

¯ 2A = 10A,

¯3A = ¯9A,

¯4A = ¯8A

だから零因子とイデアルはしっかりつながっている.

0,単元,零因子,そのどれでもない元が一般にはある.たとえば環 C[X] に おいて X は単元ではない.そもそもこの環には零因子がない.有限環では以下の 定理が成り立つ. ◆定理 10.4 ◆

有限環において

x ̸= 0 が零因子でない ⇐⇒ x が単元 が成り立つ. ◆証明◆

0 以外の元をすべて並べて x1 = 1, x2 , · · · , xn とおく.

(i) x ̸= 0 が零因子でないとしよう.すると x · 1, xx2 , · · · , xxn のいずれも

0 ではない.この中に等しいものがあったとしよう.たとえば xxk = xxℓ であったとすると

(k ̸= ℓ)

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10.1 有限環と有限体

165

x(xk − xℓ ) = 0 なので x は零因子になってしまって仮定に反する.したがって x·1, xx2 , · · · , xxn はすべて互いに異なる.しかもいずれも 0 でないから

{1, x2 , · · · , xn } = {x, xx2 , · · · , xxn } である.ここで有限集合であることを使った.無限集合ではこのようなことはい えない.後の注意を参照してほしい.さて,この 2 つの集合が一致してしまうの で 1 = xxk となる k があるはずだ.つまり x は単元である. (ii) 逆に x が単元だったとしよう.xy = 0 から y = x−1 xy = 0 となるので

x は零因子ではありえない. (i)(ii)によって証明が完了した. ■注意 10.3 ◆ ◆ 集合 {1, 2, 3, 4, · · · } の各元を一斉に 2 倍してやると集合 {2, 4, 6, 8, · · · } を得る.1 対 1 の対応がつくが

{2, 4, 6, 8, · · · } ⫋ {1, 2, 3, 4, · · · } となる.有限集合だとこういうことは起こらない.

一般に環 A の単元のみを集めた集合 A× は乗法に関して群になっている.そ して,この定理によれば,有限環では 0 と零因子以外の元はすべて単元だから,

A× は 0 と零因子を除くすべての元を集めたものに一致する. ◆定理 10.5 ◆

剰余環 A = Z/nZ においては自明でないイデアル I は

A の零因子 a ¯ をもちいて I = a ¯A と表すことができる.I の 0 以外の元は すべて零因子である. ◆証明◆

A のイデアル I を勝手にとってくる.I ̸= {¯0}, I ̸= A とする.

I には単元は含まれない.もし x ∈ I が単元だったとすると xx−1 = 1 ∈ I とな り I = A となってしまう. すると I は 0 と零因子のみからなる.I に含まれる零因子 a ¯ の中で自然数 a が もっとも小さいものをとってくる. (i) a ¯A ⊂ I は明らかである. (ii) 逆向きを示そう.任意の m ¯ ∈ I に対して

m = am′ + r

(0 ≦ r ≦ n − 1)

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166

第 10 章

有限体と多項式環

となる自然数 m′ と負でない整数 r が一意にとれるから

m ¯ =a ¯m ¯ ′ + r¯ となる.したがって

r¯ = m ¯ −a ¯m ¯′ ∈ I である.a の取り方より r = 0 が言える.

m ¯ =a ¯m ¯′ ∈ a ¯A となり I ⊂ a ¯A が言えた. (i)(ii)より証明が完了した.

10.2

有限体上の多項式環

この節では Z とそのイデアルを基本素材にして多項式環とその剰余環によりさ まざまな有限環と有限体を構成する.任意の体 K に対して,高校で習った剰余定 理と因数定理が K[X] で成り立つことを読者は確認してほしい.この後の計算で 何度も使う. [例 10.4] F2 [X] は F 係数の多項式のつくる環である.3 次式まで書き出すと

0 次式 0, 1 1 次式 X, X + 1 2 次式 X 2 , X 2 + 1, X 2 + X + 1 3 次式 X 3 , X 3 + 1, X 3 + X, X 3 + X + 1, X 3 + X 2 , X 3 + X 2 + 1, X 3 + X 2 + X, X 3 + X 2 + X + 1 この調子で必要があれば好きなだけ書き出すことができる.1 次式同士を掛け算 してみると × X X +1

X X2 X2 + X

X +1 X2 + X X2 + 1

となる.

(X + 1)2 = X 2 + (1 + 1)X + 1 = X 2 + 1 に注意してほしい.このテーブルに現れなかった X 2 + X + 1 は既約である.つ

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10.2 有限体上の多項式環

167

まり因数分解できない. これは因数定理を使っても確認できる.f (X) = X 2 + X + 1 とおくと f (0) =

f (1) = 1 だから 2 次方程式 f (X) = 0 は F2 において解をもたない. [例 10.5] F2 [X] のイデアル I = (X 2 + X + 1) F2 [X] について考える.

F2 [X]/I = {aX + b + I | a, b ∈ F2 } ¯ X + 1} ¯ 1, ¯ X, = {0, の加法テーブルをつくる.以後,誤解がないときは aX + b は単に aX + b と書 くことにする. + 0 1 X X +1

0 0 1 X X +1

1 1 0 X +1 X

X X X +1 0 1

X +1 X +1 X 1 0

乗法のテーブルは × 1 X X +1

1 1 X X +1

X X X +1 1

となる.F2 [X]/((X 2 + X + 1) F2 [X])

X +1 X +1 1 X ×

逆数

位数

1 X +1 X

1 3 3

は巡回群であり,F2 [X]/((X 2 + X +

1) F2 [X]) は体であることも分かった. [例 10.6] F2 [X] のイデアル I = (X 3 + 1) F2 [X] をとりあげる.

¯ X + 1, X 2 , X 2 + 1, X 2 + X, X 2 + X + 1} F2 [X]/I = {¯ 0, ¯ 1, X, について考察する.以後誤解がないときはバーを省略する.F2 においては −1 =

1 であることを片時も忘れずに. f (X) = X 3 + 1 とおくと f (0) = 1, f (1) = 0 なので因数定理により f (X) は X − 1 = X + 1 で割り切れる.

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168

第 10 章

有限体と多項式環

2 ) X + X + 1 X + 1 X3 + 1

X3 + X2 X2 X2 + X X + 1 X + 1 0 のように割り算が完了するので

f (X) = (X + 1)(X 2 + X + 1) である.X 2 + X + 1 は F2 上で因数分解できない.

F2 [X]/I の零因子は

X +1



X2 + X + 1

および,これらの倍数が候補である.倍数をすべてを列挙すると

¯ · (X + 1) = X 2 + X X 2

X + 1 = X2 + 1 ¯ · X2 + X + 1 = X2 + X + 1 X X + 1 · X 2 + X + 1 = ¯0 2

X2 + X + 1 = X2 + X + 1 となる.したがって零因子は

X + 1,

X 2 + X + 1,

X 2 + X,

X2 + 1

がすべてである.この剰余環は有限だから ¯ 0 とこれらの零因子を除けばすべて単 元である.つまり

¯ X 2} ∼ (F2 [X]/I)× = {¯1, X, = C3 となる. [例 10.7] F3 [X] のイデアル I = (X 2 + 1) F3 [X] について考える.

¯ X + 1, X + 2, 2X, 2X + 1, 2X + 2} F3 [X]/I = {¯ 0, ¯ 1, ¯ 2, X, である.以後,バーは省く.f (X) = X 2 + 1 とおく.

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10.3 有限体の乗法群

f (0) = 1,

f (1) = 2,

169

f (2) = 2

なので f (X) は F3 では因数分解できない.したがってこの剰余環には零因子は ない.有限環なので体であると結論してよい. 乗法のテーブルは以下のようになる.計算は簡単で,普通に掛け算して X 2 が 現れるたびに 2 に置き換えればよい. × 1 2 X X +1 X +2 2X 2X + 1 2X + 2

1 1 2 X X +1 X +2 2X 2X + 1 2X + 2

2 2 1 2X 2X + 2 2X + 1 X X +2 X +1

× 1 2 X X +1 X +2 2X 2X + 1 2X + 2

2X + 1 2X + 1 X +2 X +1 2 2X 2X + 2 X 1

2X + 2 2X + 2 X +1 2X + 1 X 2 X +2 1 2X

X X 2X 2 X +2 2X + 2 1 X +1 2X + 1

X +1 X +1 2X + 2 X +2 2X 1 2X + 1 2 X

X +2 X +2 2X + 1 2X + 2 1 X X +1 2X 2

2X 2X X 1 2X + 1 X +1 2 2X + 2 X +2

(下の段に続く)

位数

1 2 4 8 8 4 8 8

F3 [X]/I は体になり,(F3 [X]/I)× は巡回群であることも分かる. ここまでの観察を次の節でまとめておくが,初読のときはスキップしてよい.

10.3

有限体の乗法群

この節は本書の読了のためにはスキップしてもらってよい.後続の議論では特 に使わない.前節までに計算し観察した結果,予想できる事実をできるだけ最短 の議論でまとめておく. 有限体はすべて可換体であるというウェダ―バーンの有名な定理があるが本書 の範囲を越えている.その事実だけは覚えておくとよいだろう.そしてここでも 使う. 前節までの計算体験で有限体の乗法群はどうやらいつも巡回群になるらしいと

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170

第 10 章

有限体と多項式環

予想できる. ◆定理 10.6 ◆

有限体 F があったとしよう.F × = F \ {0} は巡回群で

ある. 有限体は上に述べたようにすべて可換なので,この定理は次のより一般的な定 理の系である.証明されていないことを使うのは気持ち悪いという読者は上の定 理を「有限可換体」と読んでもらえばよい. ◆定理 10.7 ◆

可換体 F に,F × の有限部分群 G があったとする.こ

のとき G は巡回群である. この定理を証明するためにいくつか準備をする. ◆命題 10.8 ◆

群 G と a ∈ G があったとする.a の位数は n で有限で

あるとする.n の約数 d に対して ad の位数は n/d である. ◆証明◆

b = ad とおく.これを m 乗したら 1 になったとしよう. bm = (ad )m = amd = 1

このようになるためには md ≡ 0 mod n であることが必要十分だ.これは

m≡0

mod n/d

と同値である.これは b = ad の位数が n/d であることの言い換えである. ◆命題 10.9 ◆

可換群 G の元 a, b ∈ G は有限位数で m, n であったと

する.m と n が互いに素であるとき ab の位数は mn である. ■注意 10.4 ◆ ◆ a と b が可換であることが本質的だ.S3 において σ = (1 2 3) と

τ = (1 2) を考えよう.σ の位数は 3 で τ の位数は 2 である.στ の位数は 6 で はなかった. ◆証明◆

ab の位数を k とする.今のところ有限かどうかは分からない.しか

し a と b が可換だから

(ab)mn = amn bmn = (am )n (bn )m = en em = e

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10.3 有限体の乗法群

171

となるので k|mn,つまり k が mn の約数であることが分かり,当然 k は有限だ.

(ab)k = e より e = (ab)mk = amk bmk = (am )k bmk = ebmk = bmk が成り立つので,n|mk が分かる.n と m は互いに素だから n|k になる. 同様にして m|k であり,m と n が互いに素であることを再び使うと mn|k と なる.

k|mn であり mn|k でもあるから k = mn であることが示せた. ◆命題 10.10 ◆

可換群 G の元 a, b ∈ G は有限位数で,それぞれ k と ℓ

であったとする.k と ℓ の最小公倍数を m とすると適当な自然数 s, t に よって as bt が位数 m の元になる. ◆証明◆

k と ℓ の素因数を合わせた集合を P とする.k と ℓ の素因数分解は ∏ kp ∏ ℓp k= p , ℓ= p p∈P

p∈P

と書ける.ここで,kp ≧ 0 は自然数 k を素因数分解したときの素数 p のべき,

ℓp ≧ 0 は自然数 ℓ を素因数分解したときの素数 p のべきである.そして ∏ max(kp ,ℓp ) m= p p∈P

が k と ℓ の最小公倍数である.これから以下の戦略で議論を進める. (1)位数が pmax(kp ,ℓp ) となる元を各素数 p ごとに見つける.それを cp とおく. max(kp1 ,ℓp1 )

(2)異なる p1 , p2 ∈ P に対して cp1 の位数 p1

と cp2 の位数

max(kp2 ,ℓp2 ) p2



は互いに素であるから命題 10.9 を繰り返し使うことにより ∏ max(kp ,ℓp ) cp の位数は m = p になる.

p∈P

p∈P

各 p に対して cp を次のように定義する. { kp max(kp ,ℓp )

cp =

ak/p = ak/p ℓp max(kp ,ℓp ) bℓ/p = bℓ/p

kp ≧ ℓp のとき kp < ℓp のとき

pkp |k であり pℓp |ℓ であることに注意すると上の式で a や b のべきは非負の整数

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172

第 10 章

有限体と多項式環

であることが分かる.命題 10.8 により,場合分けのいずれにおいても cp の位数 は pmax(kp ,ℓp ) である.これで戦略の(1)は達成された. 異なる p1 , p2 ∈ P に対して cp1 の位数と cp2 の位数は互いに素である.これ で戦略の(2)は達成された.個々の cp は a のべきか b のべきだったから ∏ s t

cp = a b

p∈P

と表すことができる. [例 10.8] 命題 10.10 の証明のアルゴリズムにしたがって,位数 m の元を構 成してみよう. 可換群 G があったとする.a, b ∈ G の位数がそれぞれ

k = 2 × 32 × 5,

ℓ = 22 × 3 × 52

であったとする.最小公倍数は m = 22 × 32 × 52 である.a と b だけを材料に 使って位数 m の元を構成できるところに大きな意義がある. (1) c2 について

k2 = 1 < ℓ2 = 2 なので ℓ2

c2 = bℓ/2

= b3×5

2

とおく.この元の位数は 22 である. (2) c3 について

k3 = 2 > ℓ3 = 1 なので c3 = ak/3

k3

= a2×5

とおく.この元の位数は 32 である. (3) c5 について

k5 = 1 < ℓ5 = 2 なので ℓ5

c5 = bℓ/5

2

= b2

×3

とおく.この元の位数は 52 である. 以上を掛け合わせると 2

c2 × c3 × c5 = a2×5 b3×5

+22 ×3

となる.この元は as bt の姿をしており,位数は m = 22 × 32 × 52 である.

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10.3 有限体の乗法群

◆補題 10.11 ◆

173

可換体 F を考える.a ∈ F × の位数が有限な k であっ

たとする.このとき

{x ∈ F × | xk = 1} = {1, a, a2 , · · · , ak−1 } が成り立つ.位数が k の約数である F × の元は a のべきで尽くされる. ◆証明◆

右辺の任意の元 as は (as )k = ask = (ak )s = 1 だからその位数は k

の約数である.一方,左辺は位数が k の約数となる F × の元の全体であるから

{x ∈ F × | xk = 1} ⊃ {1, a, a2 , · · · , ak−1 } である. 位数が k の約数である F × の元はすべて xk − 1 = 0 の解であり,その個数は 因数定理によると k 以下である.したがって

{x ∈ F × | xk = 1} = {1, a, a2 , · · · , ak−1 } が分かる. ◆証明◆(定理 10.7)G の大きさを n とする.G の元で最大位数のものを a, その位数を k とする.k = n であることを示そう.

k < n であったと仮定する.b ∈ G があって b∈ / {1, a, a2 , · · · , ak−1 } となるはずだ.補題 10.11 によると b の位数 ℓ は k の約数ではない.ということ は,k と ℓ の最小公倍数 m は m > k である.命題 10.10 により位数 m > k の 元が存在することになるが k の最大性の仮定に反する. 有限体は大きさが同じならすべて同型である.巻末の[4]などで体の拡大につ いてきちんと学べば証明はやさしい.

【1】以下の有限体の単元がつくる乗法群のテーブルをつくれ.また,それらが巡 回群であること示せ.

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174

第 10 章

有限体と多項式環

(1) F5 (2) F7 (3) F11 【2】以下の有限環の単元からなる乗法群の構造を調べよ. (1) (Z/15Z)× (2) (Z/8Z)× 【3】F2 [X] のイデアル

I1 = (X 3 + X + 1)F2 [X] I2 = (X 3 + X 2 + 1)F2 [X] について考える. (1) F2 [X]/I1 , F2 [X]/I2 のそれぞれの乗法テーブルをつくり,いずれも体 であることを確かめよ. (2) 同型写像 φ : F2 [X]/I1 → F2 [X]/I2 をつくれ.F2 [X]/I2 の元で X 3 +

X + 1 = 0 の解になるものをまず探せ.その元を a ∈ F2 [X]/I2 とし,φ : F2 [X]/I1 → F2 [X]/I2 を

¯ 7→ a φ:X で定義すると φ は体の同型写像になる. 【4】F3 [X] のイデアル

I = (X 2 + X + 1)F3 [X] について考える.

F3 [X]/I の零因子をすべて求めよ.また (F3 [X]/I)× の演算テーブルをつくれ.

book

この章では有限体と有限体上の多項式環の応用を紹介する.符号理論へのほん の入口だが楽しんでいただけるだろう.

11.1

有限体上の幾何学

ベクトルの成分がおなじみの R や C の元ではなく有限体の元であるとき,ど んな幾何学ができるだろうか.ここでは平面や直線のみを扱う.2 次曲線,3 次曲 線などは整数論の世界の始まりで,参考文献[6]を勧める.

3 次元 F2 ベクトル空間 F2 3 = {(x, y, z) | x, y, z ∈ F2 } は 23 = 8 個の点からなる.平面は 1 次方程式で記述される.すべての平面を列 挙すると

x + y + z = 0 または 1 x + y = 0 または 1 x + z = 0 または 1 x = 0 または 1 y + z = 0 または 1 y = 0 または 1 z = 0 または 1 のように合計 14 枚ある.どの平面も 4 点からなる.たとえば x + y + z = 1 だったら z について解いて

z =x+y+1

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176

第 11 章

有限体の応用

のようにして眺めると,x と y の値を独立に選べることが分かる. 平面 z = 1 は図 11.1 のように点 (0, 0, 1), (0, 1, 1), (1, 0, 1), (1, 1, 1) から なる.

図 11.1 平面 z = 1

平面 x + y + z = 1 は R3 の幾何学を連想すると図 11.2 のように点 (1, 0, 0),

(0, 1, 0), (0, 0, 1) を通ることが頭に浮かぶ.しかし,平面は F2 の幾何学におい ては必ず 4 点からなるはずだから,どこに行ったのだろうか.計算で解をさがす と (1, 1, 1) がすぐにみつかる.R3 の幾何学のアナロジーは役には立つが限界も あるということだ.

図 11.2 平面 x + y + z = 1

ではどうしたらよいか.それは代数に徹するということだろう.幾何学の概念 をすべて計算に持ち込むということだ.このことはデカルトから始まるのは読者

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11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

177

のみなさんもどこかで聞いていると思う.数学史の専門家に最新の研究成果を聞 くともっと前にやっていた人がいるかも知れない.いずれにしても最初に考えた 人は偉い. 次は,直線を考えよう.直線は媒介変数 t を用いて   x = pt + a



y = qt + b z = rt + c

のように表せる.t のとりうる範囲は {¯ 0, ¯1} = F2 である.したがって,どの直 線も 2 点からなる.直線は 2 点を定めると決まってしまうから F2 3 内の直線は全 部で 8 C2 = 28 本ある. ●問● 11.1 空間 F2 3 において,平面 x + y + z = 0 と平面 z = 0 の交線を求 めよ.

11.2

多項式環のイデアルと線形符号の一例

テキスト,音楽,映像などのデータ媒体の読み書きデバイスはつねにエラーと 闘っている.太陽系の果てまで探査機を飛ばし,観測データを地球に送り,地球 から指令を送るのは,雑音エラーとの闘いである.さまざまな高度な統計処理を 行うのが解決策だが,この節では有限体上の幾何学の応用としての符号化・復号 化のもっとも簡単な例を紹介する. 信号を遠くに伝えようとすると,途中にさまざまな障害物があって雑音が混入 してくることを覚悟しなければならない.読み取りデバイスにとっては媒体その ものが人によって汚され,傷をつけられていることを想定しなければならない. いずれにしても送り手の信号が正しく受け手に届いたかどうか,受け手がそれを チェックして,もし誤りがあったら受け手自身でそれを自動的に修正できるよう なことができないかを考えてみよう.誤りが検出できるだけでも素晴らしい.送 り手に再送を要求すればよいのだから. データ通信はビットの世界である.情報は F2 n の点とみることができる.少し 準備をしておこう.F2 n に距離関数 d を導入する.

x = (x1 , x2 , · · · , xn ),

y = (y1 , y2 , · · · , yn ) ∈ F2 n

に対して d(x, y) を xi ̸= yi となる i ∈ {1, 2, · · · , n} の総数と定める.ハミング

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178

第 11 章

有限体の応用

距離とよばれている.たとえば u = (1, 1, 1, 0), v = (1, 0, 0, 0) ∈ F2 4 とすると

d(u, v) = 2 である. ●問● 11.2 d が以下の距離の公理をみたすことを確かめよ. (1) d(x, y) ≧ 0,等号は x = y のときのみ. (2) d(x, y) + d(y, z) ≧ d(x, z). 誤り検出,自動修正の素朴な試み,誰でも思いつく例から検討しよう. 念押しの方法

4 ビットの情報を送りたいとする.受け手も 4 ビットで可能な 24 = 16 通りの ひとつを待っているものとする.個々の可能な 4 ビットのメッセージは F2 4 の 元とみなしてよい.単に 4 ビットをそのまま伝えてそれだけというのでは,雑音 に邪魔されたら誤った情報が受け取られて終わる.これではまずいので次のよう な工夫をする.

4 ビットで可能なメッセージの全体 F2 4 をより大きな空間,たとえば F2 12 の 中に埋め込む.つまり単射

τ : F2 4 → F2 12 を構成する.有力な候補は

τ : (x1 , x2 , x3 , x4 ) 7→ (x1 , x2 , x3 , x4 , x1 , x2 , x3 , x4 , x1 , x2 , x3 , x4 ) という定義だ. すると任意の x, y ∈ F2 4 に対して x ̸= y ならば

d(τ (x), τ (y)) ≧ 3 が成り立つ.読者はすぐ確かめてほしい. 単射 τ を定めることを符号化という.送り手は 4 ビットのメッセージ x ∈ F2 4 を τ で加工して τ (x) ∈ F2 12 として送り出す.加工といっても大した芸はない. 繰り返して念を押すだけのことだ.しかし,これが後の議論の土台となるから, この例をじっくり研究しよう. 雑音がなければ,受け手は τ (F2 4 ) ⊂ F2 12 内の 1 点にあたる加工されたメッ

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11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

179

セージを受け取る.τ (F2 4 ) 内の点は互いに距離 3 以上離れている.この事実が重 要だ. 雑音は無視できないが,そう度々は起こらず,12 ビット中,誤りは高々1 つと 仮定できるような状況で考えることにしよう.誤りがなければ受け手は τ (F2 4 ) 内の 1 点を受け取る.誤りが 1 つあると τ (F2 4 ) から距離 1 だけ離れた F2 12 内 の点を受け取る. 図 11.3 は F2 12 を単純化して描いたものだが,τ (x),τ (y), τ (z) などを受信 したら,受け手はメッセージはそれぞれ x, y, z であったと結論してよいだろう. エラーが発生して r を受信したとすると,受け手は,まず τ (F2 4 ) の点で r に

図 11.3

良好な通信状態

もっとも近い点(距離 1)の τ (x) を見出し,正しいメッセージは x であったと 結論してよいだろう.このとき r から距離 1 の τ (F2 4 ) の点はただ 1 つに決まる. もし 2 か所の誤りまで修正したければ,もっと条件をゆったり設定して

d(τ (x), τ (y)) ≧ 5 となるような写像 τ : F2 4 → F2 20 を構成すればよい.ずいぶん贅沢ではあるが. 今度はもっと効率的な方法を紹介しよう.4 ビットの情報を伝えたいときに, 念押しの方法だと 12 ビットで符号化したが,同等の誤り検出・修正能力を 7 ビッ トの符号化で実現するものだ.通信環境は先の念押しの例と同じとする.つまり, 誤りの可能性はあるが,あっても 1 回であろうと仮定する.念押しの場合と同様 に単射

τ : F2 4 → F2 7 を構成する.以下で紹介するのは線形符号とよばれるもののもっとも単純な例で ある.τ の定義は後回しにして,その利用方法を説明しておこう.

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180

第 11 章

有限体の応用

(1)送り手は言いたいことを 4 ビットで,つまり x ∈ F2 4 で表す. (2)符号化して,つまり τ (x) ∈ F2 7 に加工して送信. (3)受け手には y ∈ F2 7 が届いたとする. (4) y ∈ Im τ ならば誤りがなかったする.y ̸= Im τ ならば途中で誤りが生じ たことが分かる. 以上の筋書きをできるだけ効率的に実現してみよう.剰余環

A = F2 [X]/(X 7 − 1) F2 [X] を考える.これは F2 上の 7 次元ベクトル空間でもある.実際,次のような基底 がとれる.

¯1, X, X 2 , · · · , X 6 この基底のもとで A と F2 7 を同一視しよう.つまり

(a0 , a1 , · · · , a6 ) ∈ F2 7 と

a0 + a1 X + a2 X 2 + · · · + a6 X 6 を同一視するのである.

X 7 − 1 = (X + 1)(X 3 + X + 1)(X 3 + X 2 + 1) と因数分解できるから

I = X3 + X2 + 1 A は A のイデアルになる.I は A の F2 線形部分空間でもある.この部分空間の基 底を求めよう.

X 3 + X 2 + 1 · 1 = X 3 + X 2 + 1 = f⃗0 X 3 + X 2 + 1 · X = X 4 + X 3 + X = f⃗1 X 3 + X 2 + 1 · X 2 = X 5 + X 4 + X 2 = f⃗2 X 3 + X 2 + 1 · X 3 = X 6 + X 5 + X 3 = f⃗3 とおく.f⃗0 , f⃗1 , f⃗2 , f⃗3 が線形独立であることを示そう.

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11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

181

a0 f⃗0 + a1 f⃗1 + a2 f⃗2 + a3 f⃗3 = ⃗0 をみたす a0 , a1 , a2 , a3 ∈ F2 は a0 = a1 = a2 = a3 = 0 しかないことを示せば よい.左辺を計算して整理すると a0 + a1 X + (a0 + a2 )X 2 + (a0 + a1 + a3 )X 3 + (a1 + a2 )X 4 + (a2 + a3 )X 5 + a3 X 6

=¯ 0 1, X, X 2 , · · · , X 6 は F2 線形独立だから,これらの係数はすべて 0 である.連立 方程式を解けば

a0 = a1 = a2 = a3 = 0 が得られる.さらに

X3 + X2 + 1 · X4 = X7 + X6 + X4 = X6 + X4 + 1 = f⃗3 + f⃗2 + f⃗0

(11.1)

X3 + X2 + 1 · X5 = X8 + X7 + X5 = X5 + X + 1 = f⃗2 + f⃗1 + f⃗0 X3

+

X2

+1·

X6

=

X9

=

X6

+

X8

+

(11.2)

X6

X2

+ +X ⃗ ⃗ = f3 + f2 + f⃗1

(11.3)

は少し計算すると簡単に得られる(章末問題で触れる).これらの結果は f⃗0 , f⃗1 ,

f⃗2 , f⃗3 が I の F2 線形空間としての基底であることを示している. 先延ばしにしていた τ : F2 4 → F2 7 を次のように定義しよう.

τ : (a0 , a1 , a2 , a3 ) 7→ X 3 + X 2 + 1 · a0 + a1 X + a2 X 2 + a3 X 3 この定義は

τ : (a0 , a1 , a2 , a3 ) 7→ a0 f⃗0 + a1 f⃗1 + a2 f⃗2 + a3 f⃗3 とも書き直せる.さらに次のような書き方をしても同じことである.

τ : (a0 , a1 , a2 , a3 ) 7→ a0 + a1 X + (a0 + a2 )X 2 + (a0 + a1 + a3 )X 3 + (a1 + a2 )X 4 + (a2 + a3 )X 5 + a3 X 6

写像 τ は F2 線形写像である.F2 4 の基底

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182

第 11 章

有限体の応用

  1 0  , 0

  0 1  , 0

  0 0  , 1

  0 0   0

0

0

0

1

および F2 の基底 7

¯ 1,

X,

X 2,

··· ,

に関する τ の行列の表現は 

  a0 1 a1   0      a0  a0 + a2   1  a1         τ :  a2  7→  a0 + a1 + a3  =  1  a1 + a2   0    a3  a2 + a3   0 a3 0

X6

0 1 0 1 1 0 0

0 0 1 0 1 1 0

 0   0  a0 0   a1    1   a2   0 a 3 1 1

となる. 次に,受け手が F2 7 のベクトルを見て,それが Im τ に入っているかどうかを チェックする方法を考えよう.受信した

f (X) = b0 + b1 X + b2 X 2 + · · · + b6 X 6 ∈ A = F2 7 が I に入るかを判定したい. ◆命題 11.1 ◆

以下の同値性が成り立つ.

f (X) ∈ I ⇐⇒f (X) · X + 1 · X 3 + X + 1 = f (X) · X 4 + X 3 + X 2 + 1 = ¯0 ◆証明◆

(i) =⇒ を示す.

f (X) ∈ I ならば f (X) = X 3 + X 2 + 1 · g(X) と書ける.したがって f (X) · X 4 + X 3 + X 2 + 1 = X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 3 + X 2 + 1 · g(X) = X 7 − 1 · g(X) = ¯0 が得られる. (ii) ⇐= を示す.

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11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

183

f (X) · X 4 + X 3 + X 2 + 1 = ¯0 とする.f (X) を X 3 + X 2 + 1 で割ったときの商を h(X),余りを r(X) とす ると

f (X) = X 3 + X 2 + 1 · h(X) + r(X) である.両辺に X 4 + X 3 + X 2 + 1 を乗ずると,仮定より

¯ 0 = X 4 + X 3 + X 2 + 1 · r(X) となる.もし r(X) ̸= 0 であったとすると r(X) の次数は 2 次以下だから右辺の 次数は 4, 5, 6 のいずれかになり,7 次に届かないから ¯ 0 にはならない.したがっ て r(X) = 0 である.以上により

f (X) = X 3 + X 2 + 1 · h(X) となり,f (X) ∈ I が分かる.

A のイデアル J = X 4 + X 3 + X 2 + 1 A を考えよう.そして σ : F2 7 = A→J を σ : f (X) 7→ f (X) · X 4 + X 3 + X 2 + 1 で定義する.受け手は受信データ f (X) に σ を作用させて ¯ 0 になるかどうかを チェックする.¯ 0 になれば f (X) ∈ Im τ であり,τ は単射だから,そのまま正し いメッセージを取り出せる. 以上の議論は次の一言でまとめられる.

Im τ = ker σ 図 11.4 のような状況だ. では f (X) ∈ / ker σ つまり f (X) ∈ / Im τ だったとき,受け手はどうしたらよ いだろうか.そのためにイデアル J をもう少し研究しよう. まず,J の F2 ベクトル空間としての基底を求める.

X 4 + X 3 + X 2 + 1 · ¯1 = X 4 + X 3 + X 2 + 1 = e⃗0 X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X = X 5 + X 4 + X 3 + X = e⃗1 X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 2 = X 6 + X 5 + X 4 + X 2 = e⃗2

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184

第 11 章

有限体の応用

図 11.4 Im τ = ker σ

とおくと

e⃗0 ,

e⃗1 ,

e⃗2

は J の基底となる. ●問● 11.3 e⃗0 , e⃗1 , e⃗2 が F2 上線形独立であることを示せ. ●問● 11.4 以下の等式を確かめよ.

X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 3 = e⃗1 + e⃗3 X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 4 = e⃗1 + e⃗2 + e⃗3 X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 5 = e⃗1 + e⃗2 X 4 + X 3 + X 2 + 1 · X 6 = e⃗2 + e⃗3 F2 7 の基底 ¯ 1, X, · · · , X 6 と J の基底 e⃗0 , e⃗1 , e⃗2 に関して σ を行列で表示して みよう.

 a0     a0  1 0 0 1 1 1 0 . . σ :  ..  7→  0 1 0 0 1 1 1   ..  0 0 1 1 1 0 1 a6 a6

この右辺にある 3 行 7 列の行列をパリティチェック行列とよぶ. このパリティチェック行列の任意の 2 つの列ベクトルは線形独立である.0 ベ クトルはないから異なっていれば線形独立だ. ◆命題 11.2 ◆

任意の x, y ∈ Im τ (x ̸= y) に対して d(x, y) ≧ 3 で

ある. ◆証明◆

d(x, y) ≦ 2 であったと仮定する.x − y は 2 成分を除いてすべて 0

book

11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

185

になってしまう.第 i, j (i ̸= j) 成分が除外されたとする.x, y ∈ Im τ だから

x − y ∈ Im τ である.Im τ = ker σ だから x − y ∈ ker σ である. パリティチェック行列の第 i, j 列のベクトルをそれぞれ Pi , Pj とおくと σ(x −

y) = 0 より (xi − yi )Pi + (xj − yj )Pj = 0 となる.Pi と Pj は線形独立であるから xi = yi かつ xj = yj が得られ,これは

x ̸= y に反する. 距離が 3 以上ということが重大な結果だ.先に検討した念押しの方法がそのま ま通用する.しかもビット数で比較すると 12 から 7 に縮小することができる. これは偉大な前進だ. 受信した 7 ビットのデータからメッセージを修復するには次のようにすればよ い.f (X) ∈ A = F2 7 を受信したとする.送り手の本来のメッセージを h(X) と しよう.これを加工して

h(X) · X 3 + X 2 + 1 として送信する.通信路で k + 1 ビット目に誤りが生じると,受信されるものは

f (X) = h(X) · X 3 + X 2 + 1 + Xk となる.両辺に X 4 + X 3 + X 2 + 1 を乗ずると

σ(f (X)) = X k · X 4 + X 3 + X 2 + 1 = σ(X k ) となる. これらを行列表示で考えよう.すると X k は第 k + 1 成分のみ 1 で他は 0 と なる縦ベクトルである.

  0  ...       1 0 0 1 1 1 0 0  0 1 0 0 1 1 1  1  ← 第 k + 1 成分のみ 1    0 0 1 1 1 0 1   0.  . . 0

(11.4)

この行列の積を計算するとパリティチェック行列の第 k + 1 列が得られるはずだ.

book

186

第 11 章

有限体の応用

もし誤りがなければ σ(f (X)) = ¯ 0 で,1 箇所だけ誤りがあれば σ(f (X)) は パリティチェック行列の列ベクトルのうちのいずれかに一致する.それが第 k +

1 (k ≧ 0) 列だったとすると,誤りは第 k + 1 ビットであったことが判明する. そこを修正して

f (X) + X k ∈ Im τ を得る.このようにして得られた f (X) + X k を X 3 + X 2 + 1 で割ってみれば, ちょうど割り切れて h(X) が復元できる. 以上の筋書きを具体例でなぞってみよう. [例 11.1] 送り手の意図したメッセージを t (1, 1, 0, 0) とする.τ で符号化す ると

  1   1   1   1 1 7    τ =  0  ∈ F2 0 1   0 0 0

これが誤りなく伝わればパリティチェック行列を左から掛けると 0 ベクトルにな る.読者はすぐに確かめよ. 誤りが 4 ビット目に生じたとしよう.すると受信されるのは  

1 1   1   7  このビットが反転している →   1  ∈ F2 1   0 0

である.これにパリティチェック行列を左から掛けると  

1 0 1

これはパリティチェック行列(式(11.4))の第 4 列に一致しているので,受け 手は第 4 ビットに誤りがあることを知り修正を行い

book

11.2 多項式環のイデアルと線形符号の一例

187

1 + X + X 2 + X 4 ∈ Im τ ⊂ A を得る.次に τ −1 (1 + X + X 2 + X 4 ) を求める.割り算を実行しよう. X3 + X2

+ 1

) X + X4

1 + X2 + X + 1

X4 + X3 + X X3 + X2 + 1 X3 + X2

+ 1 0

この計算結果 1 + X から正しいメッセージ t (1, 1, 0, 0) を得ることができた. 以上のような計算手順はハードウェア化されてさまざまな電子機器に搭載され ていて人手でやる機会はほとんどないが,さらに効率的な符号化の方法の探求は 続けられている.

【1】F3 3 の幾何学を探求する. (1) 平面の総数を数え上げよ. (2) 直線の総数を数え上げよ. 【2】F2 4 の幾何学を探求する. (1) 平面の総数を数え上げよ. (2) 直線の総数を数え上げよ. この章末問題は,本文中で「計算で簡単に分かる」としてスキップしたところ の埋め合わせである. 【3】F2 [X] の既約多項式を調べる.F2 の範囲で因数分解できないもの,と言い 換えてもよい. (1) 1 次の既約多項式をすべてあげよ. (2) 2 次の既約多項式をすべてあげよ. (3) 3 次の既約多項式をすべてあげよ. (4) 4 次の既約多項式をすべてあげよ. 【4】式(11.1) ( , 11.2) ( , 11.3)を導け.改めて問題を整理すると

book

188

第 11 章

有限体の応用

f⃗0 = X 3 + X 2 + 1 f⃗1 = X 4 + X 3 + X f⃗2 = X 5 + X 4 + X 2 f⃗3 = X 6 + X 5 + X 3 とおくとき

X 6 + X 4 + 1 = f⃗3 + f⃗2 + f⃗0 X 5 + X + 1 = f⃗2 + f⃗1 + f⃗0 X 6 + X 2 + X = f⃗3 + f⃗2 + f⃗1 であることを示せ.

book

第0章 問 0.1 xq + y において xq を固定して y だけすべての整数を走らせると xq + y は整数全体を xq だ けずらした集合,やはり整数全体,を走る. 問 0.2 ti あるいは si は 0 の可能性がある.その場合は pi は素因数ではないと考える.また i > k に 対してはすべて ti = si = 0 と考えればよいから素因数の数が異なる可能性を排除してはいない.

第1章

( ) x

問 1.1

y

( 7→

x′

)

y′

のように変換されるとする.y 座標は変わらないから y ′ = y である.x 成分のみ計算すればよい.

1 (x + x′ ) = b 2 を x′ について解けば

x′ = 2b − x が得られる. 問 1.2

(Rb ◦ Xa )

( ) x y

( = Rb

( )) x Xa

(

y ) x+a

= Rb y ( ) 2b − (x + a) = y ) ( 2b − a − x 2 × = 2 y ( ) x = R 2b−a y 2

book

190

問題の解答

問 1.3

合成の公式があるから計算で示すことができる.

Xa ◦ Rb = R a+2b ,

Rb ◦ Xa = R 2b−a

2

2

を等しいとおいてみると

R a+2b = R 2b−a 2

2

が得られる.直線に関する折り返しだから

a + 2b 2b − a = 2 2 となるはずだ.これから a = 0 が得られる.つまり

Xa ◦ Rb = Rb ◦ Xa ⇔ a = 0 問 1.4

合成に関して閉じていることは演算テーブルを書いてみれば分かる.

Xa

Xb

Xb ◦ S

Xa+b

Xa+b ◦ S

Xa ◦ S Xa+b ◦ S

Xa+b

恒等変換は X0 である.逆変換は

(Xa )−1 = X−a ,

(Xa ◦ S)−1 = X−a ◦ S

である.結合法則は,これらが写像の合成なので当然成り立つ. 問 1.5 合成は三角関数の加法定理そのものだ. ( )( ) cos β − sin β cos α − sin α

(

sin β cos β sin α cos α ) cos α cos β − sin α sin β −(sin α cos β + sin β cos α)

(

sin α cos β + sin β cos α cos α cos β − sin α sin β ) cos(α + β) − sin(α + β)

= =

sin(α + β)

cos(α + β)

のようになっていて閉じている.恒等変換は θ = 0 とすればよい.逆変換は ) ( ) ( cos(−θ) − sin(−θ) cos θ − sin θ −1 = sin(−θ) cos(−θ) sin θ cos θ である.結合法則は写像の合成だから自動的に満たされる. 問 1.6 閉じているかは以下の通り. ( )( ) ( ) ab 0 a 0 b 0 = 0 (ab)−1 0 a−1 0 b−1 恒等変換は a = 1 とすればよい.逆変換は ( )−1 a 0

0 a−1

( =

a−1 0 0

a

)

book

191 で与えられる.結合法則は写像の合成(あるいは行列の積)なのでみたされている. 問 1.7 x 軸の正の部分が一つの B 軌道であることは本文中で示した. x 軸の負の部分は点 (−1, 0) に B を作用させると ( )( ) ( ) −a a 0 −1 = 0 0 a−1 0 となるから a がすべての正の実数を動くとき x 軸の負の部分全体をカバーすることが分かる.y 軸の正の部分は点 (0, 1),負の部分は点 (0, −1) を通る軌道の計算を同様にすればよい.原点が 単独で軌道になるのはさらに簡単に分かる. 【1】 (1) {Xa , Rb | a ∈ 2Z, b ∈ Z} ここで 2Z = {2n | n ∈ Z} (2) {Xa , Rb , Xa ◦ S0 , Rb ◦ S0 | a ∈ 2Z, b ∈ Z} {Xa , Rb , S0 | a ∈ 2Z, b ∈ Z} を答えとしたくなるが,この集合は合成に関して閉じていない. 1.1 節では,以下の合成規則を確かめた.

Xa ◦ Xa′ = Xa′ ◦ Xa = Xa+a′ Rb′ ◦ Rb = X2b′ −2b Xa ◦ Rb = R a+2b 2

Rb ◦ Xa = R 2b−a 2

a, a′

∈ 2Z および

b, b′

∈ Z とすると,右辺の X の添え字については a + a′ ∈ 2Z,

2b′ − 2b ∈ 2Z

であることが分かる.右辺の R の添え字については

a + 2b , 2

2b − a ∈Z 2

であることが分かる. X, R と S0 の合成を計算しておこう. ( ) ( ) ( ) x x x+a Xa ◦ S0 = Xa = y −y −y ( ) ( ) ( ) x x+a x+a S0 ◦ Xa = S0 = y y −y ( ) ( ) ( ) x x 2b − x Rb ◦ S 0 = Rb = y −y −y ( ) ( ) ( ) x 2b − x 2b − x S0 ◦ Rb = S0 = y y −y 以上の計算から Xa と S0 が可換であり,Rb と S0 が可換であることが分かる.さらに

{Xa , Rb , S0 | a ∈ 2Z, b ∈ Z} は閉じていないことが分かる.Xa ◦ S0 (a ̸= 0) や Rb ◦ S0 が含まれていないからだ.

book

192

問題の解答

これらを含めて演算テーブルを書いてやると表 A.1 のようになる. 表 A.1



演算テーブル

Xa′

Rb ′

Xa′ ◦ S0

Rb′ ◦ S0

Xa

Xa+a′

R a+2b′

Xa+a′ ◦ S0

R a+2b′ ◦ S0

Rb

R 2b−a′

X2b−2b′

R 2b−a′ ◦ S0

X2b−2b′ ◦ S0

Xa ◦ S0

Xa+a′ ◦ S0

R a+2b′ ◦ S0

Xa+a′

R a+2b′

R 2b−a′

X2b−2b′



2

Rb ◦ S0

2

R 2b−a′ ◦ S0

2

2

2

2

X2b−2b′ ◦ S0

2

2

この表から

{Xa , Rb , Xa ◦ S0 , Rb ◦ S0 | a ∈ 2Z, b ∈ Z} は閉じていることが読み取れる.S0 = X0 ◦ S0 だから前者は後者の部分集合であることもしっ かり確認してほしい. (3) {Ya , Sa , Ya ◦ R0 , Sa ◦ R0 | a ∈ R} 閉じていることを確かめておく(表 A.2). 表 A.2



演算テーブル

Ya ′

Sa′

Ya′ ◦ R0

Sa′ ◦ R0

Ya

Ya+a′

S a+2b′

Ya+a′ ◦ R0

S a+2b′ ◦ R0

Sa

S 2a−a′

Y2a−2a′

S 2a−a′ ◦ R0

Y2a−2a′ ◦ R0

Ya ◦ R0

Ya+a′ ◦ R0

S a+2a′ ◦ R0

Ya+a′

S a+2a′

S 2a−a′

Y2a−2a′



2

Sa ◦ R0

2

S 2a−a′ ◦ R0 2

2

2

Y2a−2a′

2

2 2

(4) {Ya , Ya ◦ R 3 | a ∈ Z} 2

(5) {I, R0 , S0 , R0 ◦ S0 } 【2】作り方は一通りではないから例をあげる. (1) 直線 x = −1 上で y 座標が偶数になる格子点上に∧印を置き,直線 x = 1 上で y 座標 が偶数になる格子点上に〇印を置く(図 A.1(左)). (2) 直線 x = −1 上で y 座標が偶数になる格子点上に□印を置き,直線 x = 1 上で y 座標 が偶数になる格子点上に〇印を置く(図 A.1(右)). (3) 直線 x = ±1 上で y 座標が偶数になる格子点上に ∧ 印を置く(図 A.2).

book

193

図 A.1 (左)2 本の平行線 ∧ と〇付き,(右)2 本の平行線□と〇付き

図 A.2

2 本の平行線と ∧



【3】 (1)

2π 2π sin  3 3 ◦ S0 =  2π 2π sin − cos 3 3  4π 4π sin cos  3 3 ◦ S0 =  4π 4π sin − cos 3 3 cos

Z 2π 3

Z 4π 3

   = S0 ◦ Z 4π 3

   = S0 ◦ Z 2π 3

(2) {I, Z 2π , Z 4π , S0 , Z 2π ◦ S0 , Z 4π ◦ S0 } 3

3

3

3

【4】 (1) {Z nπ , Z nπ ◦ S0 | n = 0, 1, · · · , 5} 3

3

Z nπ ◦ S0 = S0 ◦ Z− nπ に注意すると,これが閉じていることが分かる. 3

3

(2) {Z nπ | n = 0, 1, · · · , 5} 3

【5】 (1) 図 A.3(左),A.3(右)を参照. (2) 図 A.4(左),A.4(右)を参照. {( ) 【6】 (1) a 0 a, b ∈ R, 0 b

} ab = ±1

book

194

問題の解答

図 A.3

(左)A 軌道,(右)B 軌道

図 A.4

(左)A 軌道,(右)B 軌道

{(

(2)

a 0 0 b

(3)

{(

a 0 0 b

}

) a, b ∈ R,

ab = 1

)

} a, b ∈ R,

a > 0,

b ̸= 0,

ab = ±1

【7】 (1) 図 A.5(左)の正三角形の頂点.

図 A.5 (左)3 点からなる軌道,(中)6 点からなる軌道, (右)円にな る軌道.

book

195 (2) 図 A.5(中)の正六角形の頂点. (3) 図 A.5(右)の曲線.

第2章

(

1 2 3

)

である.逆元の計算例を一つだけ示す.写像 1 7→ 2, 2 7→ 1 2 3 3, 3 7→ 1 の逆写像は 2 7→ 1, 3 7→ 2, 1 7→ 3 だから ( ) ( ) 1 2 3 −1 1 2 3 = 2 3 1 3 1 2 問 2.1

単位元は

となる. 問 2.2 全部書き出してみる. ( ) 1 2 3

(1 2 3) 1 2 3 (3 1 2) 1 2 3 3 2 1

( = e, = (1 3 2), = (1 3),

1 2 3

)

(2 3 1) 1 2 3 (2 1 3) 1 2 3 1 3 2

= (1 2 3) = (1 2) = (2 3)

問 2.3 σ : 1 7→ 2, 2 7→ 3, 3 7→ 1 だから σ 2 : 1 7→ 3, 2 7→ 1, 3 7→ 2 つまり σ 2 = (1 3 2) となる. τ σ = σ 2 τ を示す. ( )( ) ( ) 1 2 3 1 2 3 1 2 3 τσ = = = (2 3) 2 1 3 2 3 1 1 3 2 ( )( ) ( ) 1 2 3 1 2 3 1 2 3 σ2 τ = = = (2 3) 3 1 2 2 1 3 1 3 2

τ σ 2 = στ を示す.

(

τ σ2 =

( στ = 問 2.4

1 2 3

)(

1 2 3

)

2 1 3 3 1 2 )( ) 1 2 3 1 2 3 2 3 1

2 1 3

(

1 2 3

=

)

3 2 1 ) 1 2 3

( =

3 2 1

= (1 3) = (1 3)

{e} は自明,S3 は既出.その他 4 つのテーブルは以下の通り. e τ

逆元 位数

逆元 位数

e

στ

e

e τ

e

1

e

e

στ

e

1

τ

τ e

τ

2

στ

στ

e

στ

2

e

σ2 τ

e

e

σ2 τ

e

1

σ2 τ

σ2 τ

e

σ2 τ

2

逆元 位数

e

σ σ2

e

e

σ σ2

e

1

σ

σ σ2

e

σ2

3

σ2

σ2

σ

σ

3

e

逆元 位数

book

196

問題の解答

問 2.5

合併集合は

{e, τ } ∪ {e, σ, σ 2 } = {e, τ, σ, σ 2 } となる.逆元はそろっているが,τ と σ の積はこの中にはない. 問 2.6 e を通る軌道は左右いずれも部分群 A そのものだから一致している.τ を通る左右の 軌道はそれぞれ

Aτ = {τ, στ, σ 2 τ },

τ A = {τ, σ 2 τ, στ }

となるから Aτ = τ A が確認できる. 問 2.7 Be = eB = B は明らか.σ を通る左右の軌道はそれぞれ

Bσ = {σ, σ 2 τ },

σB = {σ, στ }

だから Bσ ̸= σB が分かる. σ 2 を通る左右の軌道はそれぞれ

Bσ 2 = {σ 2 , στ },

σ 2 B = {σ 2 , σ 2 τ }

だから Bσ 2 ̸= σ 2 B が分かる. 問 2.8 σ を通る左右の B1 軌道を計算する.

B1 σ = {σ, τ },

σB1 = {σ, σ 2 τ }

となるので一致しない. σ を通る左右の B2 軌道を計算する.

B2 σ = {σ, στ },

σB2 = {σ, τ }

となるので一致しない. 問 2.9 a5 を次々累乗してやると C6 のすべての元が現れる.

(a5 )1 = a5 , (a5 )2 = a4 , (a5 )3 = a3 , (a5 )4 = a2 , (a5 )5 = a, (a5 )6 = e 問 2.10 S3 には位数が 1,2,3 の元しかないから,どの元もその累乗のみでは S3 を生成でき ない. 問 2.11 {σ, τ } が S3 の生成系であることは既知. {(1 2), (1 3)} には元々τ = (1 2) が含まれ,(1 3)(1 2) = (1 2 3) = σ が生成できるから結 局 S3 全体を生成できる. 問 2.12 aj aj b 逆元 位数

ai

ai+j

ai+j b a6−i φ(i)

ai b ai−j b ai−j

ai b

2

a6−i は a−i と書いてもよかった.a の肩の指数はすべて mod 6 で読んでほしい.φ(i) につい ては以下の通り. φ(0) = 1, φ(1) = 6, φ(2) = 3, φ(3) = 2, φ(4) = 3, φ(5) = 6

book

197 以上で演算で閉じていること,単位元と逆元の存在は示された. 問 2.13 an b のような元はすべて位数が 2 なので大きさが 2 の巡回群を生成する. 問 2.14 e a3 b a3 b 逆元 位数

e

e

a3

b

a3 b

e

1

a3

a3

e

a3 b

b

a3

2

b

b

a3 b

e

a3

b

2

b

a3

e

a3 b

2

a3 b a3 b e

a3

ab a4 b 逆元 位数

e

e

a3

ab a4 b

e

1

a3

a3

e

a4 b ab

a3

2

ab

ab a4 b

e

a3

ab

2

a4 b a4 b ab

a3

e

a4 b

2

e

a3 a2 b a5 b 逆元 位数

e

e

a3 a2 b a5 b

e

1

a3

a3

e

a5 b a2 b

a3

2

e

a3

a2 b

2

a5 b a5 b a2 b a3

e

a5 b

2

a2 b a2 b a5 b

問 2.15

{e, ab}a = {a, b} ̸= {a, a2 b} = a{e, ab} {e, a2 b}a = {a, ab} ̸= {a, a3 b} = a{e, a2 b} {e, a3 b}a = {a, a2 b} ̸= {a, a4 b} = a{e, a3 b} {e, a4 b}a = {a, a3 b} ̸= {a, a5 b} = a{e, a4 b} {e, a5 b}a = {a, a4 b} ̸= {a, b} = a{e, a5 b}

問 2.16 {e, a3 , ab, a4 b}a = {a, a4 , b, a3 b} ̸= {a, a4 , a2 b, a5 b} = a{e, a3 , ab, a4 b} {e, a3 , a2 b, a5 b}a = {a, a4 , ab, a4 b} ̸= {a, a4 , a3 b, b} = a{e, a3 , a2 b, a5 b} 【1】(1)

e a a2 a3 a4 a5 a6 a7 a8 a9 a10 a11 位数 1 12 6

4

3 12 2 12 3

4

6

12

(2) 位数 12 の元 a, a5 , a7 , a11 が C12 の生成元になる. (3) ⟨x⟩ = {e, x±1 , x±2 , · · · } と 書 く こ と に す る .x が 有 限 位 数 の と き は ⟨x⟩ = {e, x, x2 , · · · } でよい.

⟨e⟩ = {e} ⟨a⟩ = ⟨a5 ⟩ = ⟨a7 ⟩ = ⟨a11 ⟩ = C12 A = ⟨a2 ⟩ = ⟨a10 ⟩ = {e, a2 , a4 , a6 , a8 , a10 } B = ⟨a3 ⟩ = ⟨a9 ⟩ = {e, a3 , a6 , a9 }

book

198

問題の解答

C = ⟨a4 ⟩ = ⟨a8 ⟩ = {e, a4 , a8 } D = ⟨a6 ⟩ = {e, a6 } (4) n が k の倍数でなく,かつ an ∈ N であったとする.

n = km + r

(0 < r < k)

をみたす自然数 m と r が存在する.ak ∈ N だから akm ∈ N である.すると a−km ∈ N が 成り立つので

an a−km = ar ∈ N となり,k の最小性に反する. (5) (4)によると C12 の部分群はすべて巡回群だから C12 の自明でない部分群は(3)で 見つけた A, B, C, D で尽くされる.

C12 /A = {A, aA} C12 /B = {B, aB, a2 B} C12 /C = {C, aC, a2 C, a3 C} C12 /D = {D, aD, · · · , a5 D} 【2】(1)ak (k ≧ 2) が生成元だとすると他の任意の元が akm となってしまう.akm = a とは 決してならない.a−k を生成元と仮定しても同様に不合理になる. (2)【1】(4)と同じ. (3) 自明でない C∞ の部分群はすべて

⟨ak ⟩ = {e, a±k , a±2k , a±3k , · · · } の形をしている.ここで k は 2 以上の自然数ならどれでもよい. 【3】(1)表 A.3 に完全な姿で示す. 表 A.3 D4 の演算テーブル





e a a2 a3 b ab a2 b a3 b

e

a

a2

a3

b

ab

a2 b

a3 b

逆元

位数

e a a2 a3 b ab a2 b a3 b

a a2 a3 e a3 b b ab a2 b

a2 a3 e a a2 b a3 b b ab

a3 e a a2 ab a2 b a3 b b

b ab a2 b a3 b e a a2 a3

ab a2 b a3 b b a3 e a a2

a2 b a3 b b ab a2 a3 e a

a3 b b ab a2 b a a2 a3 e

e a3 a2 a b ab a2 b a3 b

1 4 2 4 2 2 2 2

このテーブルで D4 が演算で閉じていて,各元に対して逆元が存在し,単位元が存在すること が分かる.結合法則については 2.4 節の 2 面体群 D6 の計算のように,演算規則を u

ai bu · aj bv = ai+(−1)

j u+v

b

book

199 とまとめると議論しやすい.a の肩の指数は

mod 4 で,b の肩の指数は

mod 2 で計算する.

(ai bu · aj bv ) · ak bw = ai bu · (aj bv · ak bw ) を示せばよい.両辺とも計算すると u

ai+(−1)

j+(−1)u+v k u+v+w

b

であるから結合法則も成り立っている. (2) D4 の巡回部分群 A0 = {e, a, a2 , a3 } およびその部分群 A1 = {e, a2 },{e} をまず あげておこう. その他の D4 の部分群を仮に N とおくと,A0 ∩ N は A0 の部分群であるから

A0 ∩ N = A0 または A1 または {e} が分かる. i) A0 ∩ N = A0 の場合. |N | > 4 でかつ |N | は |D4 | = 8 の約数だから N = D4 になるしかない. ii) A0 ∩ N = A1 の場合. am b, an b ∈ N を任意にとってくると

(am b)(an b) = am (ban )b = am (a4−n b)b = am−n となり am−n ∈ A0 ∩ N である.したがって m − n ≡ 0 mod 2 が分かる.N は以下の B1 か B2 の 2 つの可能性しかない.

B1 = {e, a2 , b, a2 b},

B2 = {e, a2 , ab, a3 b}

演算テーブルを書いてみれば,これらが群であることが確かめられる. iii) A0 ∩ N = {e} の場合. am b, an b ∈ N を任意にとってくると

(am b)(an b) = am (ban )b = am (a4−n b)b = am−n となり am−n ∈ A0 ∩ N = {e} である.したがって m = n が分かる.N は以下の C1 , C2 , C3 , C4 のいずれかである.

C1 = {e, b},

C2 = {e, ab},

C3 = {e, a2 b},

C4 = {e, a3 b}

(3) 大きさが親の半分の部分群はすべて正規だから A0 , B1 , B2 は正規部分群である.また 自明な部分群 {e} と D4 自身も正規部分群である. aC1 = {a, ab} で C1 a = {a, a3 b} だから C1 は正規ではない.同様にして C2 , C3 , C4 も 正規でないことが確かめられる. A1 = {e, a2 } において a2 は D4 のすべての元と可換なので,A1 は正規である. 【4】(1)演算テーブルは

aj

aj b

ai

ai+j

ai

ai−j b ai−j

逆元 位数

ai+j b a5−i o(i) ai b

2

book

200

問題の解答

である.ここで a の肩に乗っている指数は mod 5 で計算するものとする.また  1 (i = 0 のとき) o(i) = 5 (i ̸= 0 のとき) である.このテーブルは閉じていることが確認できる.また,単位元が存在し,各元に対して逆元 が存在することも確認できる.さらに 2.4 節の 2 面体群 D6 や前問の D4 のように演算規則を u

ai bu · aj bv = ai+(−1)

j u+v

b

と書くことができる.D5 の場合は,a の肩の指数は mod 5 で,b の肩の指数は mod 2 で計算 する.結合法則の証明は前問と同じである. (2)D5 の部分群 A0 = {e, a, a2 , a3 , a4 } を考える.大きさは親の半分だから正規部分群で ある.A0 の部分群は自明なもの {e},A0 しかない.したがって,D5 の任意の部分群 H に対 して H ∩ A0 は 2 つの可能性しかない. i) H ∩ A0 = {e} の場合,H − A0 の任意の 2 つの元 ai b,aj b について ai b · aj b = ai−j ∈ A0 である.仮定により i = j となる.すると部分群の候補は

B1 = {e, b}, B2 = {e, ab}, B3 = {e, a2 b}, B4 = {e, a3 b}, B5 = {e, a4 b} にしぼられ,これらはすべて大きさが 2 の巡回群になっている. ii) H ∩ A0 = A0 の場合,A0 は大きさが親の半分の部分群だから,H = A0 または H = D5 となってしまう. (3){e},A0 ,D5 が正規部分群であることはすでに述べた.Bi (i = 1, · · · , 5) はすべて正 規でない部分群である.左右の軌道が異なることを確認すればよい.

{e, ai b}a = {a, ai−1 b} a{e, ai b} = {a, ai+1 b} となる.i − 1 ̸≡ i + 1 mod 5 だから Bi a ̸= aBi である. 【5】(1)演算で閉じているのは明らかだからテーブルは省略する.1, −1 が他のすべての元と可 換であること,および i, j, k の間の対称性を考えると,結合法則は (ij)k = i(jk) だけを確かめ ればよい.両辺とも −1 で成り立っている. (2)−1 の位数は 2,±i, ±j, ±k の位数は 4 である.これらを生成元とする巡回群をすべ て列挙すると

{1, −1},

{±1, ±i},

{±1, ±j},

{±1, ±k}

である.位数が 2 の元は −1 しかないので大きさが 2 の部分群は {1, −1} の他にない. 大きさが 4 の部分群で仮に巡回群でないものがあったとしよう.するとそのような群の元の位 数は 1 か 2 である.なぜなら,もし位数 4 の元があったら巡回群になってしまうからだ.位数が 1 か 2 という元は ±1 しかないので,大きさが 4 の部分群で巡回群でないものは不可能である. 残りは自明な部分群 {1} と Q8 である. (3) 自明な部分群と大きさが親の半分の部分群はすべて正規だから {1, −1} だけ検査すれば よい.1 も −1 もすべての元と可換だから左右の軌道は一致する.したがってこれも正規部分群 である.

book

201 【6】(1)行列の乗法の定義から,結合法則が成り立つこと,単位元が単位行列であることがすぐ に分かる.逆行列が逆元であるが,その計算を掃き出し法でやっても,余因子行列を使っても元 の正則行列が実数成分なら逆行列も実数成分であることが分かる. (2) SL(n, C) ⊂ GL(n, C) だから SL(n, C) が乗法や逆行列をとる操作で閉じていること を示せばよい. X, Y ∈ SL(n, C) の任意の 2 元とする.det(XY ) = det X × det Y = 1 なので乗法に関し て閉じている.det(X −1 ) = 1/ det X = 1 だから逆行列をとる操作に関しても閉じている. (3) SL(n, Z) ⊂ SL(n, C) だから SL(n, Z) が乗法や逆行列をとる操作で閉じていること を示せばよい. X, Y ∈ SL(n, Z) の任意の 2 元とする.XY の成分はすべて足し算と掛け算の結果だから, XY の成分はすべて整数であり,det(XY ) = det X × det Y = 1 なので乗法に関して閉じてい

˜ とおく. る.X の余因子行列を X X −1 =

1 ˜ ˜ X=X det X

˜ の成分はすべて足し算と掛け算の結果だから,X ˜ の成分はすべて整数であり, において X det X −1 × det X = 1 かつ det X = 1 だから det X −1 = 1 が分かるので,逆行列をとる操作 に関しても SL(n, Z) は閉じている.

第3章 問 3.1 x の位数が k < n だったとしよう.k が n の約数でないとすると n = qk + r かつ 0 < r < k をみたす自然数 r が存在する.

e = xn = xqk+r = (xk )q xr = xr となり k が位数であることに反する. 問 3.2 まず,φ(x(ker φ)) = {φ(x)} を示す.任意の s ∈ ker φ に対して

φ(xs) = φ(x)φ(s) = φ(x)e2 = φ(x) であることが分かる.これで x を出発する右 ker φ 軌道は丸ごと {φ(x)} に写されることが示さ れた. もう一つの右軌道 y(ker φ) をとってくると,これも丸ごと {φ(y)} に写される.φ(x) = φ(y) だとすると

φ(x)φ(y −1 ) = e2 となり,左辺は

φ(xy −1 ) だから xy −1 ∈ ker φ であることが分かる.すると

x(ker φ) = y(ker φ) となり,同じ右軌道になってしまう.

book

202

問題の解答

問 3.3

e

τ

σ

σ2 τ

σ2

στ

σ2

στ

e

e

τ

σ

σ2 τ

τ

τ

e

σ2 τ

σ

στ

σ2

σ

σ

στ

σ2

τ

e

σ2 τ

σ2 τ

σ2 τ

σ2

στ

e

τ

σ

σ2

σ2

σ2 τ

e

στ

σ

τ

στ

στ

σ

τ

σ2

σ2 τ

e

【1】生成元の像を決定していく. (1) φ : C2 → C4 とおく.φ(a) の位数は 1 または 2 だから,φ(a) = e または φ(a) = c2 である. i) φ(a) = e の場合(自明な準同型写像)

/ C4 /e /e

φ : C2  e  a

Im φ = {e}.

ker φ = C2 , ii)

φ(a) =

c2

の場合

/ C4 /e / c2

φ : C2  e  a ker φ = {e},

Im φ = {e, c2 }.

(2) φ : C4 → C2 とおく.φ(c) の位数は 4 の約数 1,2,4 のいずれかである,C2 に位 数 4 の元はないから φ(c) = e または φ(c) = a である. i) φ(c) = e の場合は自明な準同型写像である.

Im φ = {e}.

ker φ = C4 , ii)

φ(c) = a の場合 φ : C4  e  c  c2 c3



ker φ = {e, c2 },

/ C2 /e /a /e /a Im φ = C2 .

(3) φ : C3 → C6 とおく.φ(b) の位数は 3 の約数 1 または 3 である.C6 の位数 3 の元 は c2 と c4 の 2 つである.φ(b) = e または φ(b) = d2 または φ(b) = d4 である.

book

203 i)

φ(b) = e の場合は自明な準同型写像である. Im φ = {e}.

ker φ = C3 , ii)

φ(b) = d2 の場合

/ C6 /e / d2 / d4

φ : C3  e  b



b2 ker φ = {e}, iii)

Im φ = {e, d2 , d4 }.

φ(b) = d4 の場合 φ : C3  e  b b2 ker φ = {e},



/ C6 /e / d4 / d2

Im φ = {e, d2 , d4 }.

(4) φ : C3 → C4 とおく.φ(b) の位数は 3 の約数 1 または 3 である.C4 の位数 3 の元 は存在しないから φ(b) = e が確定する.したがって自明な準同型写像しかない.

ker φ = C3 , 【2】自明なものを除いてあげていく. (1) / S3 φ : C2 φ : C2   /e e e   /τ a a

Im φ = {e}.

/ S3 /e

/ στ

いずれも ker φ = {e} で Im はそれぞれ明らか. (2) / S3 φ : C3 φ : C3   /e e e   / σ b b   / σ2 b2 b2

φ : C2  e  a

/ S3 /e

/ σ2 τ

/ S3 /e / σ2 /σ

どちらも ker φ = {e}, Im φ = {e, σ, σ 2 }. (3) φ : C6 → S3 とおく. φ(d) の位数は 1,2,3,6 のいずれか.S3 には位数 6 の元はないので φ(d) の可能性は e, τ , στ , σ 2 τ , σ, σ 2 がすべてである. φ(d) の位数が 2 と 3 の場合の代表的なものだけ以下に記す. i) φ(d) = στ の場合.

book

204

問題の解答

C6

=

{

ej d_2 dR4



{

e

dj d_3 d R5 }

φ



S3





ker φ = {e, d2 , d4 }, ii)

}

στ Im φ = {e, στ }.

φ(d) = σ の場合. C6

=

{



{

dU3

eg

dT4

dh

dR5 }

2 dl

φ



S3



ker φ = {e, d3 },





e

σ2

σ

}

Im φ = {e, σ, σ 2 }.

【3】 (1) D4 について.自明な正規部分群は省く.

D4 /A0 = {A0 , bA0 } D4 /B1 = {B1 , bB1 } D4 /B2 = {B2 , bB2 } いずれも C2 と同型.演算テーブルは D4 /A0 のみ記す(表 A.4). 表 A.4





A0 bA0

D4 /A0 の演算テーブル

A0

bA0

逆元

位数

A0 bA0

bA0 A0

A0 bA0

1 2

D4 /A1 = {A1 , aA1 , bA1 , abA2 } は表 A.5 のようになる. 表 A.5





A1 aA1 bA1 abA1

D4 /A1 の演算テーブル

A1

aA1

bA1

abA1

逆元

位数

A1 aA1 bA1 abA1

aA1 A1 abA1 bA1

bA1 abA1 A1 aA1

abA1 bA1 aA1 A1

A1 aA1 bA1 abA1

1 2 2 2

(2) Q8 について.自明な正規部分群は省くと {1, −1}, {±1, ±i}, {±1, ±j}, {±1, ±k} がすべて. Q8 /{1, −1} について調べる.軌道分解は

Q8 /{1, −1} = {{1, −1}, {i, −i}, {j, −j}, {k, −k}}

book

205 となり,剰余群の演算テーブルは表 A.6 のようになる. 表 A.6





{±1} {±i} {±j} {±k}

Q8 /{±1} の演算テーブル

{±1}

{±i}

{±j}

{±k}

逆元

位数

{±1} {±i} {±j} {±k}

{±i} {±1} {±k} {±j}

{±j} {±k} {±1} {±i}

{±k} {±j} {±i} {±1}

{±1} {±i} {±j} {±k}

1 2 2 2

大きさが 4 の正規部分群については {1, −1, i, −i} について記す.その他は同様にできる.軌 道分解は

Q8 /{±1, ±i} = {{±1, ±i}, {±j, ±k} である.剰余群の演算テーブルは表 A.7 のようになる. 表 A.7

Q8 /{±1, ±i} の演算テーブル



{±1, ±i}

{±j, ±k}

逆元

位数

{±1, ±i} {±j, ±k}

{±1, ±i} {±j, ±k}

{±j, ±k} {±1, ±i}

{±1, ±i} {±j, ±k}

1 2



第4章 問 4.1

x ∈ {n1 , n2 , · · · , nℓ } のとき,x = ni とすると (n1 n2 · · · nℓ )x = (n1 n2 · · · nℓ )ni = n(i+1

である.仮定より n(i+1

mod ℓ)

mod ℓ)

∈ / {m1 , m2 , · · · , mk } であるから

(m1 m2 · · · mk )n(i+1

mod ℓ)

= n(i+1

mod ℓ)

である.つまり

(m1 m2 · · · mk )(n1 n2 · · · nℓ )ni = n(i+1

mod ℓ)

となる.また ni ∈ / {m1 , m2 , · · · , mk } に注意すると

(n1 n2 · · · nℓ )(m1 m2 · · · mk )ni = (n1 n2 · · · nℓ )ni = n(i+1

mod ℓ)

が分かる.合わせると結論を得る. 問 4.2 (1 2 3)(1 2) = (1 3) だからその 3 乗は (1 3) である.(1 2 3)3 = e, (1 2)3 = (1 2) だから (1 2 3)3 (1 2)3 = (1 2) である.

book

206

問題の解答

問 4.3

1 を含む長さ 3 のサイクルは 1 を先頭に固定して表示し,辞書式に列挙すると (1 2 3) (1 2 4) (1 3 2) (1 3 4) (1 4 2) (1 4 3)

である.1 を含まない長さ 3 のサイクルは 2 を先頭に固定して表示し,辞書式に列挙すると

(2 3 4) (2 4 3) である.以上 8 個がすべて. 列挙する戦略は他にも考えつく.たとえば,サイクルから除外する数の選び方が 4 通りあり, それぞれにつき 2 通りのサイクルが可能だ. 問 4.4 互換の 1 の相手を選べば確定するから (1 3)(2 4) の共役は (1 2)(3 4) と (1 4)(2 3) に限る. 【1】(1) (2) (3) 【2】(1)

(1 5 7)(2 4)(3 6 8).位数は 6. (1 5)(2 7 8 4 6 3).位数は 6. (1 3 5)(4 7 8).位数は 3. すべての S5 の互換を並べればよい.(1 2) を含めて辞書式に書き出すと (1 2), (1 3), (1 4), (1 5), (2 3), (2 4), (2 5), (3 4), (3 5), (4 5)

となる. (2) (1)で得られた互換の 1 つ 1 つに対して残っている数字で長さ 3 のサイクルはそれ ぞれに 2 通り可能だから合計 2 × 10 = 20 個ある. (3) 1 つあげる. ( ) 1 2 3 4 5 a= = (1 4)(2 5) 4 5 3 1 2 とおくと a−1 = a となる.この a が共役を与えるか検算してみよ. もう 1 つあげる.a = (1 2 3 4 5)3 = (1 4 2 5 3) とすると a−1 = (1 2 3 4 5)2 = (1 3 5 2 4) となる.この a が共役を与えるか検算してみよ. どれだけ自由度があるかを探求するには正規化群および中心化群という概念が必要になってく る.文献[2]で勉強してほしい. 【3】この問題は本書の範囲外のシローの定理を使って考察するのがスマートであるし,一般的な 議論の方法につながる.しかし,S4 特有の事情を使えば,これまで積み上げてきたテクニックだ けでできることを以下の解答例で紹介する. (1) 大きさが 2 の部分群は巡回群である.生成元となる位数 2 の元と 1 対 1 に対応する. S4 の位数 2 の元は互換 (1 2) と共役なものが自身も含めて 6 個ある.単位元 e と組ませれば大 きさ 2 の部分群になり,それらはすべて互いに共役である.

{e, (1 2)}, · · · , {e, (3 4)} 位数 2 の元で (1 2)(3 4) と共役なものが自身を含めて 3 個ある.単位元 e と組ませれば大き

book

207 さ 2 の部分群になり,それらはすべて互いに共役である.

{e, (1 2)(3 4)},

{e, (1 3)(2 4)},

{e, (1 4)(2 3)}

(2) 大きさが 3 の部分群は巡回群になる.生成元となる位数 3 の元と 2 対 1 に対応する. なぜ 2 対 1 かというと,生成元の 2 乗も同じ群の生成元になるからである. 位数 3 の元は S4 においてはいずれも長さ 3 のサイクルになる.これらは合計 8 個あるが 4 組のペアとなって単位元と合わせると大きさ 3 の部分群になる.列挙すると

{e, (1 2 3), (1 3 2)},

{e, (1 2 4), (1 4 2)},

{e, (1 3 4), (1 4 3)},

{e, (2 3 4), (2 4 3)}

となる.これらは互いに共役である. (3) 大きさが 4 の部分群のうち巡回群は位数 4 の元が生成元となる.それらと巡回部分群は 2 対 1 に対応する.なぜ 2 対 1 かというと,生成元の 3 乗も同じ群の生成元になるからである. 位数 4 の元は S4 においてはいずれも長さ 4 のサイクルになる.これらは合計 6 個あるが 3 組 のペアとなって単位元と生成元の 2 乗とを合わせると大きさ 4 の巡回部分群になる.列挙すると

{e, (1 2 3 4), (1 3)(2 4), (1 4 3 2)} {e, (1 2 4 3), (1 4)(2 3), (1 3 4 2)} {e, (1 3 2 4), (1 2)(3 4), (1 4 2 3)} となる.これらは互いに共役である. 大きさが 4 の部分群のうち巡回群でないものは位数が 4 の元を含むことができない.位数が 2 の元が生成系をなす.位数が 2 の元は S4 においては (1 2) に共役なものと (1 2)(3 4) に共役 なものに分類できる.(1 2) と可換でない互換を生成系とすると S3 と同型な大きさが 6 の群が 生成されてしまうので可換なものと組み合わせるしかない.(1 2) と可換な互換は (3 4) しかな い.候補としては

{e, (1 2), (3 4), (1 2)(3 4)} だけになる.この部分群と共役なものを列挙すると

{e, (1 3), (2 4), (1 3)(2 4)} {e, (1 4), (2 3), (1 4)(2 3)} だけである. 互換を含む大きさが 4 の部分群はこれで尽くされた.互換でない位数 2 の元を生成系とする大 きさが 4 の部分群を考えよう.互換でない位数が 2 の元を列挙すると

(1 2)(3 4),

(1 3)(2 4),

(1 4)(2 3)

の 3 個しかない.これらと単位元 e を合わせると幸運にも部分群になってしまう.しかも正規部 分群である.つまり共役な部分群は自分自身しかない. 以上で大きさが 4 の部分群はすべて発見できた. (4) 大きさが 6 の部分群は巡回群にはならない.なぜなら S4 の元で位数 6 の元はないから だ.可能性は位数 2, 3 の元で生成されるものだけである.

book

208

問題の解答

長さ 3 のサイクルとそのサイクル内の数字だけを使った互換,たとえば (2 3 4) と (2 3) か ら生成される群は S3 と同型で合計 4 個あり,すべて互いに共役である. 長さ 3 のサイクルと共有しない数字をもつ互換から生成される群はどうなるだろうか.たとえば

(1 2 3)(3 4) = (1 2 3 4) のように長さ 4 のサイクルが現れる.一般的にも共通する数字を長さ 3 のサイクルの表現で末尾 にもってくれば,この具体例と同じになることが見やすい.

(b c a)(c d) = (c a b)(c d) = (a b c)(c d) = (a b c d) 位数 4 の元の出現はまずいから,この可能性は排除する.結論としては大きさが 6 の部分群は S3 と同型なものが 4 個あり,それらはすべて互いに共役となる. (5) 大きさが 8 の部分群. i) 大きさが 8 の部分群は S4 に位数 8 の元がないから巡回群にはなれない. ii) 単位元と位数 2 の元だけからなる大きさが 8 の部分群をつくることが可能か考察する. 位数が 2 の元を列挙すると,互換が 6 個と以下の偶置換

(1 2)(3 4),

(1 3)(2 4),

(1 4)(2 3)

の 3 個を合わせて合計 9 個である.偶置換の 3 個は互いに可換である.互いに可換な位数 2 の 2 つの元の積は位数が 2 である.それらの間で可換でないもの同士の積はどうなるだろうか. 以下 {a, b, c, d} = {1, 2, 3, 4} とする.可換でない積は次の 2 パターンしかない.

• (a b) · (b c) = (a b c) は長さ 3 のサイクルの発生を示している. • (a c) · (a b)(c d) = (a b c d) であり,左右入れ替えると (a b)(c d) · (a c) = (a d b c) と異なる.いずれも長さ 4 のサイクルが発生する. したがって大きさ 8 の部分群 H を単位元と位数 2 の元のみで構成するとしたら,互いに非可換 なペアは発生してはならない. 互換 (1 2) と可換でない位数 2 の元を列挙すると

(1 3), (1 4), (2 3), (2 4), (1 3)(2 4), (1 4)(2 3) の合計 6 個である.(1 2) ∈ H の場合,これらを除くと位数 2 のメンバー候補の個数は 9 − 6 < 7 で足りない.他の互換も同様だから,もし互換を H に含めるとすると排除しなければならない 他の位数 2 の元が発生するので単位元を含めても 8 個の元を集めることができない. 偶置換 (1 2)(3 4) と可換でない位数 2 の元を列挙すると

(1 3), (1 4), (2 3), (2 4) の合計 4 個である.(1 2)(3 4) ∈ H の場合,これらを除くと位数 2 のメンバー候補の個数は 9 − 4 < 7 で足りない.他の位数 2 の偶置換も同様だから,もし位数 2 の偶置換を H に含める とすると排除しなければならない他の位数 2 の元が発生するので単位元を含めても 8 個の元を集 めることができない.

book

209 iii) したがって大きさが 8 の S4 の部分群を考えるときは位数 2 の元 a と位数 4 の元 b を含むものを考える必要がある. 今 (1 2) を主人公にすえ,この互換とすべての長さ 4 のサイクルの積を計算してみると (1 2 3 4)(1 2) = (1 3 4) (1 2 4 3)(1 2) = (1 4 3) (1 3 2 4)(1 2) = (1 4)(2 3) (1 3 4 2)(1 2) = (2 3 4) (1 4 2 3)(1 2) = (1 3)(2 4) (1 4 3 2)(1 2) = (2 4 3) のようになる.これで主人公の相手の候補を絞ることができる.長さ 3 のサイクルを生じてはな らないので,候補は

(1 3 2 4),

(1 4 2 3)

だけとなり,しかも互いに他の 3 乗になっていることも分かる.

(1 3)(2 4) (1 4)(2 3) = (1 2)(3 4) は (1 3 2 4)2 = (1 4 2 3)2 でもある.(1 2) (1 2)(3 4) = (3 4) である.ここまでの計算で単 位元を含めると 8 個の元が登場した.演算テーブルを書いて部分群をなすことを確認しよう.

e (1324) (12)(34) (1423) (12) (34) e e (1324) (12)(34) (1423) (12) (34) (1324) (1324) (12)(34) (1423) e (14)(23) (13)(24) (12)(34) (12)(34) (1423) e (1324) (34) (12) (1423) (1423) e (1324) (12)(34) (13)(24) (14)(23) (12) (12) (13)(24) (34) (14)(23) e (12)(34) (34) (34) (14)(23) (12) (13)(24) (12)(34) e (13)(24) (13)(24) (34) (14)(23) (12) (1423) (1324) (14)(23) (14)(23) (12) (13)(24) (34) (1324) (1423) (下の段に続く) (13)(24) (14)(23) e (13)(24) (14)(23) (1324) (12) (34) (12)(34) (14)(23) (13)(24) (1423) (34) (12) (12) (1324) (1423) (34) (1423) (1324) (13)(24) e (12)(34) (14)(23) (12)(34) e (1 2) を主人公とした計算は (3 4) を主人公と入れ替えてもこの群にたどり着く.ここまでの 結論は (1 2), (3 4) そして長さ 4 のサイクルで生成される大きさ 8 の部分群はこの群 1 つであ

book

210

問題の解答

る.この群を含めて共役な部分群は (i) (1 2), (3 4) そして長さ 4 のサイクルで生成される (ii) (1 3), (2 4) そして長さ 4 のサイクルで生成される (iii) (1 4), (2 3) そして長さ 4 のサイクルで生成される のように全部で 3 個ある. 偶置換 (1 2)(3 4) と長さ 4 のサイクルでの生成を試しても,これらの 3 個の部分群のどれか に一致することは,互換 (1 2) に関する議論をそのまま繰り返せば分かる. (6) 大きさが 12 の部分群 H . 大きさが親の群 S4 の半分だから,それらはすべて正規部分群である.ということはある元が H に属すれば,その共役元はすべて H に所属する. S4 の元の共役類は以下の通りである.

• • • • •

長さ 4 のサイクル.合計 6 個. 長さ 3 のサイクル.合計 8 個. 可換な長さ 2 のサイクルの積.3 個. 互換.6 個. 単位元.1 個.

足して 12 になる組み合わせで単位元 1 個を含むものは 8 + 3 + 1 のみである. 大きさが 12 の部分群は偶置換からなる A4 だけであることが分かった.

第5章 問 5.1

H ∩ N は目視で分かる.HN は以下のテーブルを見ればよい. H↓

N →

e

(1 2)(3 4) (1 3)(2 4) (1 4)(2 3)

e

e

(1 2)(3 4) (1 3)(2 4) (1 4)(2 3)

(1 2 3 4)

(1 2 3 4)

(1 3)(2 4)

(1 3)(2 4) (1 4)(2 3)

(1 4 3 2)

(1 4 3 2)

(1 3) (2 4)

(1 4 3 2)

(2 4)

e

(1 2)(3 4)

(1 2 3 4)

(1 3)

問 5.2 G のすべての元 g に対して gN g −1 = N だから,G の部分集合である H のすべての 元 h に対して当然 hN h−1 が成り立つ. 【1】(1) S3 の正規部分群は {e}, {e, σ, σ 2 }, S3 だけである.準同型写像 φ : S3 → C6 = {e, a, · · · , a5 } を考える. i) ker φ = {e} の場合. φ は全単射になるが,C6 に位数 6 の元があり,S3 にはないから,この場合は不可能である. ii) ker φ = {e, σ, σ 2 } の場合. 以下のように確定する.

book

211 S3

eh σ _ σS2

φ





C6

e

τk στ _ σO2 τ

 

a3

iii) ker φ = S3 の場合は自明な準同型写像になる. (2) D4 の正規部分群は自明なものを除いて以下のようになる. A1 = {e, a2 } A0 = {e, a, a2 , a3 } B1 = {e, a2 , b, a2 b} B2 = {e, a2 , ab, a3 b}

i) ker φ = {e} の場合は単射となるが C4 が小さいので不可能である. ii) ker φ = A1 の場合. D4 /A1 の演算テーブルは第 3 章の章末問題【3】の解答で与えた.C4 に同型な部分群がない ことがすぐ分かる. iii) ker φ = A0 の場合. D4 / ker φ ≃ C2 である.また,C4 = {e, c, c2 , c3 } の部分群で C2 に同型なものは {e, c2 } のみである.したがって可能な φ は D4

eh _ a aT2 G a3

φ



C4

 

e

bi ab _ aQ2 b a@3 b

 

c2

だけとなる. iv) ker φ = B1 , ker φ = B2 の場合も(iii)と同様. v) ker φ = D4 の場合は自明な準同型写像. (3) D5 の正規部分群は自明なものを除くと

A0 = {e, a, a2 , a3 , a4 } のみである. i) ker φ = {e} の場合. φ は単射である.D5 と C10 は同じ大きさだから φ は全射になってしまう.D5 には位数 10 の元がないから,この場合は不可能. ii) ker φ = A0 の場合. D5 /A0 ≃ C2 である.また C1 0 = {e, c, c2 , · · · , c9 } の部分群で C2 に同型なものは {e, c5 } のみである.したがって可能な φ は

book

212

問題の解答

es aj a_2 a R3 Ea4

D5

2 3 4 bx ab m a_b aO b a? b

φ



  

 

C10

c5

e

だけとなる. iii) ker φ = D5 の場合は自明な準同型写像のみ. (4) Q8 より C4 は小さいから ker φ = {e} は不可能である.ker φ = Q8 は自明な準同型 写像になる. i) ker φ = {1, −1} の場合. 第 3 章の解答【3】によると,Q8 /{1, −1} の演算テーブルから C4 の部分群と同型なものは ないことが分かる. ii) その他の場合を一括で議論しよう.C4 = {e, c, c2 , c3 } とする.

Q8 /{±1, ±i} ≃ Q8 /{±1, ±j} ≃ Q8 /{±1, ±k} ≃ C2 ≃ {e, c2 } ⊂ C4 に注意すれば以下の 3 通りが可能であることが分かる.

Q8

1k −1 _ Ti I−i

j −j G _ Sk −k

k

φ



Q8

 

 

C4

c2

e

1k −1 _ Sj G−j

kk −k _ Si I−i

φ



Q8

 

 

C4

c2

e

1k −1 F _ Sk −k

ij −i _ Tj H−j

φ



 

 

C4

c2

e

【2】剰余群を具体的に書いてみると

H/(H ∩ N ) = {{e, a2 }, {b, a2 b}} HN/N = {N, bN } である.

H/(H ∩ N )

 {e, a2 }

{b, a2 b}



/ HN/N /N / bN

book

213 この様子は図 A.6 を参照してほしい.

図 A.6

H/(H ∩ N ) と HN/N

【3】 (1) 軌道の代表はすでに計算済みの軌道にないものなら何を選んでもよい.ここにあげる代 表の取り方は次の小問を意識したものだ.各行が軌道となる.

N

代表 e (123) (132) (12) (13) (23)

e

(12)(34)

(13)(24)

(14)(23)

e (123) (132) (12) (13) (23)

(12)(34) (134) (234) (34) (1234) (1342)

(13)(24) (243) (124) (1324) (24) (1243)

(14)(23) (142) (143) (1423) (1432) (14)

右 N 軌道を意識して作ったテーブルだが N が正規だから左 N 軌道と一致する. (2) 上の演算テーブルを見れば代表として S3 の元がとれることが分かる.代表の間の演算 は S3 そのものであるから S4 /N ≃ S3 であることが分かる. 【4】(1) X = {N ∪ (123)N ∪ (132)N, N ∪ (12)N, N ∪ (13)N, N ∪ (23)N } 先頭の部分群は交代群 A4 であった. (2) Y = {{N, (123)N, (132)N }, {N, (12)N }, {N, (13)N }, {N, (23)N }} φ (3) /Y X

N ∪ (123)N ∪ (132)N

 N ∪ (12)N  N ∪ (13)N  N ∪ (23)N



/ {N, (123)N, (132)N } / {N, (12)N } / {N, (13)N } / {N, (23)N }

第6章 問 6.1 演算テーブルは省略.C4 の各元の位数は順番に 1, 4, 2, 4 である.一方 K4 の各元の位 数は順番に 1, 2, 2, 2 となっている. 問 6.2 C12 には位数 12 の生成元がある.C6 × C2 の任意の元 (x, y) をとる.

book

214

問題の解答

(x, y)6 = (x6 , (y 2 )3 ) = (e, e) なので位数 12 の元は C6 × C2 には存在しない. 【1】C3 の生成元 a, C5 の生成元 b をとってきて (a, b) ∈ C3 × C5 を考える.この元の位数は 15 になるので,C3 × C5 は大きさ 15 の巡回群である. 【2】C3 × C3 には位数 9 の元がない. 【3】C3 , C4 の生成元をそれぞれ a, b とおく.(a, b) ∈ C3 × C4 の位数は 12 である. 【4】(σ, τ ) ∈ A × B の位数は 6 である.

第7章 問 7.1 いくつか取り上げる.Mn (C) の零元は成分がすべて 0 の行列,単位元は単位行列である. √ Z[ −1] においては乗法で閉じているか気になるが a, b, c, d ∈ Z として √ √ √ (a + b −1)(c + d −1) = (ac − bd) + (ad + bc) −1) において ac − bd, ad + bc ∈ Z であることが確かめられる. √ Q[ 2] においても乗法で閉じているか気になるが a, b, c, d ∈ Q として √ √ √ (a + b 2)(c + d 2) = (ac + 2bd) + (ad + bc) 2) において ac + 2bd, ad + bc ∈ Q であることが確かめられる. 問 7.2 2 が生成元になる.

2, 22 = 4, 23 = 3, 24 = 1 【1】加法に関して群になっていることは見やすい.乗法で閉じていること,単位元が含まれてい √ √ √ ることを確かめればよい.m1 + n1 −1, m2 + n2 −1 ∈ Z[ −1] を勝手にとってくる. √ √ √ (m1 + n1 −1)(m2 + n2 −1) = (m1 m2 − n1 n2 ) + (m1 n2 + m2 n1 ) −1 において

m1 m2 − n1 n2 , m1 n2 + m2 n1 ∈ Z √ であるから乗法に関して閉じている.1 + 0 −1 が単位元として含まれている.分配法則は通常 の複素数の計算だから成り立っている. 【2】先ず環になることを確認しよう.乗法で閉じていること,単位元が含まれていることを確か √ √ √ める.p1 + q1 2, p2 + q2 2 ∈ Q[ 2] を勝手にとってくる. √ √ √ (p1 + q1 2)(p2 + q2 2) = (p1 p2 + 2q1 q2 ) + (p1 q2 + p2 q1 ) 2 において

p1 p2 + 2q1 q2 , p1 q2 + p2 q1 ∈ Q √ √ であるから乗法に関して閉じている.1 + 0 2 が単位元として含まれている.p + q 2 ̸= 0 の逆 数を計算すると

book

215 p −q √ √ = 2 + 2 2 2 p − 2q p − 2q 2 p+q 2 1

となる.分母の有理化をしただけだ.分母が 0 にならないことを確かめないといけないが後にま わして

−q p , ∈Q p2 − 2q 2 p2 − 2q 2 であることが分かる. 分母を考える.方程式 p2 − 2q 2 = 0 で p か q の一方が 0 だと他方も 0 になってしまい, √ p + q 2 ̸= 0 と仮定しているから,いずれも 0 でないとして議論してよい.p も q も平方の形 で方程式に現れるのでどちらも正と仮定してよい.p = a/b, q = c/d のように既約分数で表す. ここで a, b, c, d は自然数である.これを方程式に代入して整理すると

(ad)2 = 2(bc)2 が得られる.両辺の素因数分解を考えると左辺の 2 のべきは偶数,右辺の 2 のべきは奇数となるの で,この式をみたす自然数は存在しない.これで 0 以外の元はすべて逆数をもつことが分かった. 【3】加法と乗法で閉じていることを確かめる. 勝手な 2 つの元の和は a      0 b11 b12 0 a11 + b11 a12 + b12 0 11 a12  a21 a22 0  +  b21 b22 0  =  a21 + b21 a22 + b22  0

0

0

a33

0

0

b33

となり,加法で閉じていることが分かる. 勝手な 2 つの元の積は a  0 b11 b12 11 a12  a21 a22 0   b21 b22

0

0

0



0 

0

0 a33 0 0 b33  a11 b11 + a12 b21 a11 b12 + a12 b22 =  a21 b11 + a22 b21 a21 b12 + a22 b22 0

a33 + b33

0

0



0



a33 b33

となり,乗法で閉じていることが分かる.分配法則は行列の計算なので成り立っている. M3 (C) の単位元である単位行列が集合 A に含まれているので部分環であることが分かった. 【4】加法と乗法で閉じていることは問題【3】と同様.B の単位元は   1 0 0 0 1 0

0 0 0 である.これは単位行列ではないから B は M3 (C) の部分環ではない. 【5】(1) 加法のテーブルは容易.乗法のテーブルは

book

216

問題の解答

× 1 2 3 4 5 6

1 1 2 3 4 5 6

2 2 4 6 1 3 5

3 3 6 2 5 1 4

4 4 1 5 2 6 3

5 5 3 1 6 4 2

6 6 5 4 3 2 1

位数

1 3 6 3 6 2

(2) 3 と 5 が生成元の資格がある. 【6】(1) 加法のテーブルは省略.乗法のテーブルは以下のようになる.

× 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

2 2 4 6 8 10 0 2 4 6 8 10

3 3 6 9 0 3 6 9 0 3 6 9

4 4 8 0 4 8 0 4 8 0 4 8

5 5 10 3 8 1 6 11 4 9 2 7

6 6 0 6 0 6 0 6 0 6 0 6

7 7 2 9 4 11 6 1 8 3 10 5

8 8 4 0 8 4 0 8 4 0 8 4

9 9 6 3 0 9 6 3 0 9 6 3

10 10 8 6 4 2 0 10 8 6 4 2

11 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1

位数

1

2 2

2

このテーブルを観察すると可逆元以外の部分は規則性が鮮やかで感動する.その規則性をことば にしてはどうだろうか. 一方,可逆元の行と列を見るとあまりに乱雑でいて,しかも過不足なくすべての元を列挙して いることに感動する.こういうのは暗号に使えそうだなと誰でも考えるだろう. (2) 可逆元だけ取り出すと

× 1 5 7 11

1 1 5 7 11

5 5 1 11 7

7 7 11 1 5

11 11 7 5 1

位数

1 2 2 2

(3) Z× 12 = {1, 5, 7, 11} である.上のテーブルを観察すると,文字・数字を付け替えたら K4 の演算テーブルと完璧に一致することが確認できる.わざわざ同型写像を書き下すまでもない だろう. u −z y 【7】(1) 1+1 z = u(u2 + x2 + y 2 + z 2 ) u −x a ˜11 = (−1) −y x u

book

217

a ˜12

a ˜13

a ˜14 (2) (3)

x −z y = (−1)1+2 y u −x = −x(u2 + x2 + y 2 + z 2 ) z x u x u y = (−1)1+3 y z −x = −y(u2 + x2 + y 2 + z 2 ) z −y u x u −z 1+4 y = −z(u2 + x2 + y 2 + z 2 ) z u = (−1) z −y x

det A = a11 a ˜11 + a12 a ˜12 + a13 a ˜13 + a14 a ˜14   b11 b  1  21   = 2  b31  u + x2 + y 2 + z 2

= (u2 + x2 + y 2 + z 2 )2  u 

 −x     −y  −z

b41

第8章 問 8.1

r + si のスカラー倍 x + yi 7→ (r + si)(x + yi) = rx − sy + (sx + ry)i

は R 線形写像として基底 1, i に関して行列で表現すると ( ) ( )( ) x x r −s 7→ y y s r となる.

( (

r −s

)(

1 0

)

s r 0 2 )( ) r −s 1 0 s

0 2

r

( =

( =

r −2s

)

s 2r ) r −s 2s 2r

である.これが一致するのは s = 0 のときに限る. 問 8.2 定義 8.3 の条件(3)(4)を具体的に書き出す. 条件(3)は以下のようになる.

n · (x + y) = (x + y) + · · · + (x + y) = x + · · · + x + y + · · · + y {z } | {z } | {z } | n個

n 個

n 個

=n·x+n·y 条件(4)は以下のようになる.

m · (n · x) = (x + · · · + x) + · · · + (x + · · · + x) = x + · · · + x = (mn) · x {z } {z } | {z } | |

|

n個

{z m 個

n個

}

mn 個

book

218

問題の解答

問 8.3 加法について群になっているのは明らかなのでスカラー倍についてのみ確認する.N1 については ( ) a1 0 ( z ) ( a1 z ) = 0 0 0 a2 なのでスカラー倍で閉じている.同様に N2 も確認できる.  x   問 8.4 a11 a12 0 a11 x + a12 y  a21 a22 0   y  =  a21 x + a22 y 

0

0

0

a33

0

なので N1 は A スカラー倍で閉じている. a    0  0 0 11 a12  a21 a22 0   0  =  0 

0

0

a33

a33 z

z

なので N2 は A スカラー倍で閉じている. x 問 8.5 N1 の任意の元  y  に対して

0 x

( をみたす P =

a11 a12

)

a

11

a12

0

a

 y  =  a21 a22 0   b  0 0 0 0 a33 を探す.a33 はもはや関係ないから 2 行 2 列の行列で議論してよい.

a21 a22 P

(a) b

( ) x =

y

( ,

P

−b a

) =

( ) 0 0

0.5 節で紹介したテクニックを使ってまとめると ( ) ( ) x 0 a −b P = y 0 b a 行列 P に関する 1 次方程式を解くと ( ) ( )( ) x 0 ax bx 1 a −b −1 P = = 2 2 y 0 a +b ay by b a が得られる.N1 はまるまる左 A 加群に含まれることが分かった. N2 に関する議論はさらに簡単だから省略する. 問 8.6 φ が左 A 線形でないことを示すには ( )( ) ( )( ) a1 0 a1 0 0 1 0 1 = 0 a2 0 a2 1 0 1 0 ( ) ( ) 0 a2 0 a1 が成り立たない例を 1 つあげればよい.左辺は ,右辺は となるから, a1 0 a2 0

a1 ̸= a2 のとき等号は成り立たない.

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219 ψ が左 A 線形であることは ( )( ) ( )( ) a1 0 a1 0 2 0 2 0 = 0 a2 0 a2 0 3 0 3 がつねに成り立つことで保証される. 問 8.7 (2)証明したい式の左辺は

(a1 + a2 ) · (x + L) = (a1 + a2 )x + L = (a1 x + a2 x) + L である.一方,右辺は

a1 · (x + L) + a2 · (x + L) = (a1 x + L) + (a2 x + L) = (a1 x + a2 x) + L となるので一致する. (3)証明したい式の左辺は

a · ((x1 + L) + (x2 + L)) = a · ((x1 + x2 ) + L) = a(x1 + x2 ) + L = (ax1 + ax2 ) + L である.一方,右辺は

a · (x1 + L) + a · (x2 + L) = (ax1 + L) + (ax2 + L) = (ax1 + ax2 ) + L となるので一致する. (4)証明したい式の左辺は

(a1 a2 ) · (x + L) = a1 a2 x + L である.一方,右辺は

a1 · (a2 · (x + L)) = a1 · (a2 x + L) = a1 a2 x + L となるので一致する. (5)は自明. 問 8.8 X k[X] が加法に関して部分群であることを確かめよう.任意の Xf (X), Xg(X) ∈ X [X] に対して

Xf (X) + Xg(X) = X(f (X) + g(X)) ∈ X [X] だから加法で閉じている.Xf (X) の加法群としての逆元は X(−f (X)),加法群としての単位元 は X × 0 = 0 である. 次にスカラー倍で閉じていることを確かめよう.任意の f (X) ∈ k[X] と任意の Xg(X) ∈ X k[X] に対して

f (X) · Xg(X) = Xf (X)g(X) ∈ X k[X] なので確かに閉じている. 以上で X k[X] が k[X] 部分加群であることが分かった. φ が全射であることを確かめよう.任意の元 a ∈ k をとってくる.定数項が a である f (X) ∈ k[X] を選ぶ.たとえば f (X) = a でよい.すると

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220

問題の解答

φ(f (X)) = f (0) = a となっている. 問 8.9

W = U + V2 を確かめよう.W ⊃ U + V2 は明らか.W ⊂ U + V2 は任意の

に対して

( ) x y

( =

)

x−y

( ) y +

0

y

( ) x y

∈ U + V2

となることから分かる.したがって W = U + V2 である. {( )} (x) (y) 0 = とおくと x = y = 0 になってしまうので U ∩ V2 = である. y 0 0 問 8.10

以下の計算で 2C6 および 3C6 が C6 部分加群であることの確認が完了する.

5× 2C6 3C6 2C6 + 3C6

4× 2C6 3C6 2C6 + 3C6 0 0

0 0

0 0

0 0

0 3

0 3

2 2

0 0

2 2

4 4

0 3

4 1

4 4

0 0

4 4

2 2

0 3

2 5

4× の計算結果から射影 2C6 ⊕ 3C6 → 2C6 であることが観察できる. 問 8.11 いずれも加法について可換群である.スカラー倍で閉じていることだけを見ればよい. L0 については )( ) ( ) ( x 0 ax 0 a b = ∈ L0 0 0 0 0 0 c L∞ については

(

a b

)(

0 c N については

(

a b 0 c

0 y 0 z

)(

)

( =

0 y 0 0

0 ay + bz 0

)

cz

( =

)

0 ay 0

0

∈ L∞

) ∈N

である. 【1】定義に忠実に計算すればできてしまう.ここでは別解を紹介する C → M2 (R) を ( ) ( ) 1 0 0 −1 x + yi 7→ x +y 0 1 1 0 のように眺めることにする. (1) 目標の式の右辺の (x + y)· と (u + v)· の合成は以下の行列の積で表される.

book

221 ( ( ) ( )) ( ( ) ( )) 1 0 0 −1 1 0 0 −1 x +y u +v 0 1 1 0 0 1 1 0 単位行列はすべての行列と掛け算は可換で,さらに以下の関係式に注意すれば,これは難なく展 開できる. ( ) ( ) 0 −1 2 1 0 =− 1 0 0 1 実際,展開を実行してみると

(

(xy − yv)

1 0

)

0 1

(

0 −1

+ (xv + yu)

1

)

0

となる.(x + yi)(u + vi) = (xy − yv) + (xv + yu)i だから目標の式の左辺と一致することが 分かる. (a) (2) 目的の式の右辺は に以下の行列を左から掛けるものだ. b ( ( ) ( )) ( ( ) ( )) 1 0 0 −1 1 0 0 −1 x +y + u +v 0 1 1 0 0 1 1 0 ( ) ( ) 1 0 0 −1 = (x + u) + (y + v) 0 1 1 0 目的の式の左辺も同じ行列の掛け算となる. (3) 行列の足し算と掛け算の間の分配法則から自動的になりたつ. (4) 自明. 【2】定義に忠実に計算すればできてしまう.問題【1】の別解と同じように C → M2 (R) を ( ) ( ) 1 −2 1 0 x + yi 7→ x +y 1 −1 0 1 のように眺めれば同様の議論ができる. ( ) 1 −2 2

1 −1

( =−

1 0

)

0 1

であることを使う.念のため. 【3】以下の*のブロックで非可換なものを探せばよい. ∗ ∗ 

∗ ∗

 1

たとえば

(

1 3 0 2

となるから,

)(

0 1 1 0



)

( ̸=

0 1 0

0 1 1 0



1 0 0 0 0 1

)(

1 3 0 2

)

book

222

問題の解答

によるスカラー倍と φ は可換ではない. 【4】まず ker φ ⊂ Xk[X] を示そう.f (X) ∈ ker φ であるならば f (0) = 0 である.因数定理 により f (X) = Xg(X) となる多項式 g(X) が存在するので f (X) ∈ Xk[X] が分かる. 次に Xk[X] ⊂ ker φ を示そう.f (X) ∈ Xk[X] であるならばある多項式 g(X) があって f (X) = Xg(X) となる.すると f (0) = 0 だから,f (X) ∈ ker φ である.これで Xk[X] ⊂ ker φ が分かった. Im φ ⊂ k は当然だから,逆を示す.任意の a ∈ k をとってくる.a を定数項のみの多項式と みなせば a ∈ k[X] である.φ(a) = a だから k ⊂ Im φ が分かった. 【5】問題【4】と同様である.結果のみ記す.

ker φ = (X − 1) k[X] = {(X − 1)f (X) | f (X) ∈ k[X]} Im φ = k 【6】Z 加群 Z の任意の部分加群は mZ という形になる.その補加群も,もしあれば nZ という 形になる.自明でない場合を考えるから m, n ≧ 2 で

mn ∈ mZ ∩ nZ となるから Z ̸= mZ ⊕ nZ である. 【7】 (1) 行列の加法に関していずれも部分群になっていることはすぐ分かる.任意の

(x y) 0 z

A をとってきて左スカラー倍すると ( x y ) ( a ka ) ( xa xka ) ( xa k(xa) ) = = ∈ Lk 0 z 0 0 0 0 0 0 となるからスカラー倍で Lk は閉じている. (2) k ̸= ∞ のとき A = Lk ⊕ L∞ を示す.

(

A

a b

)

0 c

( =

a ka 0

0

( +

0

となるから A = Lk + L∞ が分かる.また ) ( a ka

0

)

( =

0 b − ka 0

0 b

)

c

)

0 c

より a = b = c = 0 を得るから Lk ∩ L∞ = {0A } である. (3) 省略. (4) (3)より A の左 A 部分加群は

{0A },

A,

N,

Lk (k ∈ C ∪{∞})

以外はない.

{0A },

A,

Lk (k ∈ C ∪{∞})

のうち N の補加群の候補は Lk だけしかない.N + Lk ⫋ A は書き下してみれば分かる.



book

223 第9章 問 9.1

3 × 3 行列を以下のようにブロックに分けて計算することができる.     0 0      0 ∈ A,  0 ∈ I1 0 0 a 0 0 0

X

A

行列中の 2 × 2 ブロック A は環 A と同じ文字だが紛れないだろう.左右のスカラー倍は以下の ように計算できる.      0 0 0       0  0 =  0 ∈ I1

  

A

X

0 0 a

0 0 0

   0 0    0  0 =  0 0 0 0 0 a

X

A

AX 0 0

XA 0 0

0

 0  0 ∈ I1 0

これで I1 が両側イデアルであることが分かった. I2 に関しても任意の元   0    0 ∈ I2 0 0 x

0

に対して

    0 0 0       0 =  0  ∈ I2 0  0 0 x 0 0 ax 0 0 a 

0

A

0

   0 0       0  0  ∈ I2 0 =  0 0 x 0 0 xa 0 0 a 

0



0

A

0

これで I2 が両側イデアルであることが分かった. 問 9.2 0.5 節で紹介した計算テクニックを使えば I3 が左スカラー倍で閉じていること,I4 が 右スカラー倍で閉じていることはすぐ分かる. I3 が右スカラー倍で閉じていないことは      x11 0 0 0 1 0 0 x11 0  x21 0 0   1 0 0  =  0 x21 0  ∈ / I3

0

0 0

0 0 1

0

を見れば分かる.I4 が左スカラー倍で閉じていないことは

0

0

book

224

問題の解答



    0 1 0 x11 x12 0 0 0 0 1 0 0 0   / I4 0 0 = x11 x12 0  ∈ 0 0 1

0

0

0

0

0

0

を見れば分かる. 問 9.3 a と b の最大公約数を d,最小公倍数を m とすると

aZ ∩ bZ = mZ,

aZ + bZ = dZ

0.3 節を復習してほしい. 問 9.4 X 3 を X 3 で割った余りだから 0 になる. 【1】Z12 = {0, 1, 2, · · · , 11} と書くことにする. (1) 4Z12 = {0, 4, 8} である.他の部分加群は自明なものを除くと 2Z12 , 3Z12 , 6Z12 だけ である.

4Z12 + 2Z12 = 4Z12 4Z12 + 6Z12 = 2Z12 なので補加群の候補としては 3Z12 だけ生き残る.

4Z12 0 0 0 0 4 4 4 4 8 8 8 8

3Z12 0 3 6 9 0 3 6 9 0 3 6 9

4Z12 + 3Z12 0 3 6 9 4 7 10 1 8 11 2 5

を観察すれば

4Z12 + 3Z12 = Z12 ,

4Z12 ∩ 3Z12 = {0}

が分かる.したがって Z12 = 4Z12 ⊕ 3Z12 となる. (2) 2Z12 の補加群の予選を行う.

2Z12 + 3Z12 = Z12 2Z12 + 4Z12 = 2Z12 2Z12 + 6Z12 = 2Z12 を観察すればこの予選を勝ち残った補加群の候補は 3Z12 だけである.ところが

book

225 2Z12 ∩ 3Z12 = 6Z12 ̸= {0} だから決勝で負けてしまう. 【2】変数変換

X = X ′ + 1,

Y =Y′+2

を行っても,C[X, Y ] = C[X ′ , Y ′ ] である.φ は以下のように書ける.

φ : f (X ′ , Y ′ ) 7→ f (0, 0) すると,例 9.7 と話が完全に一致する.つまり

ker φ = X ′ C[X, Y ] + Y ′ C[X, Y ] = (X − 1) C[X, Y ] + (Y − 2) C[X, Y ] である. 変数変換の説明が気に入らない人は,テイラー展開で説明することもできる.

(X − 1) C[X, Y ] + (Y − 2) C[X, Y ] ⊂ ker φ は明らかだから,逆を示す.f (1, 2) = 0 となる任意の f (X, Y ) ∈ C[X, Y ] に対して,点 (1, 2) の周りのテイラー展開

f (X, Y ) = c0 + c10 (X − 1) + c01 (Y − 2) + c20 (X − 1)2 + c11 (X − 1)(Y − 2) + c02 (Y − 2)2 + · · ·(どこかで止まる) を使う.f (1, 2) = 0 だから c0 = 0 である.f (X, Y ) のテイラー展開項のうち X − 1 を含 まない項は c(Y − 2)n (n ≧ 1) という形をしている.それらをすべて足し合わせると (Y − 2) h(Y − 2) のように書ける.f (X, Y ) − (Y − 2) h(Y − 2) は X − 1 を含む項ばかりだから (X − 1) g(X − 1, Y − 2) のように表せる. 以上により

f (X, Y ) = (X − 1) g(X − 1, Y − 2) + (Y − 2) h(Y − 2) ∈ I が分かった. 【3】C[X]/I = {aX + b + I | a, b ∈ C} である.aX + b + I を aX + b と書くことにしよう.

(aX + b)(cX + d) = acX 2 + (ad + bc)X + bd = ac(X 2 + X + 1) + (ad + bc − ac)X + bd − ac なので乗法公式は

aX + b · cX + d = (ad + bc − ac)X + bd − ac である. X2 + X + 1 は

(

−1 + X− 2



3i

)(

−1 − X− 2



3i

)

book

226

問題の解答

と因数分解できるから

X−

−1 + 2



3i

·X −

−1 − 2



3i

=¯ 0

となっていて,零因子が存在するので C[X]/I は整域ではない.I は C[X] の素イデアルでは ない. 【4】Q[X]/I = {aX + b + I | a, b ∈ Q} である.aX + b + I を aX + b と書くことにしよ う.乗法公式は問題【1】と同じである.X 2 + X + 1 は Q の範囲で因数分解できないから aX + b ̸= ¯ 0 に逆数があることが期待できる.c, d を未知数とする連立方程式 { ad + bc − ac = 0

bd − ac = 1 を解いてみる.行列で書いた方が目に優しいので書き直すと ( ) ( ) b−a a (c) 0 = d −a b 1 となる.

( det

b−a a −a

b

) = a2 − ab + b2 ̸= 0

がすべての a, b ∈ Q (a ̸= 0 または b ̸= 0) に対して成り立つことを示そう. ( ) b 2 3 a2 − ab + b2 = a − + b2 2 4 となる.b ̸= 0 なら a2 − ab + b2 ̸= 0 は明らかで,b = 0 なら a ̸= 0 でなければならないから やはり a2 − ab + b2 = a2 ̸= 0 となる. Q[X]/I は体である.I は Q[X] の素イデアルである. 【5】(1) φ : C[X, Y, Z] → C[Y, Z] を以下のように定義する.

φ : f (X, Y, Z) 7→ f (0, Y, Z) 代入操作はすべて環の準同型写像だから φ も準同型写像だ.Y, Z は定数とみなして X の多項式 に関する因数定理を適用すると

f (X, Y, Z) = (X − 0)g(X, Y, Z) となり ker φ = I1 であることが分かる. (2) φ : C[X, Y, Z] → C[Z] を以下のように定義する.

φ : f (X, Y, Z) 7→ f (0, 0, Z) 代入操作はすべて環の準同型写像だから φ も準同型写像だ.

I2 = X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] ⊂ ker φ は明らかだから逆を示そう.f (0, 0, Z) = 0 とする.Z は定数とみなして X, Y の多項式とみて (X, Y ) = (0, 0) の周りのテイラー展開をしてみる.

book

227 f (X, Y, Z) = c00 + c10 X + c01 Y + c20 X 2 + c11 XY + c02 Y 2 + · · · (どこかで止まる) ここで cij ∈ C[Z] である.f (0, 0, Z) = 0 より c00 = 0 が分かる.X を含まない項は c0n Y n (n ≧ 1) の形をしている.それらの総和は Y h(Z) と表せる.f (X, Y, Z) − Y h(Z) は X を含む項の和になっているので X g(Y, Z) と表せる.したがって

f (X, Y, Z) = X g(Y, Z) + Y h(Z) となり,

ker φ ⊂ X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] が分かった.以上により

C[X, Y, Z]/I2 ≃ C[Z] が示された. (3)φ : C[X, Y, Z] → C を以下のように定義する.

φ : f (X, Y, Z) 7→ f (0, 0, 0) 代入操作はすべて環の準同型写像だから φ も準同型写像だ.

I3 = X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] + Z C[X, Y, Z] ⊂ ker φ は明らかだから逆を示そう.f (0, 0, 0) = 0 とする.X, Y, Z の多項式とみて (X, Y, Z) = (0, 0, 0) の周りのテイラー展開をしてみる.

f (X, Y, Z) = c000 + c100 X + c010 Y + c001 Z + c200 X 2 + c110 XY + c101 XZ + c020 Y 2 + c011 Y Z + c002 Z 2 + · · · (どこかで止まる) ここで cijk ∈ C である.f (0, 0, 0) = 0 より c000 = 0 が分かる.X, Y を含まない項は c00n Z n (n ≧ 1) の形をしている.それらの総和は Z r(Z) と表せる. f (X, Y, Z) − Z r(Z) は X, Y を含む項の和になっている.X を含まない項の総和は Y q(Y, Z) と表せる. f (X, Y, Z) − Z r(Z) − Y q(Y, Z) は X を含む項のみからなっているので X p(X, Y, Z) と 表せる.以上より

f (X, Y, Z) = X p(X, Y, Z) + Y q(Y, Z) + Z r(Z) となる.これは

ker φ ⊂ X C[X, Y, Z] + Y C[X, Y, Z] + Z C[X, Y, Z] を示している.

book

228

問題の解答

【6】

【7】ア: {0} 【8】

Z ∪  2Z ∪  4Z ∪  8Z

Z/(8Z) ∪ / 2(Z/(8Z)) = {¯0, ¯2, ¯4, ¯6} ∪ / 4(Z/(8Z)) = {¯0, ¯4} ∪ / {¯0}

イ: Y B

m1 = 23 ,

m2 = 32 ,

M1 = 3 × 5,

m3 = 5

M2 = 23 × 5,

2

M3 = 23 × 32

とおく. m1 と M1 , m2 と M2 , m3 と M3 に互除法を適用して

17m1 − 3M1 = 1 9m2 − 2M2 = 1 29m3 − 2M3 = 1 となるので

φ−1 : (u + 8Z, v + 9Z, w + 5Z) 7→ (u × (−3) × 45 + v × (−2) × 40 + w × (−2) × 72) + 360Z と書くことができる.剰余類の代表が負の数になるのがいやな人は 360 でも足しておけばよい.

第 10 章

¯ ¯ ¯ ¯ 【1】(1) F× 5 = {1, 2, 3, 4} × 1 2 3 4

1 1 2 3 4

2 2 4 1 3

3 3 1 4 2

4 4 3 2 1

逆元

位数

1 3 2 4

1 4 4 2

このテーブルから生成元(位数が 4 の元)がみつかるので巡回群である. ¯ ¯ ¯ ¯ ¯ ¯ (2) F× 7 = {1, 2, 3, 4, 5, 6}

× 1 2 3 4 5 6

1 1 2 3 4 5 6

2 2 4 6 1 3 5

3 3 6 2 5 1 4

4 4 1 5 2 6 3

5 5 3 1 6 4 2

6 6 5 4 3 2 1

逆元

位数

1 4 5 2 3 6

1 3 6 3 6 2

book

229 このテーブルから生成元(位数が 6 の元)がみつかるので巡回群である. ¯ ¯ (3) F× 11 = {1, 2, · · · , 10}

× 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

2 2 4 6 8 10 1 3 5 7 9

3 3 6 9 1 4 7 10 2 5 8

4 4 8 1 5 9 2 6 10 3 7

5 5 10 4 9 3 8 2 7 1 6

6 6 1 7 2 8 3 9 4 10 5

7 7 3 10 6 2 9 5 1 8 4

8 8 5 2 10 7 4 1 9 6 3

9 9 7 5 3 1 10 8 6 4 2

10 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1

逆元

位数

1 6 4 3 9 2 8 7 5 10

1 10 5 5 5 10 10 10 5 2

このテーブルから生成元(位数が 10 の元)がみつかるので巡回群である. 【2】(1) (Z/15Z)× = {¯ 1, ¯ 2, ¯ 4, ¯ 7, ¯ 8, 11, 13, 14}

× 1 2 4 7 8 11 13 14

1 1 2 4 7 8 11 13 14

2 2 4 8 14 1 7 11 13

4 4 8 1 13 2 14 7 11

7 7 14 13 4 11 2 1 8

8 8 1 2 11 4 13 14 7

11 11 7 14 2 13 1 8 4

13 13 11 7 1 14 8 4 2

14 14 13 11 8 7 4 2 1

位数 4 の元 ¯ 2 をとりあげる.

¯ 22 = 4,

¯ 23 = ¯ 8,

¯ 24 = ¯ 1

¯ 22 = ¯ 4 とは異なる位数 2 の元,たとえば 11 を選ぶと (Z/15Z)× ∼ 1, ¯ 2, ¯ 22 , ¯ 2 3 } × {¯ 1, 11} = {¯ であることが分かる.他の組み合わせも可能だ. (2) (Z/8Z)× = {¯ 1, ¯ 3, ¯ 5, ¯ 7}

× 1 3 5 7

1 1 3 5 7

3 3 1 7 5

5 5 7 1 3

7 7 5 3 1

逆数

位数

1 3 5 7

1 2 2 2

逆元

位数

1 8 4 13 2 11 7 14

1 4 2 4 4 2 4 2

book

230

問題の解答

(Z/8Z)× = K4 であることが読み取れる. 【3】剰余類を表すバー(上線)記号は誤解がないときは省く. (1) F2 [X]/I1 の乗法テーブルは以下の通りで巡回群であることが分かる. × 1 X X +1 X2 1 1 X X +1 X2 X X2 X2 + X X +1 X X +1 X +1 X2 + X X2 + 1 X2 + X + 1 X2 X2 X +1 X2 + X + 1 X2 + X 2 2 2 X +1 X +1 1 X X X2 + X X2 + X X2 + X + 1 1 X2 + 1 X2 + X + 1 X2 + X + 1 X2 + 1 X 1 (下の段に続く) ×   X2 + 1 X2 + X X2 + X + 1 2 2 1 X +1 X +X X2 + X + 1 2 X 1 X +X +1 X2 + 1 2 X +1 X 1 X X2 X X2 + 1 1 X2 + 1 X2 + X + 1 X +1 X2 + X X2 + X X +1 X X2 X2 + X + 1 X2 + X X2 X +1

位数

1 7 7 7 7 7 7

このテーブル自体はとても興味深いが,この計算をするまでもなく F2 [X]/I1 が体になること は次のようにして分かる.

f (X) = X 3 + X + 1 とおく.f (0) = 1, f (1) = 1 だから f (X) は F2 [X] において既約多項式であって,F2 [X]/I1 は体である. X 3 + X 2 + 1 も同様に F2 [X] において既約多項式であることから F2 [X]/I2 も体である. F2 [X]/I2 の乗法テーブルは以下の通りで巡回群であることが分かる.

× 1 X X +1 X2 1 1 X X +1 X2 2 2 X X X X +X X2 + 1 X +1 X +1 X2 + X X2 + 1 1 X2 X2 + 1 1 X2 + X + 1 X2 X2 + 1 X2 + 1 X2 + X + 1 X X +1 2 2 X +X 1 X2 + X + 1 X X +X X +1 X2 X2 + X (下の段に続く) X2 + X + 1 X2 + X + 1

book

231 × X2 + 1 X2 + X X2 + X + 1 1 X2 + 1 X2 + X X2 + X + 1 X X2 + X + 1 1 X +1 X +1 X X2 + X + 1 X2 2 2 X X +1 X X +X X2 + X X2 1 X2 + 1 X2 + X X2 X +1 X2 + 1 X2 + X + 1 1 X2 + 1 X

位数

1 7 7 7 7 7 7

(2) F2 [X]/I1 の元にはバー(上線),F2 [X]/I2 の元には二重バーをつけて区別する. f (X) = X 3 + X + 1 とおき F2 [X]/I2 の元で f (X) = 0 の解になるものを辞書式順序で探す.

f (¯ 0) = ¯ 1 ¯ = X2 + X f (X) f (X + 1) = ¯ 0 ここで計算を打ち切ってよい.

F2 [X]/(X 3 + X + 1)F2 [X] ∼ = F2 [X + 1]/((X + 1)3 + (X + 1) + 1)F2 [X + 1] = F2 [X]/((X + 1)3 + (X + 1) + 1)F2 [X] = F2 [X]/(X 3 + X 2 + 1)F2 [X] であるから,写像 φ : F2 [X]/I1 → F2 [X]/I2 を

φ : X 7→ X + 1 という対応を基にして体の同型に拡張できる. 2

2

φ : aX + bX + c 7→ aX + 1 + bX + 1 + c を得る. 【4】f (X) = X 2 + X + 1 とおくと f (1) = 1 + 1 + 1 = 0 だから f (X) は X − 1 = X + 2 を因数にもつ.割り算をしてみよう.F3 においては −1 = 2 であることに注意してほしい.

) X + 2 X + 2 X2 + X + 1 X 2 + 2X 2X + 1 0 これで X 2 + X + 1 = (X + 2)2 ということが分かった. F3 [X]/I の零因子は X + 2 とそのスカラー倍 2X + 1 だけである.(F3 [X]/I)× の演算 テーブルは

book

232

問題の解答

1

2

X

X +1

2X

2X + 2

逆数

位数

1

1

2

X

X +1

2X

2X + 2

1

1

2 X

2 X

1 2X

X +1 1

2 2X + 2

2 3

X +1 2X

2X 2X + 2 X 2X + 2 2 X +1

X + 1 2X + 2 2 2X X X +1

2X + 2 2X + 2 X + 1

1

X 1

1 2X + 2

2X 2

2X X +1

6 6

2X

2

X

X

3

第 11 章 問 11.1

連立方程式

{

x+y+z =0 z=0

を解くと

(x, y, z) = (0, 0, 0)

または

(1, 1, 0)

である.交線はこの 2 点からなる直線だ. 問 11.2 第 i ビットだけに制限した「距離関数」,第 i ビットが同じなら 0,違うなら 1,と いう関数を di とすると

d(x, y) =

n ∑

di (x, y)

(A.1)

i=1

である. 条件(1)について.d(x, y) = 0 とすると式 (A.1)により di (x, y) = 0 がすべての i で成り 立つから x = y である. 条件(2)について.ビットごとに

di (x, y) + di (y, z) ≧ di (x, z) を示せばよい.x = z のときは右辺が 0 になるので何も言うことはない.x ̸= z と仮定すると di (x, z) = 1 である.このとき y = x または y = z のいずれか一方が成り立つはずだから

di (x, y) + di (y, z) = 1 が得られる. 問 11.3 バー(上線)は省いて記述する.

a0 e⃗0 + a1 e⃗1 + a2 e⃗2 = ⃗0 とおくと左辺は

a2 X 6 + (a2 + a1 )X 5 + (a2 + a1 + a0 )X 4 + · · · となるから a2 = a1 = a0 = 0 が得られる. 問 11.4 左辺と右辺を丁寧に計算すればよい.

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233 【1】(1) 平面は 1 次方程式

ax + by + cz = d で定義される.数え上げのために以下のようなタイプに分類するのが一手だ.

x + by + cz = 0

または

1

または 2

y + cz = 0

または

1

または 2

z=0

または

1

または 2

それぞれの場合の数を足し合わせると (9 + 3 + 1) × 3 = 39 である. (別解)また,平面の「法線」方向を表す (a, b, c) という係数ベクトル(以後,法線方向,法 線ベクトルとよぶ)は (0, 0, 0) を除くから 33 − 1 個可能で,2 によるスカラー倍は同じ方向を 表すから半分にして (33 − 1)/2 = 13 だけ異なる法線方向がある.各法線方向ごとに平行な平面 は 3 枚あるから,F2 3 の平面の総数は 39 である.先の計算結果と一致する. (2) 直線の方向ベクトル (a, b, c) を考える.(1)の結果から,方向は全部で 13 通りある. 方向 (a, b, c) の直線はすべて平面 ax + by + cz = と 1 点で交わる.どの平面も 3 × 3 = 9 点 からなるから直線の総数は 13 × 9 = 117 本である. (別解)直線は 2 点を選ぶと確定する.各直線上には 3 点存在する.これらを総合すると直線 は全体で 27 C2 /3 C2 = 117 本ある.先の計算結果と一致する. 【2】(1) 平面の方程式は

a1 x1 + a2 x2 + a3 x3 + a4 x4 = 0

または 1

である.F2 の幾何学ではスカラー倍は気にしなくてよいから,総数は (24 − 1) × 2 = 30 である. (2) 直線は F2 4 から 2 点を選ぶと確定する.どの直線も 2 点からなるから,直線の総数の 計算は簡単で 16 C2 = 120 本である. 【3】(1) X と X + 1 である. (2) 2 次式 X 2 + aX + 1 という形の式だけ考えればよい.a = ¯ 0, ¯ 1 の場合を個別に検査す ればよい. a=¯ 0 の場合は X 2 + 1 = (X + 1)2 だから既約ではない. a=¯ 1 の場合は f (X) = X 2 + X + 1 とおくとき f (¯ 0) = f (¯ 1) = ¯ 1 なので因数分解できない. 以上により 2 次の既約多項式は

X2 + X + 1 のみである. (3) 3 次式で因数分解可能なものは

1 次式 × 1 次式 × 1 次式,

1 次式 × 既約 2 次式

のいずれかである.いずれの場合も 1 次式を因数とする.逆に考えれば 3 次式 f (X) が既約で あるための必要十分条件は f (0) = f (1) ̸= 0 である.

X 3 + aX 2 + bX + 1 において係数 a, b ∈ F2 の可能性は 4 通りで,そのうち f (0) = f (1) ̸= 0 をみたすのは以下の

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234

問題の解答

2 つである. X 3 + X + 1,

X3 + X2 + 1

(4) 4 次式で因数分解可能なものは

1 次式 × 1 次式 × 1 次式 × 1 次式, 1 次式 × 1 次式 × 既約 2 次式, 1 次式 × 既約 3 次式 既約 2 次式 × 既約 2 次式 と分類できる.既約であるためには f (0) ̸= 1 でなければならないから,既約な 4 次式を f (X) = X 4 + aX 3 + bX 2 + cX + 1 とおく.f (1) = 1 でなければならないから a + b + c = 1 である.可能性を列挙すると

(a, b, c) = (1, 1, 1),

(1, 0, 0),

(0, 1, 0),

(0, 0, 1)

である.この段階で 1 次式を因数にもつ場合はすでに排除されている. 既約 2 次式 × 既約 2 次式 の可能性は 1 つしかない.

(X 2 + X + 1)2 = X 4 + X 2 + 1 以上をまとめると既約な 4 次式は以下の 3 つがすべてである.

X 4 + X 3 + X 2 + X + 1,

X 4 + X 3 + 1,

X4 + X + 1

【4】省エネでやる方法はすぐ思いつくはずだが,泥臭い一般的な手順をあげる.記法の簡略のた めバー(上線)は省く.

X 6 + X 4 + 1 = af⃗3 + bf⃗2 + cf⃗1 + df⃗0 において a, b, c, d を未知数とする.右辺を展開して X について整理し両辺の係数比較をすれば 連立方程式を得る.計算は一直線である. 続く式も同様に確認できる.

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良書はたくさんあり過ぎて紹介しきれない.特色がある本をいくつか取り上げる. 線形代数をマスターしている人へのお勧めは[1]である.線形代数から環上の 加群の理論へ滑らかな橋渡しをしつつ,線形代数を高所から再び眺められる場所 へと読者を案内している. 本書で触れられなかった代数学の基本事項を含めてより体系的に学びたければ [2],[3]を勧める.例が豊富で足元を固めながら読み進めることができる.本書 の範囲外だがガロア理論をカバーしているのが同シリーズの[4]である. 本書の 11 章で入口だけ紹介した符号理論は,代数幾何の入門書[5]で簡潔かつ 体系的に論じられている.情報工学への応用の興味から抽象的な代数幾何学に導 かれる人は結構多いと思う. 本書の 7 章から 10 章は整数論や代数幾何への橋渡しの意図があった.整数論 の入門書[6]は懇切丁寧で,ヴェイユ予想,ABC 予想の類似を簡単な素材で初学 者に味合わせてくれる工夫が目を引く.群・環・体などの抽象代数の道具立ては 必要に応じてゆっくり登場する.虚二次体,超楕円曲線の数論の入門までカバー している. ゆったりとした気分で代数学を楽しみたい向きには以下の 3 冊を勧める.[7] はフックス型微分方程式を題材に,読者を位相幾何学と群論の入口へと案内して くれる.[8]は本書で触れることができなかった単因子論を鶴亀算に絡めて紹介 し,円分体のガロア理論,2 次体の整数論まで楽しませてくれる.「抽象代数学の 三つの難所」という章があり,これに惹かれる読者も多いのではないか. [9]は対 称性を利用して微分方程式の積分を求めるリーの組織的な方法を紹介してくれる ところが見どころだ.日本語訳を監修するときに演習問題をすべて解いたがどれ も数学のエンターテインメントとして見事だった. 最後に拙著[10]をあげる.圏論の入門書だが,本書とコンセプトは同じで, データ構造とか計算体験を重視している.圏論は矢印からなる図式の代数学だ.

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コンピューター科学の人たちにも読んでもらうつもりで書いているが,数学科で サブテキストとして利用することは大いにありかなと思う.米田の補題のコン ピューター科学からのアプローチも紹介している. [1] 有木進,加群からはじめる代数学入門,線形代数学から抽象代数学へ,日本評論 社,2021. [2] 桂利行,代数学 I,群と環,東京大学出版会,2004. [3] 桂利行,代数学 II,環上の加群,東京大学出版会,2007. [4] 桂利行,代数学 III,体とガロア理論,東京大学出版会,2005. [5] 桂利行,代数幾何入門,共立出版,1998. [6] 山崎隆雄,初等整数論,数論幾何学への誘い,共立出版,2015. [7] 久賀道郎,ガロアの夢,群論と微分方程式,日本評論社,1968. [8] 佐武一郎,代数学への誘い,遊星社,1996. [9] S. ドゥージン,B. チェボタレフスキー著,名倉真紀訳,雪田修一監訳,変換群 入門,シュプリンガー・フェアラーク東京,2000. [10] 雪田修一著,圏論入門,Haskell で計算する具体例から,日本評論社,2020.

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巡回置換

68

アーベル群

48

準同型写像

位数

37

準同型写像(環の)

108

57

イデアル

139

剰余環

142

因数定理

12

剰余群

64

剰余定理

11

スカラー

113

か カーネル

59

スカラー鉄筋

124

可換群

48

整域

147



59, 125

正規部分群

77

加群の準同型写像

118

生成系

50



103

生成元

49

奇置換

75

線形空間

113

軌道

26

線形写像

114

共役部分群

77

全射

極大イデアル

149

全単射

偶置換

75

素イデアル



33

孫子の定理

交代群 互換

3 3 147 152

76 36, 71

た 体 対称群



107 35

36, 68

単元

107

差積

74

単射

3

G 軌道

27

団体行動

サイクル

61

自明な部分加群

119

中国の剰余定理

斜体

108

直積

98

群の同型

83

巡回群

49

152

book

238

索引

同型写像

83



有限体

163



ハミング距離

178

両側イデアル

139

パリティチェック行列

184

零因子

147

左イデアル

139

左加群

115

左軌道

40

左コセット

45

左剰余類

45

左スカラー倍

115, 127

符号化

178

部分環

106

部分群

37

ベクトル空間

113

補加群

132

ま 右イデアル

139

右加群

119

右軌道

45

右コセット

40

右剰余類 右スカラー倍

40 119

や 有限群 有限生成アーベル群

42 100

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しゅういち) 雪田修一( ゆきた. 1954年,千葉県生まれ.

同理学系研究科博士課程中退(数学専攻). 東京大学理学部物理学科卒業, 法政大学情報科学部教授.博士(情報科学,東北大学). 稚内北星学園,会津大学を経て,現在, 圏論の応用に強い関心がある. 現在は,

『 『 圏論入門』(日本評論社), (技術評論社,2003年), おもな著書に, 1 又ネットワークプログラミング入門』 U

.

訳書に『変換群入門』(セルゲイ ドゥージン他,シュプリンガー東京,2000年),がある.

代数学のレッスン けいさんたいけんじゆうし

にゆうもん

一計算体験を重視する入門 2022年 4月15日第1版第1刷発行

著者

雪田修一

発行所

株式会社日本評論社

電話

(03)3987-8621[販売]

170-8474 東京都豊島区南大塚3-124



(03)3987-8599[編集]

印刷

藤原印刷

製本

難波製本

装幀

銀山宏子

〈(社)出版者著作権管理機構委託出版物〉 本書の無断複写は著作権法上での例外を除き禁じられています. 複写される場合は,そのつど事前に, (社)出版者著作権管理機構(電話 03 5244 5088,FAX 03 5244 5089,6 111311 :info@ jcopy.or.jp?)の 許諾を得てください.また 本書を代行業者等の第三者に依頼じ スキャニング等の行為によりデジタル化することは, 個人の家庭内の利用であっても,一切認められておりません inJap311 ri @ 3Shu 1 hi1711 113 2022I3in 15 978 4 535 78957 9

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